ブレイティアの都、二
ブレイティアの都は、辺境伯の治める城塞都市である。
巨剣山脈のへりにへばりつくようにして扇状に広がる街で、山脈の山頂線の最も低い位置にまるで蓋をするように国境防壁を構えている。
登頂不可能と言わしめる巨剣山脈ではあるが、それでも脈付く山々の高低差は激しく、国境防壁が敷かれているそこは他国が過去幾度も侵入を試みた場所でもある。その地に辺境伯を据え、国境防壁を展開したのが百五十年程前だという。
古い街なのだな、とセトは思うのだが、アレスの言によれば「国の歴史から見れば新しい街」であるらしい。
「領主も五代目かそこらだ。王都に近づけばもっと古い街は沢山あるぞ」
アレスの言葉に、セトはそうなんだ、と頷いた。
魔導王国ウィンデルセンの興りは千八百年程前である。歴史を重ねる毎に国土を増やしていったのであれば、国の中枢である王都から国境に近付くにつれて街が新しい、というのも当然だな、と思ったのだ。
「それでも充分古いよ。村の最長老のばば様だって六十歳くらいだったかな?……百五十年なんて想像も出来ない」
「まあ、そうだろうな」
十六歳になったばかりのセトが百五十年という人の寿命を軽く超えた年数を想像出来なくても当然だろう、とアレスは笑う。
「かくいう俺も想像がつく訳じゃあないけどな。それでも、その街に行って、その街の歴史を感じる事は出来る。色んな街や村を見ているとその違いが中々面白かったりする」
「へぇ」
ギルドメンバーとして数々の依頼をこなし、数多の街や村を見てきたであろうアレスの言葉にセトはその瞳を爛々と輝かせた。今まで村から出た事のなかったセトは見るもの全てが新鮮で、色々な経験を積んだアレスの話はどれもがとても魅力的なのだ。
「楽しみだなぁ。明日には着くんだよね?」
「昼前には着くな」
セトとアレスがタンニ村を出立したのが二日前の早朝である。行商の際には四日かかる距離も、二人だけの身軽な旅では二日半で辿り着けるらしいとセトが知ったのはつい先程、野営の準備をしている時だった。
道中は相変わらず森の縁を延々と歩いていた。一日目で巨剣山脈の眺めも飽きた。どれだけ荘厳な眺望でもそればかりでは目も慣れてしまう。
野営では食事は狩りをするものと思っていたセトだったが、アレスの手持ちの携帯食でさっさと済ませた。味は二の次の、栄養と腹持ちだけを考えた代物は、穀物やら野草やらを粉末状にして、食べる時に水でふやかして食べる粥のようなものだった。美味しくもないが不味くもないという、味気ないものだ。
ちなみに今日の食事もそれである。
不味くないから無理をする事なく食べれるが、美味しくないから食べたくはならない、という何とも旅人泣かせの携帯食に思いを馳せて、セトははぁ、とため息をこぼした。贅沢な悩みだとは分かっているので、文句自体はないのだけれど、と寝袋を地面に敷きながら何とはなしに考えてしまう。
「街に着いたら美味いもん食わしてやるから、我慢しろ」
セトの憂鬱を敏感に感じ取ってアレスがくつくつ笑う。
「はぁ〜い」
言い当てられた事に若干の敗北感を覚えて、不貞腐れたようにセトは返事をする。そうするとアレスが肩を震わせて笑うものだから思わずじとりと並んでしまう。自分でも子供みたいな反応だと自覚はあってもやはり食べるなら美味いものの方がいいに決まってる。
「早く街に着かないかなぁ」
初めて訪れる場所に楽しみでもあるが、切実に美味しいものが食べたい。
「なら早く食って、早く寝ろ。そしたらすぐに明日になる」
「……はぁい」
セトが不貞腐れている間に手早く携帯食を水でふやかしたアレスからそれを受け取りながら、気のない返事をする。それとこれとは別なのだ。味も大してないでろっとした何かは、かき込むには相当の胆力がいるのである。もしくは慣れが。
「……いただきます」
それでも食べるしかないのだから、もちろん平らげるけれども。
「……早く街に着かないかなぁ」
ぽつりと口の中で呟く。ちらりと見上げた空には一番星が黄昏と宵闇の間に顔を出していた。
明日はついに、ブレイティアの都に辿り着く。
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