女の子から誘いを受けました
しばらくしてアリアと別れた後、私は食堂に戻ってきた。
すでに人気もなく、厨房にも人がいなくなっている。
すでに誰もいなくなった食堂で、しかし背後に人の気配を感じた。
あくまでゆっくりと振り返る。
そこには一人の女生徒が立っていた。
長い黒髪の生徒は漆黒のローブをまとっている。
つまりこの女生徒は闇属性の魔術師だ。
生気のない青白い肌、ルビーのような紅い瞳は作られた美しさを宿している。
その生徒は、妖艶な笑みを浮かべ、私をまっすぐに見ていた。
「宰相の令嬢ともあろう方が、こんな所で一人ですか?」
皮肉交じりの声。実際いくら学園の中とはいえ一人でいるのは無防備が過ぎるだろう。
しかし、私は彼女を無視しポケットから1枚のコインを手に取る。
見せつけるように二本の指でコインを摘む私に、彼女は小首を傾げた。
「はて、特に珍しいものでもないようですが、それがなにか?」
疑問の表情を浮かべる彼女をやはり無視し、おもむろにコインを出口へ投げる。
コインは放物線を描くように、直進する。
彼女は、こちらに意識を向けつつも、コインへと視線を向けた。
そして、コインが出口まで到達した直後、圧縮していた空気を魔術で変化させる。
――パンッ
と軽い音とともに音を置き去りにする速度で角度を変え、狙いの方向にコインは突進した。
コインに圧縮空気を纏わせ、特定のタイミングで一方向のみ圧縮された空気を消す。
結果として、コインは圧力が無くなった方向へ突き進むというごく簡単な魔術だった。
あれ、当たったら結構痛いのよね。昔、兄にぶつけてしまって酷く怒られたっけ。
と、思いながら、しばらく待つ。部屋の中にいる女生徒は動かない。
そのまましばらく待っていると、出口から別の女生徒が現れた。
若干青ざめた表情は、狙い通りにコインが当たっただからだろうか。
茶色掛った髪先をツーテールにまとめた少女。
小等部の生徒と言っても通じるような幼児体型の少女だったが
漆黒のローブをまとっているのは彼女がこの学園の生徒である証拠。
つまり、彼女は少なくとも私と同年代と言える。
そして、愛らしいと表現できる口先を震わせながら口を開いた。
「あ、あ、あ、あんたねぇ! 今の、当たり所が悪ければ死んでたわよ!」
「死んでいないですわね」
あれで死ぬようなレベルの生徒だったら、そもそもあんなことはしない。
実際ちゃんと防御魔術で防いでいたし。
黒髪の女生徒――を装った人形を、生きていると見間違うほど自然に操る能力を持っているのに、
この程度の初級魔術を防げないわけがないのだ。
私が心底不思議そうな顔をしていると、諦めたようにその女生徒はため息を吐いた。
「宰相の令嬢なのだから、常識的だと思っていたらとんでもなかったわー」
「人形使って話しかけるような人には妥当な判断だと思いますわ」
「ぬぐっ……」
彼女が現れてから動かなくなった人形を視線で示し、黙らせる。
はっきり言って、魔術の実力では私は彼女には勝てない。
ただ、本気で殺し合いをするわけでもないので、そんな実力差は意味のないものでもあった。
要は、交渉前に精神的優位に立てればいいのだ。
私はあくまで余裕を表すため、ゆっくりと彼女に問いかける。
「それで、なんの御用かしら? ミリア・レフリー様」
彼女の名前とともに。そのことに、少女――ミリアは緊張を走らせた。
「……クレア様と挨拶したことありましたか? 私は下級貴族の娘ですよ。
宰相の御嬢様に覚えられるような身分ではありません」
言葉が丁寧になる。彼女が貴族としての仮面をはめ、私に接しようとする。
それが、彼女の最大級の警戒なのだと推測する。
だけど、私は彼女の警戒を全く無視し、言葉を続けた。
「この学園にいる学生の情報は大体頭に入っていますわ。それくらい当然ですわね」
「……全員?」
「ええ」
「何人いると思っているの?」
「護衛も含め教師34人、生徒は1学年当たり約90人×3で270人ですわね」
「それを二週間で?」
「難しいかしら?」
学生の情報、教師の情報、すべては追放計画を立てるに必要な知識だった。
誰が、どう動くかを予測するには最低限調べる必要がある内容。
絶句してまた動きが止まっているミリアを見て、情報通りであることを確認。
伝聞の情報はやはり、正確であるとは限らない。
実際に会ってみないと本当のことはわからない。
すべて情報の齟齬があるか確認を繰り返し、しかし予定通りに話を進める。
「さて、ミリア様が聞きたいのはアリアのことでしょう?」
こんな風に、わざわざミリアであると気付かれずに私と話したかった以上、
要件が後ろ暗い内容だと言える。つまり、その時点で内容が絞られる。
しかし、沈黙を続ける彼女へと言葉を続けることにする。
「……王子とアリアが一緒にいることが気に入らないかしら?」
「いえ、それはどうでもいいのですけど」
あ、いいんだ。
表情に出さないように私は苦笑する。
てっきり、権力に擦り寄るアリア許せないとかいうと思ったのだけど。
まあ彼女は、権力とかは気にしない性格だと言える。
ではなぜ、と思い、ある情報が思い浮かんだ。
「アリアと、フィフス様の間に何かあった?」
フィフスとは彼女の幼馴染であり、彼女が淡い恋心を抱いている男性だったはず。
つまり、王子関係ではない以上、関係ありそうなのは、そっち関係。
「ええ、そうなのよ! あの女、フィフスに何かしたらしくて。
わざわざ私にアリアさんと仲良くなるにはどうしたらいいか、なんて聞いて来たのよ!」
あー。うん。アリアは非常に魅力的な少女な上、誰にでも優しかったりする。
たぶん、なんかしてフィフスを助けたりしたのね。で、惚れたと。
わざわざそれをミリアに相談するあたり、男の方も相当な鈍感男だ。
いや、ミリアを妹扱いしてるのかもね。
若干、遠い目になりながらも、表情だけは変えなかった。
そして思考だけは続けている。
となると、私の計画に彼女を組み入れるのはやめといたほうがいい。と判断する。
彼女が計画の中心になっては私にまで、たどり着けないかもしれない。
それに彼女の行動にあるのは、ただの痴話げんかの延長線のようなもの。
攻撃対象をアリアに向けるのはやめてほしいけどね。
そんな内心を知らず、ミリアはさらに感情に任せて言いつのる。
恐らく、私を動かすために考えた言葉を並べる。
「クレア様もそうでしょう? あの女は王子も誑かしている。
婚約者のクレア様をも差し置いて!」
「……それで?」
思ったより冷たくなった私の言葉。
それをミリアはあえて無視し、言葉を続ける。
「あの女は私たちの共通の敵です!
