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調理実習-1

(2019/6/27 改稿)

 調理実習の日が来た。

 クラス全員家庭科室に移動し、先生の話を聞いている。


「はーい、じゃあこれから調理実習の班決めしますよー。まずは男子3人、女子3人ずつに分かれてくださーい。時間が無いので5分で決めてねー。男子と女子の組み合わせはくじ引きにしまーす」


 先生の班別けの指示に男子女子からわーとかきゃーとか悲鳴に似た声が上がる。誰それと一緒の班になりたいとかそんな会話が交わされる中、とりあえず俺と淳也と一緒に組んでくれそうな男子を探すことにする。

 程なくして、いつも4人でつるんでるグループからジャンケンで負けてあぶれてしまった運の無い小林に声をかけることが出来た。


「小林君さ、僕達と班を組んで欲しいんだけど、どうかな?」


 淳也の穏やかな誘いに、小林はすんなりと首肯してくれた。


「いいよ。君らいっつも一緒だよね。俺はあいつらからあぶれちゃったんで丁度一人だったんだ。君らの班に入れてもらうよ。こちらこそよろしくな」


 うん、実に爽やかだ。『爽やか青年』で検索したらページトップに出てきそうだ。

 小林が俺達と同じ班になったところで、女子たちがチラチラとこちらを見だした。結構な人気なんだろうか、人選を誤ったかもしれないと少し後悔する。俺達、注目されたいわけじゃないからな。


 そんな爽やかモテモテ小林だが、サッカー部のレギュラーで日々部活に没頭していることもあって、料理作りとは全く無縁だと言う。


「心配しなくても大丈夫だよ。調理実習なんて女子の晴れ舞台なんだから、僕達は手を出さずにおとなしくしておいた方がいいと思うんだ」

「なるほど、そういうものなのか。じゃあ、俺ら三人で女子のサポートをすればよさそうだな? ほっとしたよ」


 淳也の言葉に小林は安心したようだが、それにはまだ早い。全ての女子が料理を得意とするわけではなく、その腕前によっては面子(メンツ)を潰さぬようサポートするという大変な気苦労をしなければならないのである。そしてどの女子とペアになるのかはくじ次第だ。もっとも、くじ引きでないとしても誰がどんな腕前なのかはわからないのではあるが。


「はーい、みんな分かれたわねー。それじゃくじ引きするので、代表者が前に来てー」


 くじ引きとなり、俺らの班は小林に引いてもらうことにした。さっきジャンケンで負けたことで悪い運を使い切っただろうからと無茶苦茶な理屈でお願いしたら、にっこり笑顔で「いいぞ、任せろよ」と二つ返事でくじを引きに行った。爽やか青年は揺るぎない。小林のくじ運によって俺達は5班になった。


「じゃあ、それぞれ6人ずつの班になって、テーブルの前に移動してねー。時間無いよー」


 先生の指示に従い5班のテーブルに行くと、(あと)から3人の女子が来た。それと同時にクラスから悲鳴と嘆息とが混ざった声が聞こえてくる。なるほど、それはそうか。女子3人の中に学年一の美少女と言われる人物がいたからだ。女子の名前は藤之宮巴(ふじのみやともえ)。容姿端麗、文武両道。天から二物も三物も授かったと思われる彼女だが、あまりの気品の高さに近寄りがたく、いつしか「孤高の聖女様」と呼ばれるようになった。そんな彼女が同じ班になったわけだ。


 これは面倒くさいことになった。


 実に困る。俺と淳也はひっそりとしたいのだ。注目など不要なのだ。爽やか青年がいるだけでそこそこの注目を集めているのに、そこへ孤高の聖女様なんぞ来た日には視線の集中砲火で大炎上になる。いったいどうしたものか。


「秀斗、これって面倒くさくない?」


 おお、同志淳也よ、分かってくれるのか。

 俺だけに聞こえる囁くようなその問いかけに、力なく首を縦に振って答えた。小林の「最高のくじ運だったな」という呟きは無視する。


 ちなみに聖女様以外の女子二人、松井と末永は特別に聖女様と仲がいいわけではなく、聖女様と組んだのはたまたまで、状況としては俺と淳也が小林と組んだのに近い。松井は活発な女子で、反対に末永は控えめな感じな子だ。


