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赤髪の男と出会いました

目の前には赤髪の男――ダレウスがいる。

顔を向けた私の目の前で右手をひらひらとして、真顔で言う。


「こんな所で寝てると風邪ひくぞ」

「それなりに温かいので大丈夫ですわよ」


体が傾いた拍子に崩れそうになっていたローブを軽く直しつつ、返答する。

冷たくあしらう態度で、言外にさっさと行けというように言い放つ。

大抵の人間はこれで不機嫌そうに退散した。今回もそのはずだった。

だというのに、この男は、


「おっ、確かにここなら温かいな」


ダレウスはベンチの隣に堂々と座った。

その余りにも堂々とした振る舞いに、私は呆気にとられるように認めてしまう。


いつもだったならここで私の方が立ち上がり、ここから去ったはずだ。

しかし、連日の寝不足で頭の働きが鈍い気がする。動く気が起きない。

どうしようかと思っていると、ダレウスはこちらの様子に何か勘違いしたのか妙に納得したように話す。


「あー、自己紹介がまだだったな。俺はダレウス・エンテ。君は?」

「クレア・バーゼスですわ。ダレウス様」

「クレアか、よろしくな」


あろうことか普通に名乗りあってしまった。

もちろん彼については名前など聞かずとも、大体は調べている。

ただ私の追放計画に必要がないことが確定し、特に接触する必要がなかった。

別に今も彼と話す必要性などないはずだった。


それなのに、彼はなぜか私の隣に座っている。

名前を聞いても特に反応がない当たり、私が宰相の娘であると知らないらしい。

もしかしたら、貴族とか、平民とか等気にしない性格なだけかもしれないが。


まずは諦める。こうなれば当たり障りのない話で終わらそう。


「それで、なんでダレウス様はここにいらっしゃったのですが」

「単に休憩したくて都合のいい所を探していたんだが……」


そう言いながら、私の方に視線を向ける。


「なんだか幽霊見たいな奴がいたから気になった」

「誰だ幽霊ですか、誰が」


思わず、言ってしまった。

私は今、そんなに酷い雰囲気を纏っているのだろうか。

冷静に考えようとして、しかし彼の瞳を見てしまうと考えが支離滅裂になり纏まらない。


そのことに私は動揺してしまう。

彼とは初対面だ。なぜ、彼の瞳を見ただけで動揺してしまうのか、それが分からない。

その動揺をよそに彼は笑う。


「お前だよ。今にも死にそうな雰囲気をしてたぞ」

「そんなにでしたか……」


これではアリアにも心配されるはずだ。

彼女には今の私の状態を、隠し切れていたはずではあるが、それでも少しは漏れ出てしまったようだ。


「ま、それでさすがに心配になった。自殺でもされたら目覚めが悪い」

「全く……そんなわけないでしょう」


自殺なんてしたら国が滅ぶのですから。そんなことはできない。

死に逃げることさえできないのが私なのだから。


そんな私の表情を見たのだろうか。彼はふっと真面目な顔をする。


「お前、理由は知らんが追い詰められてないか?」


「……ッ」


いつもだったら当たり障りのない言葉で取り繕うはずの場面。

それなのになぜか、私は言葉に詰まってしまう。


彼の言葉がただの好奇心ではなく、心配の声音が強かったから?

いえ、知り合いだったら心配されていても、適切に対応できていたはず。

そう、アリアに対しては問題なく対応できた。

多分、初対面だったからこそ、準備ができずその言葉に動揺してしまった。


その私に何を思ったか、ダリウスは、肩を竦めると言葉を続ける。


「ま、人はそれぞれ何かあるもんだ。語りたいなら聞いてやるが、どうだ?

