ギルド、二
ウィンデルセン国内において、ギルド会館は本部を王都に、支部を各領都に展開されている。依頼斡旋所と呼ばれる通称窓口は各々の街や村にもあるが、ギルド会員登録は本部や支部などで行わなければならないとされている。
イーシャン領ではブレイティアの街に支部が置かれており、商業区画の比較的居住第一区の近くにその敷地はある。
煉瓦造りの素っ気ない作りの四角い建物がそれである。
「大きい……」
ぽつりと、セトが呟いた。
ギルド会館は複数の施設からなる二階建ての建物だ。入口は大人が三人並んでも余裕で通れる幅がある。扉は観音開きで開け放されており、上の角の両端には深緑色の旗が掲げてある。旗の中央に踵に羽根飾りのついたブーツの絵が描かれており、これがギルドを示す紋章となっている。
中に入れば、広々としたエントランスホールだ。ホール内にはいくつかの背丈の高い丸テーブルが設置されており立ったまま使うのか椅子はない。中央に階段があり、そこから繋がる二階は左右の壁面に扉があるだけで、その向こう側は一階からでは見る事が出来ないようになっている。
階段の下、二階部分の通路の下にはカウンターがあり、そこで何がしかの受付が行われるのだろう。職員らしき人がカウンターの奥の出入り口を行ったり来たりしている。
一階の左右の壁面にはこれまた扉があり、そこはギルド会館の入口のようなサイズの観音開きだ。
ぐるりとホール内を見渡してセトは感嘆のため息を吐き出した。
街中もそれはそれは人で溢れかえっていたけれど、このギルド会館も負けてはいない。活気という意味ではこちらの方が余程煩い。受付で話し込む者、丸テーブルで地図を広げる者、壁際の掲示板を吟味する者と様々な人がいる。
静かな森で育ったセトからしたら、この建物の中だけでも人酔いを起こしそうな程だ。我知らず、ぎゅうとアレスの服を握り締めた。
「セト」
静かに名を呼ばれて、セトはハッと我に返ってアレスを見上げた。
「まずは会員登録だ。受付に行こう」
「あ、う……うん」
アレスに促されるままに入って左側のカウンターへと進む。受付は女性の職員で左腕に腕章がある。ギルド会館の入口に掲げられていた旗と同色で、やはり踵に羽根飾りのついたブーツの絵が描かれていた。
「いらっしゃい。イーシャン領ブレイティア支部へようこそ。どういったご用件ですか?」
職員の女性がにこやかに対応してくれる。しかし、セトは女性の頭部を目に留めて、ピタリとその動きを止めた。思わずしげしげと見てしまう。
女性の頭には猫みたいな尖った耳がついていた。
「あら、アレスさんじゃない」
固まるセトをよそに、女性はアレスに気がつくとにこりと営業用ではない笑顔を浮かべた。
「貴方好みの荒っぽい依頼があるわよ。時間があるならどうかしら?」
「すまないが今は依頼を受ける時間の余裕がない。……この子の会員登録を頼む」
未だ女性の頭に生えた耳を凝視しているセトの頭をぽんと叩いてアレスが言った。その言葉に女性はセトに視線を戻してくすりと笑った。
「ふふ、お嬢さんはケット族を見るのは初めてかしら?」
「ケット族?」
話を振られて初めて自分が不躾な視線を相手に送っていた事に気がついてセトは慌てたように視線をうろつかせた。しかし、耳慣れない言葉にすぐに女性に視線を戻す。
「ええ。私はケット族なのよ。この耳がケット族の特徴ね」
そう言って猫のような耳を指差して笑う。
ケット族とは外見的特徴に猫の要素が見受けられる種族であり、また猫のような俊敏性も持ち合わせている。
獣の特徴を持つ人族--半獣族と呼ばれる種族だ。
「猫っぽいのがケット族、犬っぽいのがクー族だな。半獣族の中でもこの二種族は人族と関わりを持つ種族だ」
半獣族はその大半が人里離れた場所で生活している事もあってケット族とクー族以外の半獣族を見た事がある者はとても少ない、とアレスがついでのように説明した。
「そう、なんだ。……ごめんなさい、じろじろ見ちゃって……」
二人の話にセトはしょんぼりと項垂れる。
「気にしないでいいのよ。それで、会員登録だったわね?……改めまして、初めましてお嬢さん。わたしはイーシャン領ブレイティア支部の受付を任されているケット族のハーティよ。お嬢さんの名前を教えてくれる?」
「初めまして。セトです。……会員登録、お願いします」
雑談はお終い、と女性--ハーティがきりりと表情を引き締めてセトに向き直った。
セトも居住まいを正して、緊張の面持ちでぺこりと頭を下げた。
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