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聖女とよばないで(仮題)  作者: ありんこ
第一章 セトという少女
22/25

ギルド、一

 


 その瞬間を覚えている。生々しく記憶にこびりついている。

 絶望が始まった瞬間を、覚えている。


 ◇ ◇ ◇



 ブレイティアの街は、国境である巨剣山脈に沿うように建てられた国境防壁である砦から放射線状に広がる、扇状の街である。

 砦に最も近いのが領事館や国境防衛に携わる者達の住居などがある居住第一区。商店や宿屋が集まる商業区画である第二区。そして扇の最も外側に平民の住む居住第ニ区がある。

 もちろん、その区画で暮らしたり商店を開かなければいけないとうい訳ではないので、商業区画に住まう者もいるし、居住区画で商いをする者もいるが、その三つの区画がブレイティアの街を構成する主格である。

 また、区画整備は国内でも五指に入るのではないかと言われる程だ。迷ったら凱旋大路を目指せばいい、と言われている。

 凱旋大路とは扇状の街を中心から貫くように延びる街で一番大きな道だ。街の外の街道から、真っ直ぐに領事館広場へと繋がっている。その道にさえ出れば居住区画だろうが商業区画だろうが真っ直ぐに辿り着ける。そこからさらにに区画が細分化されているが、賽の目状に整備された道はよっぽどの事がない限り迷う方が難しい。--人里に慣れた者ならば、という注釈がつくらしいが、とセトの様子を横目で見ていたアレスは思った。

 セトは道などあってないような森の中にある村に住んでいた。何せ住居は樹上にあり、世間一般に村と言われるそれよりもさらに道らしい道などないような環境だ。

 そちらの方が余程現在地を見失いそうなものなのに、セトはブレイティアの街の中にあって所在なさげにきょろきょろと視線を彷徨わせている。昨日、初めての街にきょろきょろと辺りを見渡していたが、その時にあった興味深そうな輝きは今は鳴りを潜めていた。

 一日置いて幾許かの冷静さを取り戻した事による弊害だろう。

「人が多い。目が回る」

 呻くようにセトが呟いている。単純に人酔いもあるのだろう、とそこでようやくアレスは気がついた。村と比べてしまえば人口の絶対数が圧倒的に多いのだから然もありなん、である。

「その内慣れる。ほら、行くぞ。ギルド会館はこっちだ」

「あっ、待って!」

 逸れたらたまらないとばかりにセトがアレスの服の裾を掴む。一歩分足を進めた形で立ち止まったアレスが肩越しに振り返った。

「……」

 気まずそうに視線を逸らしたセトは、それでもその手を離そうとはしなかった。ふ、とアレスが吐息のような笑みをこぼす。

「逸れないように掴んでたらいい」

「うぅ……、はぁい」

 子供扱いされるのは癪だが、それでもこんなに人の多い場所で迷子になるのは御免被ると、セトは確かめるようにアレスの服を掴み直した。それを確認して、再び歩き出す。

 野宿をものともしない少女がこんな街中で必死でついてくる様は、とても微笑ましいものにアレスの目には映った。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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