 言うだけでも楽になることはある。場合によっては手助けできるかもしれん」

「……それは、遠慮させていただきますわ」

「そうか? まあ、そうか。初対面だしな」


私が明確に拒否すると、彼はそれ以上の言葉を言わない。

ただ、彼はここから去ろうともしない。


本来なら私の方からここから去るはず、とは思う。

だけれど、今はそんな気になれなかった。


ダレウスの言うとおりだった。

自分は自分で思ったよりも追い込まれている。


未来の滅びの予言。回避するための方法。

どちらも私にとっては、心を蝕む原因になっている。


せめて、相談できる相手がいれば、と思うこともある。

ただ、予言のこと自体話せない上、例え話したとして信じられる内容ではない。

私自身、予言など嘘として何事もなく過ごしたいのだから。


それでも、それは許されない。

悪夢となって現れる未来の光景が警告する。

”お前は、この光景を避けなければならない”と。


――あの老婆の、ひしゃげた笑いを見た気がした。


「おい」

「……なんでしょうか?」


びくりと肩を震わせてしまった。

ダリウスに気づかれてなければいいが……いえ、無理ね


「深刻な、いや、心ここにあらず、だな。このままだと倒れるぞ」

「……そんなことはないと思いますが」

「無理をしているのは分かる。初対面の俺が言うことではないかもしれないがな」

「ええ、そうね」

「そうか」


私はその言葉にため息を吐く。

彼は私の明確な拒否の言葉を聞いてもここから動かない。

私も、ここから動くことができない。


全く、こう弱っている時にこんな風に居られてしまうと少し困る。


彼は、平民であるのにも関わらず、貴族の御嬢様達に人気があった。

ただ、美形なだけではない。

恐らく、彼は、誰に対しても絶妙な距離を取りながらも優しく、

困っていたなら必ず手を差し伸べるのだろう。

貴族社会の中で、彼のあり方は眩しいものと映ったに違いない。

そのあり方が彼の人気の秘密なのだろう。


ただ、私には少々眩しすぎる。

例え彼でなくても、他人に頼れるなら、友人に頼れるならどんなに良かったか。

王子にすべて話せれば、どんなに良かっただろう。


……でも、私は誰にも助けを求めることはできない。悪夢が私を縛り付ける。


だから、今も私は彼の手を振り払おうとしている。

それでも隣にいる男は、その私なんかに助けの手を差し出そうとするのをやめない。


いっそ怪しむレベルだった。何か、隠していることがあると考える所だった。

でも、彼の瞳を見るとどうしてもそう思えない。


「もし、どうしても困っているなら手伝ってやる。余り抱え込むな。

 そういう奴はいずれ、自分で潰れてしまうからな」

「……それは否定しませんし、できませんわね。

 でも、初対面のはずですのに、どうしてそこまで私を気にかけますの? 

 それは、さすがに、普通ではありませんわ」


それでも確かめないといけない。

彼がなぜ、そこまで誰かを助けることに固執するのか、と。


「……苦しんでいる人を見るとつい、な。」

その言葉に彼が苦笑を浮かべる。その苦笑は私から見てなぜか苦しそうに見えた。

なぜ、彼がそこで苦しそうにするのか。彼の別の面が見えそうで見えない。

だが、次の言葉で理解する。


「姉から言われていたんだ。『女の子には優しくしなさい』ってな。

 それが染み付いてしまったよ」

「まったく……それが初対面の女性にすらできるのなら、それはそれで大変ね」

「違いないな。でもそれが俺だと思っている」

「よく女たらしと言われるでしょう?」

「自分ではそうは思っていないのだがな」


なんとなく、彼の行動原理の一端を見た気がした。

調べた情報の中にヒントがあった。『彼の姉はすでにいない』事を私は知っていた。

彼と、彼の姉に何があったかは分からない。そこまでは調べられない。


ただ、その何かが、彼に人を助けることを強制させている。

どんな経験が彼にそうさせたのだろうか。

思案しようとするが、考えが纏まりそうになくて諦める。


彼が誰かを助けることは、恐らく彼にとって必要な何かなのだろう。

そして、そういう人なのなら、少しなら頼った方が彼のためにもなると判断する。


私は、少しだけ微笑む――微笑めてるといいのだけれど。

そして、一言、彼に希望を伝える。


「では少しだけ、頼ってもいいかしら。女たらし様」

「できることなら」

「肩を貸してくださらないかしら。その間だけ、私の護衛をお願いしますわ」

「……ああ、分かった」


彼の声に、初めて戸惑いの雰囲気を感じ取る。だけど結局は了承した。

その了承の言葉を聞きながら、既に私は体を傾けていた。


正直、体も心も限界に来ていた。

今まで立たなかったのは、ただ立てなかったのだと思うことにする。


ストンと、彼の肩に寄りかかり、私の意識が闇に落ちる。



寝ていた時間は二時間くらい。彼は起きた時もそこに居続けていた。




――その間だけは、不思議と悪夢を見ることはありませんでした。



今回はかなりの難産でした。ダレウス君が動いてくれないんです。

あと、クレアさんは多分チョロイン。

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