この学園から自発的にいなくなってもらうために協力しましょう!」
一気に言ったミリアの言葉。
まあ、そんな所かな。とは思い、しかしすぐには反応しない。
不審に思ったのか、ミリアは訝しげに私を見る。
「……クレア様?」
私はその言葉に、ようやく冷笑を張り付け視線を向ける。
何かを感じ取ったのか、ミリアは無意識に一歩後ろに下がった。
そのことに彼女は気付いていない。
さて、どうしましょうか。私は冷笑の仮面を張り付けたまま、思考し、結論する。
彼女の意思を曲げるため、説得の言葉を彼女に向けた。
「アリアは、平民、貴族のような出身という枠でくくられるような人ではありません。
あなたの愛する男性や、王子をも魅了する、勤勉で優れた知性と性格を宿している女性です。
彼女は将来、この国をさらに発展させることのできる重要な人物ですわ」
これは決して嘘ではないと私は考えている。
ここ二週間、彼女の人となりを観察した結果だ。
決して、自分の才能に溺れず、努力している。
慈愛の精神を持っていながら、強い芯をも持っている。
彼女に足りないのは、政治や貴族社会における経験だけと言ってもいい。
「だから、私はアリアを育てこそすれ、足を引っ張るような真似はしませんわ」
「……しかし! 彼女は王子に色目を使っています!」
「色目程度でどうにかなる王子だと? その程度に負ける私だといいますか?」
私はアリアには負けない。場合によっては正面から勝負する、と言ってのける。
そうしてもう一つ、言外に籠められた意味にミリアは気づけるか。
体が小刻みに震えている。顔をうつむかせ表情は見えないが、恐らく蒼白となっているだろう。
どうやら彼女は気付いたような。自分が言っていた言葉の意味に。
当たり前の話だった。彼女の言い方は、王子や私をも侮辱している。
いえ、ミリア自身や彼女の思い人すら傷づけている。
もし、アリアを色目を使うだけの女なら、ただの悪女と規定するなら、
私たちはそれに負けるような人間だと言っているのも同然なのだから。
まあ、私はアリアに負けるつもりなのだけど。それについては心の底にしまいこむ。
「申しわけ……ありません」
ようやく、紡ぎだした言葉は謝罪の言葉、私の言葉に意味が恐らく正確に伝わったのだと安堵する。
「今の話は聞かなかったことにしますわ。
だから、ミリア様はミリア様自身を磨いてくださいな」
だから、私はすべてをなかったことにする。
その言葉にミリアはびくっと震え、次の瞬間顔を上げた。
「はい。わかりました。クレア様!」
そう言って顔をあげたミリアの表情を見て、不審に思う。
これはむしろ尊敬する者に向けられる視線。
はて、別にそんな視線をされるようなことは言っていないはずだ。
何かこちらの意図と微妙に違う。
私は結局、嫌がらせをするなと言っているだけなのだ。
しかし、ミリアは私の思いに気付きもしない。
今までは嘘のように明るく私に話しかける。
「今度、私もお話に来ていいですか」
「ええ、これも何かの縁、好きな時に来なさいな」
「はい! ありがとうございます! 絶対きますからね!」
そう言ってミリアは今日は失礼しますと言って去って行った。
ようやく一息つくとともに、食堂の椅子にもたれかかる。
嵐が過ぎた後のような酷い疲労感を覚えた。
ともかく一部、想定とは違った気はしたがおおむね予定通り。
これでミリアがアリアに対し何かすることはないだろう。
一息つくと、これからに私は思考向ける。
ミリアのような下手に優秀な生徒の、余計な茶々入れがあると面倒だった。その可能性を今回消した。
アリアに害を成すのは私でなければならない。私が中心でなければならない。
でなければ、すべてが明るみになったとき、私が追放されないではないか。
それに、と心の中で付け加える。
既に私の計画は動いている。
そろそろ、効果が見えてくる頃のはずだった。