成人の儀式、一
セトという少女には望むと望まざるに関わらず多くの意味が付随する。
例えば『一度死んだ』『生まれ直した』--そうして『特別』である。
彼女はそれを「嫌だなぁ」の一言で片付ける。
困ったように、諦めたように「嫌だなぁ」と、そう言って嘯くように笑うのだ。
◇ ◇ ◇
樹齢数百年、あるいは数千年と言われても納得してしまいそうな大樹。それが、タンニ村が崇める御神木である。真下から見上げる御神木は、あまりにも大きく圧倒的で、目を凝らしたところでその梢の先が見える事はない。
その幹は太く、村の者全ての腕で取り囲んでもまだ足りないように思えた。枝すらも人の胴より一層逞しく、青々と茂る葉はその面を空へと大きく広げている。
セトはぐるりと御神木の周りを見渡した。御神木の周りは不思議と他の木が生えていない。森の木々ですら恐れ多いと言うかのように、ある一定の距離を保っているので、まるで集会場のように開けている。
確かに神聖な空気がここにはあるような気がした。
御神木は、禁足地である。
タンニ村において、何よりも尊いもの。守らなければならない聖地だ。
普段は誰であろうとも立ち入る事を許されない。例外は時節の祭り、そして洗礼と成人の儀式のみである。
また、時節の祭りも、その全てがそうだという訳ではない。御神木まで赴く祭りは旧年と新年とを結ぶタンニ村最大の祭りで、その際も訪れる事を許されているのは村長と祭司、そして僅かばかりの護衛のための若衆だ。
なので、タンニ村の子供達は成人の儀式まで御神木を間近で見る事はない。洗礼で訪れた事があると言ってもたったの一歳であるのだから、初めて訪れたようなものなのだ。
さぞ感慨深いだろうと、アステロはセトの顔を窺い見た。
「……?」
アステロは首を傾げる。
成人の儀式。それに赴く者の顔を、アステロはよく知っている。そこに浮かぶのは喜色、あるいは期待。五年前の自分もそうだったと、もちろんセトの顔に浮かぶ感情もそうなのだと、アステロは思っていた。
しかし、セトはその顔に何の感情も乗せてはいなかった。凪いだ瞳と無表情。辛うじて感じ取れるのは、目の前の御神木の大きさに対する驚きくらいだ。
「……セト?」
アステロの声に、セトは弾かれたように振り返る。
「え……、な、何?」
アステロが隣にいた事を思い出したように、セトの声が上ずる。
「いや」
なんだ、と。アステロはそう思った。隣にいる自分すら意識の外に置いてしまう程、セトは御神木に見入っていたのだろう。そう結論付けた。表情も何もかも置き去りに、目の前の神聖なものに目を奪われていたと思えば、感情の乗らない表情にも納得出来た。
「よし、登るか」
御神木に生まれの証を返すと一言に言っても、それは御神木を前にすればはい終わり、という訳ではない。
まずは御神木に登らなければならない。さらに言うなら、登る前に御神木に挨拶をしなければならない。
セトはアステロの指示に従って、御神木の前に一歩を踏み出した。
「俺に続けて唱えろよ」
膝を折り、胸の前で手を合わせたアステロが、ちらりとセトを見やる。こくんと頷く妹分にアステロはにっと笑って目線を御神木へと移した。一瞬、見上げてから、首を垂れて瞳を閉じる。アステロに倣うようにセトもまた祈りの形を取った。
「聖なる大樹よ--」
--聖なる大樹よ。命の樹よ。大いなる根は我らを支える礎。広がる葉は我らの恵み。深き御心に見守られし我と我が身が、今日まで生きてこれた事に最大の感謝を。そして、我と我が身の新たな門出を宣言いたす。
パァンッ、と響いた音にセトの肩がぴくりと揺れた。恐る恐るアステロを窺えば、柏手を打ったのだと気がついた。こくりと頷かれ、セトはそれが御神木へと挨拶の締めなのだと分かった。
御神木を見上げ、セトは祈りの形に合わせられていた掌を広げる。
パァンッ、とアステロのものより高い音が響いた。
それで、御神木への挨拶は終わるはずであった。
瞬間、溢れたのは光。
「……っ!?」
柏手の音に導かれるように、セトの足元から淡い光が空気に舞ったのだ。
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