日常、二
低い姿勢のまま、膝を浮かす。上体を水平に保ったまま音もなく地を蹴った。
シルウァウルフが迫る気配に気づいた時には、すでに槍の間合いに入っていた。セトは手の中でくるりと槍を回すと、石突きを獲物に向けた。シルウァウルフの横っ腹に躍り出たセトはこのまま致命傷を負わせる事も出来たがそれをしては毛皮が血まみれになる。それでは商品価値がなくなってしまう。
飛びかかってきた一匹を難なく槍の石突きで殴り上げる。顎に炸裂した衝撃に牙が数本飛んだ。そのまま遠心力を利用して地面に叩きつけると、上手い事昏倒したようで、セトは次の獲物に視線を流した。
残る二匹に不意打ちは効かない。一匹はすでに眼前に迫っていた。ぐわりと広げられた口蓋にずらりと牙が並ぶ。てらてらと涎を撒き散らして今にも噛みつかんとしている。もう一匹は足を狙ってその爪を閃かせていた。
顔面目掛けて迫る牙を槍の柄で防ぎつつ、地面に勢いをつけて打ち付けた槍に重心を乗せて飛び上がる事で足を狙うシルウァウルフの爪も躱す。その瞬間頬を風が掠めた。槍の柄に喰いついていたシルウァウルフをアステロの矢が仕留めたのだ。
(残り一匹!)
宙空でくるりと体を回転させて地面に突き刺していた槍の穂先で大地を抉る。舞い上がった土埃が目潰しになりシルウァウルフが怯んだ。その隙に放物線を描いて着地したセトは槍を逆手に構え直すとそのまま投擲の構えに入った。
(おりゃっ!)
夜の森で無闇矢鱈に声は出さない。しかし、心の中で気合のこもった掛け声と共に槍は勢いをつけてその手から放たれた。
ザシュ、と鈍い音が闇の中で響いた。上顎目掛けて飛んできた槍はそのまま下顎を貫通して地面に深々と突き刺さっている。ビクンビクンとシルウァウルフの体が痙攣したが、それも束の間動かなくなり、獲物が息絶えた事をセトは辺りを包む静寂に確信した。
あとは先程昏倒させたシルウァウルフの意識が戻る前にとどめを刺せばこの戦闘は終了する。毛皮の採集はその昏倒させたシルウァウルフからでいいだろう。
その時だった。
「セトッ!!」
「……っ!」
狩りの場で声を上げる事は基本的にしない。にも関わらず、アステロの焦った声がセトの耳に響いた。反射的に振り返る。目の前には先程まで昏倒していたであろうシルウァウルフが踊りかかってくるところだった。
(やられるっ!!)
油断した。昏倒させたと思って意識の外に置いてしまった。槍は先程投擲してしまったから手元にない。このままでは噛みつかれる。セトは無意識に頭を庇うように腕を上げた。その間にもシルウァウルフは距離を詰める。アステロが反射的に弓を構えるのが視界の端に映ったが、矢の軌道上にはセトがいる。これでは矢を放つ事が出来ない。
だめだ、と思った。その瞬間。
「……っ」
左腕が輝いた。
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