「皆様、よろしくお願いいたします」


 聖女様が微笑みながら挨拶をするので、皆慌てて挨拶を返す。


「あ、はい。よろしくお願いします」

「お願いします」


 なんだかちょっと落ち着かない。自分が少し緊張しているのがわかる。


 めいめいが挨拶をし終わった頃、それを見計らって先生が指示をだす。


「今日はハンバーグを作りまーす。腕に自信がある人は多少アレンジしてもOKよー。チーズインハンバーグとかいいわねー。でも、それで評価を嵩上げすることはしないからねー。レシピ通りでアレンジ無しでも出来がよければ高評価になるよー。あくまで楽しみとしてアレンジしてねー」


 割と自由にやらせてくれるんだな。いい先生だ。


 レシピは教科書に載っているし、すでに材料も用意されている。後は手分けして洗って切って刻んでこねて焼いてソース作ってかければいいだけだ。たったそれだけだ、たいしたことはない。ぜひ、女子に頑張ってもらおう。


「えっと、いいかな? 俺達男子って普段料理なんてやらないからさ、女子のサポートに回りたいと思うんだけど、どうかな?」


 爽やか小林が単刀直入に切り出した。聖女様のことだ、きっと華麗な手さばきで極上のハンバーグを作ってくれるだろう。松井と末永もうまくやってくれるに違いない。俺達は高みの見物といきたいところだ。

 そう思っていたら松井と末永がつぐんでいた口を恐る恐る開いた。


「小林君、その、ちょっと言いにくいんだけど、私料理苦手で……」

「う、うちなんか一回もやったことないから……」


 おいおいおいおい、それは如何(いかが)なものですか?


「え、そうなのかい? ほんとに? 俺達も何もできないんだけど…… えっと、藤之宮さんは大丈夫? 勿論料理くらいはお手の物だよね?」


 小林の縋るような投げかけに全員の視線が藤之宮に集まる。まさかダメとか言わないだろうな? あまりドキドキさせないで欲しいのだが。


「わかりました。一通りはできますが、まだまだ研鑽半ばの身ゆえ、過大な期待はご遠慮くださいね?」


 藤之宮の答えにおおーと安堵の声が広がり、一同胸をなでおろす。ほっと一安心、これでなんとかなるだろう。


 なんだかんだあったが藤之宮が作ったハンバーグを食べられるわけで、小林はものすごく嬉しそうにしている。他の班からの刺すような視線が痛い。

 松井と末永も料理を学べる機会とあって、やる気を出している。


「それじゃ、藤之宮さんがリーダーとして仕切ってくれないかな? 何もわからない俺達に指示をしてくると助かるよ」

「そうですか。お話はわかりましたが、皆さんもそれでよろしいでしょうか?」


 無論、反対意見など出ない。皆が頷く。それが一番うまくいくやり方だろう。


「それでは皆さんのご判断により、リーダーを務めさせていただきます。早速ですが作業方針を決めていきますね」


 藤之宮はそう言って幾許(いくばく)か考えた後、方針を説明しだした。聖女様はいつも丁寧な口調で話す。それを皆は真剣に聞いて…… おい、小林、顔が緩んでるぞ。まったく締まりが無い。松井と末永もポーっとしてんじゃない。お前ら女子だろが? 淳也は、……食材見てるのか。ちゃんと話聞いてやれよ。真顔で聞いてるのは俺だけじゃねーか。


 ……それにしても整った顔してるな。ハーフかクオーターかな? そんな噂は耳にしないが、一般的な日本人の顔とは一線を画している。

 亜麻色の髪はサラッサラのツヤッツヤ。天使の輪の輝きが神々しさを感じさせる。

 睫毛は長く、わずかに青味がかった吸い込まれるような瞳をより一層美しく引き立てている。

 肌は白磁を思わせるように白く、ホクロやソバカスなどとは全くの無縁で、一点の曇りもない。

 身長は淳也とほぼ同じか、わずかに低いくらい。制服の上からでも均整の取れたプロポーションが見て取れる。

 指は細く透き通るような美しさで、


「すみませんが、私のお話をお聞きいただけてますでしょうか?」


 少し大きめに発せられた声に意識が引き戻された。俺としたことが観察に気を取られて話を聞いていなかった。人のことを言えた義理ではないな。


「ご、ごめんね、藤之宮さん。藤之宮さんに見惚れてしまって上の空だった、申し訳ないけどもう一度説明してくれないか?」


 再起動した小林がそう言うと、あちこちからキャーって声が聞こえてきた。悪態もちらほらある。お前ら、自分とこの作業に集中しような?


