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聖女とよばないで(仮題)  作者: ありんこ
第一章 セトという少女
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旅立ち、四

 


 明くる日。セトは朝靄の漂う村を静かに歩いていた。

 成人の儀式の日と同じ、村人が起き出すには少しばかり早い時間。噛みしめるようにゆっくりと、瞳に映る全てを心に焼き付けるように。

 手には狩りの時にも使った槍。穂先は今は革布の鞘がその刃を覆っている。腰には大きめのポシェットと短剣が二振り。ベルトには薬草を入れた小さい巾着袋が三つ。髪を隠すようにフード付きの襟巻きをして、自身で刺繍を刺したチェニックに、動きやすさを考えて足元は短パンに履き慣れたサンダル。サンダルに付属している布製の具足は脛を覆う形で、足首に行く程ゆったりとしている。そして左腕には手甲。

 村で仕事をこなす者の格好ではない。また、多すぎる手荷物がある時点で狩りでもない。--完全なる旅装だ。


 セトは今日、旅に出る。


 くあ、と誰の目もないからと大口を開けて欠伸をするセトは、昨夜ほとんど寝ていない。

 物見櫓でアレスと別れてから家に帰ったのは夜が深いという程の時間ではなかったので、あのまま寝ていれば睡眠不足にはならなかっただろう。しかしセトは帰宅するなり旅の準備を始めた。荷物の詰め込みも、武器の選別も大した時間はかからなかったが、それでも朝まで横になる事もせずにまんじりと過ごした。

 旅立つなら早い方がいい、と言ったのはセトだ。


 昨夜、アレスは言った。

「君を、王都まで護送する」

 その言葉を受けて、セトはならば明日の朝にでも旅立とうと言ったのだ。

 王都へ行くのは想定内であり、想定外だった。

 セトがたまたまいた場所で光が出現したならまた違ったかもしれないが、自身の傷痕から光が溢れたのを目の当たりにして、きっとそうなるだろうと、心のどこかで思っていた。

 想定外だったのは、セトを王都へ連れて行くのが国の派遣した騎士や魔導士、調査団ではなくギルドに所属しているとはいえ一介の市民だった事だろう。

 国から依頼を受けているとはいえ、王都への護送がたったの一人というのは予想の範疇外だった。

「君は、暫定的な聖女という扱いになると思う」

 アレスは村に来て最初に村長の話しを聞いた。それは光とセトに密接な関わりがあるのではないかという事を知っている事になる。

 セトの傷痕から光が溢れて見えた事はアステロから村長、そして村長からアレスに伝わった。それは狩りの夜にセトを守るように現れた光が魔物を蒸発させた事実もだ。

 狩りでの出来事。そして成人の儀式での聖女召喚と同じ光。こうなってくると洗礼--十五年前の聖女召喚の日にセトが一命を取り留めた事も無関係ではないかもしれない。そう結論を出して、御神木付近の闇の霧の観測を行った後に村長宅へと戻ったアレスはセトを王都へ連れて行く旨を伝えていたのだ。

 条件だけ見ればセトが聖女のようである。

 しかしたった一つ、けれど最大の矛盾がある。

 聖女は異世界からやって来る者。セトは間違いなくタンニ村で産まれた、この世界の住人だ。それについては村人全員が証人で、このたった一つの矛盾がセトを聖女たらしめない。

 だが、だからといって捨て置けないのも事実なのだ。

 未だ聖女は見つかっておらず、その姿形を知る者はいない。本当に召喚されたのかも、生きているかも分からない。そこに聖女と同等と見てもいい人物が現れたとなれば、誰もが希望を抱くだろう。

 だからセトは王都へ連れて行かれて、だから暫定的な聖女と言われたのだ。

 聖女が見つからなかった時の保険とされたのだ。

 それは、はっきり言ってしまえば胸糞悪い話だとセトは思った。しかしそれ以上に、セトは世界を見てみたいと思ったのだ。タンニ村の外がどうなっているのか、御神木に登ったその日から--たったの数日ではあったが毎日思っていたのだ。

 旅立つ理由は最悪でも、それはセトが旅立つ目的にはならない。だからこそ、王都までの旅路をうんと楽しんでやろうと思っている。


 しんみりした気持ちを抱えて歩いて、セトは村の入り口まで来ていた。この先は五分も歩けば森を抜け平地に出る。

 そこに、アレスはいた。

「挨拶はいいのか?」

「挨拶したら気持ちが揺らいで行きたくなくなっちゃうかもしれないから、いい」

 旅の道連れという事で、敬語はなしだと昨夜の内にアレスに言われていたセトは、ぶっきらぼうに言葉を返す。

「なら、行くか」

「……その前に、入れ違いになっちゃう調査団はどうするの?」

 村長が出した書簡はもう領主の目に留まっただろうか。調査団はもうタンニ村に向かっているのではないか。それならば、肩透かしを食らってしまう調査団がいささか不憫な気がした。

「村長殿に言付けを頼んである。彼らには俺がしたよりも詳しい調査をしてもらってから王都に来てもらうように手配したから大丈夫だ」

 ならいいか。そう、セトは思った。

 旅立つ理由は最悪で、大人の掌の上で転がさられるのは癪だけれど、それならば面倒臭い事は全て大人に押し付けてしまえばいいだろう。逆らえない成り行きというのは確かにあるのだから。

「うん。じゃあ、行こう」

 アレスの横を通り過ぎ、セトは村から一歩を踏み出した。ここより先はセトにとっては未開の地。未知の世界。どんな理由であろうと自らの旅路の最初の一歩の先頭は自分でなければ。

「ああ、行こう」

 並び立つアレスを見上げて、セトはしばし考え込んでから微かに笑ってみせた。

「よろしく。アレス」

 全てにおいて他人の都合で始まる旅を目の前に、それでも笑うセトに眩しそうに目を細めて、アレスをにかりと笑みを返した。

「よろしくな、セト」

 くしゃりとフード越しにその黒髪を撫でて、二人揃って平地へ向けて足を踏み出した。



 ◇ ◇ ◇


 旅に出る。

 自分が自分である証明をするために、旅に出る。

 そう、彼女は満面の笑みで言った。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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