ブレイティアの都、三
少し早い昼食に、セトとアレスはブレイティアの都の商業区画で舌鼓を打っていた。
予定通り、野営地点を早朝から出発し領都に着いたのがつい先程。領主のお膝元でイーシャン領最大の都と言われるブレイティアは、セトの想像を遥かに超えて賑わった大きな街だった。
「ん〜っ、美味しいっ!」
ブレイティアの都はタンニ村からは南下した位置にある。なのでセトはブレイティアの都はタンニ村より暖かい気候なのだと勝手に思っていたのだが、辿り着いた街はどちらかと言えば空気が冷たかった。
なんでも万年雪を被る巨剣山脈から吹き下ろす風のせいで一年を通して気温は低いのだという。そのせいもあってか、ブレイティアの都では煮込み料理の幅が広く、今二人が食べているのもトロトロに煮込んだシチューだった。
パンをシチューに浸しながら食べるアレスはセトの満面の笑みを見て得意げに笑っている。たったの二日半とは言え文句も言わずに携帯食で腹を保たせていた少女をこの店に連れて来てよかったと胸を撫で下ろした。
今二人が食事を摂っている店は宿屋兼食事処で、商業区画でも常連が多い店だ。
アレスもブレイティアの都に来る際はこの宿屋を拠点にしている。価格帯は中の下で経費としてはそれ程圧迫感もなく、何より飯が美味い。
今日はここに宿を取り、半日ゆっくり骨を休めてから翌日セトのギルド登録を行う予定だ。その後は王都を目指しつつ路銀稼ぎに依頼をこなしながらゆっくり進む事になる。
王都までは立ち寄った街や村でその都度宿を取る予定なので、携帯食とはしばらくおさらばだ。
「この店の二階が客室になってる。部屋は取ってあるから今日はゆっくり休め」
セトが食事を平らげたのを見届けて、アレスは親指で階段を示しながらそう言った。
こてり、とセトが首を傾げる。
「街を見て回っちゃダメなの?」
アレスが食事を注文する際に部屋を取っていたのはセトも気づいていた。しかしまだまだ昼時である。セトとしてはもちろん街を見物するつもりだった。
「それも明日な。案内もなしに彷徨くと迷子になる」
小さな村で育ったセトが一人で街を歩けば三分もしない内に迷子になるだろう事は想像に易い。難色を示したアレスにセトはむっ、と口を尖らせた。
「でも、今から部屋で休むなんて暇だよ」
「我慢してくれ。明日は思う存分付き合ってやるから。そのためにも今日中に用事を済ませてくる」
つまり、アレスは所用がありセトの側にいられない。慣れない土地で一人歩きをさせるには不安が残るために宿屋の部屋で大人しくしていろという事だ。
「用事って?」
「依頼には守秘義務ってのがある。言える訳ないだろう」
僅かばかり抵抗はからりと笑って躱された。
「すまないとは思うが、理解してくれ」
セトは暫定的な聖女だ。そしてアレスはその保護と護送の真っ最中。自由に旅が出来ていると錯覚してしまうのはアレスがセトを尊重してくれているからに他ならない。一人で街を歩くくらいで大袈裟な、とはセトはとても言えない。可能性の上でも聖女が損なわれる事態は回避しなければならない。それが、暫定的な聖女であってもだ。
保護を請け負うアレスがセトから離れるというならばその安全を確保しなければならないのだろう。だから一人で街を歩く事は出来ないし、部屋でじっとしていなければならない。
それならばその所用に自分も連れて行け、と思わないでもないセトだが、依頼の守秘義務とやらなら仕方ない気もした。
そもそも四六時中べったり一緒にいるのも気疲れする。
そこまで考えれば一日一人でいられる時間はそれなりに貴重なのだと気がついた。たとえ魅力的な景色が窓の外に広がっていて興味を強く惹かれるとしても。
「……分かった」
それでもやっぱり、不服なものは不服なのだ。保護云々よりも迷子の心配をされているからかもしれない。
「明日はギルド登録。その後は好きなだけ観光させてやる。いい子に待ってろ」
まるっきり子供扱いなのだから、不服に思っても仕方ないだろう、とセトはふん、と鼻を鳴らす事で返事とした。
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