 聖女様は一瞬呆れたような顔をしたがすぐに戻って再度説明をし始める。


「この授業は調理実習です。授業ですので、できる人だけがやるのではなく、皆さんで取り組まなければ意味がありません。ですので、これから役割を分担をいたしますから、見ているだけではなく実際に手を動かしていただきます。もちろん、微力ながら私もサポートをいたしますので、困った時はご遠慮なくお声掛けください」


 ふむ。さすがは聖女様、ど正論で来ましたか。全部やってくれれば楽ちんだったんだけど、これに異を唱えることなど出来るわけがない。

 しかし、リーダーシップも兼ね備えているとは天はいったいいくつの(ギフト)を与えているんだ?


「それでは役割分担ですが、そうですね、料理が苦手とおっしゃられた松井さんと末永さんにはソースを作っていただきましょう。混ぜて火にかけるだけなので、包丁は使いません。それでよろしいでしょうか?」

「は、はい! それなら出来そうです!」

「では、お願いします。まずは調味料の分量を測って用意してくださいね」

「はい!」


 松井と末永は割と簡単そうな役割に安心したようで、緊張していた顔が少し緩んでいる。でも油断し過ぎはいかんぞ? 混ぜ方や火加減で美味くも不味くもなるからな。


「次に小林君ですが、付け合わせにするジャガイモの皮を剥いていただけますか?」

「わかった、皮を剥けばいいんだね? でも大丈夫かな? 包丁を使ったことが無いんだ」


 さすがは爽やか小林。狼狽(うろた)えることなくスマートに返す。


「大丈夫ですよ。ピーラーという皮を剥く道具がありますのでそれをお使いくださいね。使い方は簡単です。一度私が手本をお見せしますので、その通りにお願いしますね」


「わかったよ。ありがとうね」


 あれ? 小林は皮剥きだけなん? 結構他にもやるべきことあるはずなんだが。


「それでは一ノ瀬君と加藤君には、キャベツの千切りと玉ねぎのみじん切りをお願いします。それが終わりましたら小林君が剥いたジャガイモを四つ切りにしてください。最後はハンバーグの種作りに移ってくださいね」


 おいおいおいおいおい。

 淳也と顔を見合わせる。俺達の作業だけやけに多くないか? どういうことだ? いろいろバレるとマズい、何としてももっと減らしてもらわねば。


「えっと、藤之宮さん、ちょっといい?」

「はい、一ノ瀬君、なんでしょうか?」

「なんか俺と淳也の作業多くない? 小林なんてイモの皮剥くだけなんだけど」


 ニヤニヤするな、小林。玉ねぎのみじん切りを押し付けるぞ。硫化アリルに泣かされてしまえ。


 聖女様は特に動じもせず、あなたは何を言ってるのかしら?という表情で言葉を返す。


「私の判断によって役割を決めさせていただきました。皆さんのそれぞれの能力に応じた適切な役割分担だと自負しております。私の判断が不適当だとおっしゃりたいのでしょうか?」


 言葉は柔和なくせにもの凄い圧が襲ってきた。しかもクラス中の視線が集まってる。だからお前ら自分とこの作業に集中しろってばよ。

 こんな状況で下手に聖女様に文句なんか言おうものなら、この後の学生生活が闇に包まれてしまう。それだけは避けなければならない。とは言え料理男子だとバレるのも嫌だ。さて困った、ここは落としどころを探るしかないか。


「い、いや、不適当だとかは思ってないけど、客観的に見ても……」


 続けて言葉を発しようしたが、聖女様の口角が少し上がったように見えたので思わず口をつぐんでしまった。何か嫌な予感がする。


「一ノ瀬君、加藤君」

「は、はい?」

「お二方は、時折食堂でお弁当を一緒に食べてらっしゃいますわね?」


 え?


「お弁当のおかずについていつも何か真剣なお話をされてい」

「あーーーええっとーーー、そのー、藤之宮さんの適切な役割分担には何も問題などありませんでした! わかりました! 口出ししてすみませんでした!」


 咄嗟にかぶせるようにして話を遮った。ちょっと待てよウソだろ、なんでそんなこと知ってる? なんで俺達の話を聞いてるんだよ?

 淳也も青い顔して固まってるし、どうなるんだこれ?


「ふふふ。ご納得いただけたのでしたら何よりです」


 時も止まるかのような美しい顔で小悪魔の微笑みをたたえられては、抗うことなど出来ようもない。仕方ない、出来るだけ目立たないようにやるしかない。小林にくじを引かせるんじゃ無かった……


「私は仕上げとしてジャガイモの素揚げとハンバーグを焼きますわ。そうそう、皆さん、アレンジはどうしましょうか?」


 小林ら三人はそもそもアレンジ以前だし、俺達も脱力感に襲われて何も言えず、結局はレシピ通りに作ることになった。


「それでは、はじめましょう」


 聖女様はそうお告げになられた。


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