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聖女とよばないで(仮題)  作者: ありんこ
第一章 セトという少女
9/25

日常、四

 


 とんてんかんと音が響く。

 本日のセトに割り振られた仕事は布を作るための糸の製作である。作業は地味を極めており、まだ植物感を残すそれの繊維を取り出すために木槌で叩いている。ひたすら叩いている。

 成人の儀式から、九日目の事である。

 一昨日まで狩りに従事していたセトだったが、村の大人の仕事は持ち回り制なので、昨日からこうして繊維作りに勤しんでいる。

 作業自体は慣れたもので、布作りの全ての工程は子供の時から教え込まれる。ただ、大人になってもそのまま教わった作業ばかりをしていていい訳ではなく、今度は教える側に回るのだ。セトの周りには四歳から七歳までの子供達が同じような作業を見よう見まねで行なっている。

 とは言っても、繊維作りの中でこの作業は最も簡単であり、教える程の事もない。「叩け」と、指示はこれだけで終わってしまう。

 そんな訳で、セトは思う存分物思いにふける事が出来た。


(ブレイティアの街で書簡が止まれば、もういつ使者が来てもおかしくない)

 セトはアステロが言っていた事を思い出した。

 タンニの村から月に一度の行商にはイーシャン領の都であるブレイティアの街まで赴く。その距離、徒歩でおおよそ五日。

(書簡は四日前には街に届いたと見ていい。ただ、領主様の元まで届くとなるともう少し時間がかかりそう……だよね?)

 書簡が届く手順も政務のいろはも知らないのでこればかりは自信がない。

(でも、恐らくだけど……使者の人が徒歩でやって来るとは考えにくい。馬か馬車か……)

 聖女捜索は未だに細々とではあっても続けられている。聖女の行方云々を差し引いても、聖女召喚と同じ光が出現したのだから使者がちんたら来るなんて事はないだろう、とセトは思う。

 そもそもである。

(あの光がタンニの外からでも見えたとしたら、使者より先に調査団が来てもおかしくない)

 書簡と調査団が入れ違いになる事も考えられた。調査団が派遣された後に書簡がブレイティアに届く可能性もある。

 どちらにしろお役所仕事がどの程度の速度で処理されるのか分からないので、確かな事は言えないが。それでも、猶予はあまりないように思えた。

(しがらみ……十五年前からの因縁……もちろん、決着はつけないととは思ってるけど)

 はあ、と我知らずため息がこぼれる。

(ぶっちゃけ、逃げたいわー)

 大人の仲間入りを果たして早々に直面した現実が面倒この上ない。聖女召喚だとか、それと同じ光だとか、なんなら死にかけたとか生まれ直したとか、全部が全部面倒臭い。そのどれもにセトの意思が介入していないというのが、尚更彼女にその思いを強くさせた。

 堪らずため息を吐いてしまう。これで今日だけで何度目だろうかと、セトは遣る瀬無い思いに駆られる。そうしてちらりと自分の左腕を見下ろした。

 左腕は手の甲から肘までを皮で出来た手甲で覆われている。中指に輪を引っ掛けて腕の内側で編み上げてあるので着脱はいささか面倒だがサイズの調整が可能だ。

 これは、対外的には傷を隠すために着けている事になっている。しかし実際は違う。傷跡から光が溢れた。セトはそう認識したからこそ、こうして傷跡を手甲で覆っているのだ。

(気休めにもならないけど……これで光らなくなったりしないかな)

 もうさすがに光の出所が傷跡--自分である事は疑わないけれど、歓迎すべき事柄でもない。

「セトちゃん」

「へあっ!?」

 自分の考えに没頭していたセトは、不意に肩を叩かれ素っ頓狂な声を上げた。

「ああ、ごめんね。作業に集中してるとこ」

 声をかけてきたのは作業を教えている子供の内の一人の母親だった。作業にはさっぱり集中していなかったセトは、バツの悪い顔をする。しかし、身に染み付いた動作は無意識にも続けられていたようで、彼女はセトが作業に没頭していると思ったのだろう。

「ど、どうしたの?」

「ここは代わるから、村長さんの家に行きな。呼ばれていたよ」

「……え」

 村長に呼ばれる。それはつまり。

「ブレイティアから人が来たみたいだね」

 これで聖女さまの事が何か分かるといいけど、と母親はふわりと笑う。聖女捜索は国の悲願であるからこの言葉はある意味当然だろう。

「ほら、行っといで」

「あ……う、うん」

 座り込んでいるセトの背を叩いて促し、母親は木槌をセトの手から奪ってしまった。所在なげな右手を掴まれ立ち上がらせられて、セトはそのまま村長宅の方へとぼとぼと歩き出した。


 目を逸らしたい現実は、もうすぐそこまで来ていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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