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聖女とよばないで(仮題)  作者: ありんこ
第一章 セトという少女
6/25

日常、一

 


 そうでなくなって初めて、実感するのだと彼女は言った。

 どれ程得難く、どれ程大切だったかを。

 それを誰かは宝物だと言った。そうして彼女は、それを『普通』だと言った。



 ◇ ◇ ◇



 あれから五日が経っていた。

 セトの誕生日から五日。セトが大人の仲間入りを果たしてから五日。そして、聖女召喚と同じ光が空へと奔って五日経っていた。

 目線の先でアステロが手振りで合図するのを確認しながら、セトは小さくため息を吐き出した。

 幸いな事に、セトの環境が劇的に変化する事はなかった。表面上は、であるが。

(今思い出しても……あの直後は大変だった)

 姿勢を低くして、得物を握り込む。狩りで重宝するのは槍と弓。セトが持っているのは槍である。

 風向きを常に意識しつつ、アステロが必ず視界に入る位置で息を潜めながら、じりじりと移動していく。夜の森での狩りは、これで三回目だ。

(成人の儀式が行われた日の夜は盛大な宴でお祝いっていうのが慣例だけど……皆それどころじゃなかったし)

 アステロが止まるようにと合図を送る。セトは兄貴分の視線の先に獲物を見つけて、散じていた意識を目の前に集中させた。

(シルウァウルフ……三匹か。ちょっと多いな)

 緑がかった白銀の毛皮は夜の森では月光を弾いてよく目立つ。その目立つ姿がシルウァウルフにとってこの森には天敵となる動物や魔物がいない事の表れである。珍しい獲物ではないから不意を突かれなけば人間側が有利だが、それでもアステロとセトの二人に対してシルウァウルフ三匹では、少し苦戦を強いられる相手だ。

 なぜなら可能な限り傷が少ない状態で狩らなければならないのだ。

(魔物の肉は食えたものじゃない。でも毛皮は上等)

 ただ殺すだけならば楽な相手でも、傷を最小限に狩るとなればその素早さが実に厄介なのだ。


 そもそもなぜ、たった二人だけで狩りをしているかと言えば、実は人数はもっと多いのだ。

 大人の仲間入りを果たしたセトは、成人する前とでは役割が変わる。大人の代表的な仕事といえば狩りである。そこに男女の別はない。

 狩りの対象は野生動物である鹿や猪、あとは兎などである。夜に狙うのはもっぱら鹿か猪で、この時狩りに出る若衆を何組かに別けるのだ。

 食料補給が最大の目的であるので、メインの狩りには三人。さらに狩りに集中出来るようにと魔物を警戒するための要員が五組。それぞれ二人一組で行動する。

 魔物を追う事はしないが、それでも目の前に現れたならば、仲間を危険にさらさないために、その魔物を狩る。そして狩るのならば戦利品を、と思うのが人間だ。

 だから、今セトに求められているのはシルウァウルフを仲間のところへ行かせない事。そして最大限綺麗な状態でその毛皮を手に入れる事だ。


 さてどうしたものか、とセトは思案する。

 セトの得物は槍。アステロは弓である。一匹ならば不意打ちを狙える。さらにその隙にアステロが弓でもう一匹を仕留める事も可能だろう。問題は残るもう一匹である。

 魔物の習性として、群れの仲間がやられたところで逃げる事はないだろうが、こちらがその仲間を仕留める間待ってくれる訳ではない。手傷は覚悟するべきだろう。しかし手傷を負うという事は血が流れるという事で、血の匂いに他の魔物が寄ってくる可能性もある。あまり褒められた覚悟ではない。

 出来れば三匹共から毛皮を拝借したいところだが、それはさすがに欲張りというものかもしれない。ここは狩りの先輩でもあるアステロの判断を仰ぐべきだろうと、セトは兄貴分に視線をやった。

 アステロは木の上ですでに弓に矢を番えていた。セトの視線に気づくと、シルウァウルフのいる辺りに顎をしゃくって頷く。

(……好きに動けって事か)

 フォローは任せろという事らしい。夜の狩りに同行するようになってからまだたったの三回目だ。大した成果は期待されていない。狩りに慣れる事こそが今のセトの仕事だった。

(アステロのフォローに不安はないけど)

 アステロは次期村長としての研鑽を日々積んでいる。特に弓の腕前は村の中でも五指に入る実力者なので、セトがヘマをしたところで彼がその弓でシルウァウルフを仕留めるだろう。

 問題は毛皮の価値をどれだけ下げないか。これに尽きる。

(最低一匹はいい状態で仕留めないと、かな)

 目標を設定して、シルウァウルフに意識を集中させる。大した成果は期待されてないとは言え、そこに信頼がない訳ではない。狩猟民族として、セトとて幼少の頃から鍛錬をしてきたから、シルウァウルフに遅れを取るとは思われていない。強いて不安材料を上げるなら夜の狩りに慣れていない、ただその一点だ。そこは経験を積むしかない。

 シルウァウルフは三匹共が姿勢を低くして殊更ゆっくりと歩を進めていた。尾は地面に対して水平を保ち、耳が前方を向いている。これは獲物を見つけた時の態勢だ。

 セトはシルウァウルフから見て風下にいる。匂いで気づかれる事はないだろう。それでも狩りの態勢に入っているという事は、風上に獲物になりうる何かの匂いを察したという事だ。

 そこでようやく、セトは悠長に考え事をしている暇はないと気づいた。

(アステロも気づいてるはずなのに……本当に好きにさせるつもりなんだ)

 セトがしくじってもフォローは間に合うと踏んでいるのだろう。事実、それをするだけの実力がアステロにはある。食料調達組を守りつつ、セトの尻拭いくらいアステロには朝飯前なのだ。

(フォローはまだしも、尻拭いされるのは悔しい)

 気負うつもりはないが、それでも俄然やる気は出るというもの。仲間の元には行かせない。アステロに尻拭いもさせない。セトは静かに闘志を燃やして槍を握り直した。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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