成人の儀式、四
--それは御神木に挨拶をした時に足元から溢れたものと同じだった。
(違う)
しかしそこで、セトは無意識にかぶりを振った。
(あれは……まるでシャボン玉みたいに漂ってた。こんな……っ)
輝きこそ同じでも、決定的に違う。セトはまるで言い聞かせるように心の中で叫んだ。
(こんな激しい光じゃなかった!)
シャボン玉のような光は一瞬の光景だった。しかし今、セトの周囲を迸らんばかりに煌めかせている光はいっそ暴力的なまでにその輝きを主張している。
(これじゃあ、まるで)
光はまるで御神木の枝に巻きついた帯から溢れているようにも、セトの腕から押し出されたようにも見える。強い、とても強い輝きだ。
御神木の目の前でセトの足元から舞い上がった光はともすれば錯覚かと思う程に淡く漂い、一瞬で消えた。しかし今、視界を焼き切らんばかりに溢れ出す光は強さを増している。
これではまるで--そこまで考えてセトはハッとした。思い当たった事実に思考までもが真っ白に焼き切れたような気がした。
瞬間、光が天を衝く勢いで空に向かって奔った。
「……っ!!」
まるで大地から空へと向かって雷が落ちたような光景は、音がしないのが不思議な程に光が力強く天に昇った。そうして晴天のど真ん中、雲を蹴散らし霧を払って、そこでやっと光が霧散した。
散り散りになった光のかけらが流星のように残光となって森に降り注いだ。
ひたすら呆然と、その光景を見つめる事しか出来ないでいたセトの意識を、アステロの驚愕を滲ませた声が現実に引き戻した。
「なんだ……今の?」
「……アステロ?」
信じられないものを見るように、アステロの視線が光の軌跡を辿って、そうしてセトを見つめた。今はもう、光はどこにも見受けられない。しかし、その中心にいたのはセトだ。アステロの視線がセトに留まったのも、ある意味で当然だった。
「今の……まるで」
呆然と、アステロが呟く。
(やめて)
その言葉の続きを、セトは聞きたくなかった。どうしようもない程、アステロが次に何を言うのか分かってしまった。聞きたくないと、受け入れられないと、セトは叫び出したい気持ちになる。しかし、たった今繰り広げられた光景に心が全くついていかない。セトは途方に暮れてアステロを見つめ返す事しか出来なかった。
「あれは」
死んだと思われた日。死ななかった日。生まれ直したと言われた日。その時、何があったのかをセトは知っている。
「あれは……聖女召喚の日の光と一緒だ」
(……ああ)
その言葉はまるで、セトの耳には死刑宣告のように響いた。
成人の儀式を終えて村へと戻る道は、まるで凱旋パレードを行うような気持ちになるとセトは先達に聞いていたが、どう頑張ってもそんな気持ちにはなれそうになかった。
隣にはセトを気遣うようにチラチラと視線をやってくるアステロがおり、お互い気まずさから会話の一つもない。
御神木から空に向かって光が昇った。その光景を、アステロは見た事があると言う。
十五年前、聖女召喚を行った王城から迸った光は、このタンニ村からも見えたのだ。夜であった事もあり、その光は今日よりいっそう輝いて空を駆け抜けた。
十五年前といえばアステロも六歳になるかならないかというところ。強烈な印象を残した記憶を鮮明に覚えていても不思議ではなかった。
何か言いたそうなアステロの視線を感じつつ、セトは重い足を引きずるように歩いていた。
成人の儀式を終えれば大人の仲間入り。世界は一変すると、村の大人は言っていた。確かに一変した、とセトはまるで他人事のように口の中で呟いた。
(でも、きっとこんな意味じゃない)
甘えが許されなくなる。庇護される側からする側になる。大人達が言いたかったのはそういう事のはずだ。
人生を一瞬でガラリと変えるような、そんな意味合いで言っていた訳では決してない。
「なあ、セト」
村の入り口が見えてきたところで、意を決したようにアステロが口を開く。村からは幾人かの大人達がこちらに駆け寄ってくるところだ。二人の姿を認めて、村長夫妻までがそこにいた。
「お前……まさか聖女なのか?」
ぼんやりと、駆け寄ってくる村長の焦った顔を見つめていたセトは足を止め、緩慢な動きで横に立つアステロを見上げた。困惑と疑問、それを顔いっぱいに乗せた兄貴分に、セトは淡々と言葉を紡いだ。
「……知らないよ」
知らない。知りたくもない。
(そこにわたしの都合も理由も、なんにもない)
これがしがらみだと、本当はとっくに知っていたとしても。
「知らないよ」
そう言う以外の言葉を、この時セトは持っていなかった。
第一章、一。成人の儀式はこれにて終了です。
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