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聖女とよばないで(仮題)  作者: ありんこ
第一章 セトという少女
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旅立ち、二

 


 声をかける前に振り向いた背中にセトはぴくりと進めていた歩みを止めた。

「……アレスさん!」

「よう」

 一瞬飲み込んだ声を上擦りながらかければ、アレスはにかりと笑って軽く片手を上げた。

「どうした?もう寝る時間じゃないのか?」

「……それはこっちの台詞です。どこに行く気ですか?」

 子供扱いするような言葉にむっと眉間にしわを寄せる。だが今はそんな事はどうでもいいとばかりにセトはアレスを見上げた。

「まさかとは思いますけど……御神木に行く気ですか?」

「ああ、だから追いかけてきたのか」

 セトの訝しむ言葉に、しかしアレスは朗らかに笑う。

「まあ、そりゃあそうか。人目のない時間に森に入る余所者を見かければそう思うな。すまんな、いらん気遣いをさせた。君達にとって神聖な御神木に無断で近づくつもりはない」

 焦るでもなくそう言ったアレスに、セトは首を傾げた。

「でも、じゃあ、どうしたんですか?」

 光云々の原因はこの際置いておくとしても、光の発生箇所である御神木の様子を直に見たいという思いは理解出来る。ましてこんな、誰も出歩いていないような時間に一人で行動しているのだから、当然そうなのだと思っていたのに、とセトは首を傾げた。

「この村は娯楽の類が少ないな」

「はい?」

 思いもよらない返答に、セトは目を丸める。

「街にいたら、酒場にでも行くんだけどなぁ」

 顎に手を当てて肩を竦めるアレスに、セトは戸惑ったような視線をやる。

「つまりだ。こんな宵の口じゃあ、おっさんはまだまだ眠くならないという事だ」

 タンニ村では夜に狩りが行われる都合上、陽が沈んでから騒ぐような娯楽は存在しない。さらに、村全体で狩りで得た肉などは配分されるので飲食店などもない。大人は酒を嗜む者もいるが、酒盛りなどは休息日を割り振られた時に昼間にやるのが習慣となっている。狩りに出る者以外は屋内で静かに過ごすのがタンニ村の夜の在り方なのだ。

 それを不思議に思った事はないが、外の人間から見たらそんなものなのか、とセトは頷いた。確かに、子供こそもう寝ている時間であるが、大人達は家の中で思い思いに過ごしている。セトとて、こうして思考をまとめるために出歩いていたのだから似たようなものだろう。

「すみません。疑ってしまって」

 早合点を自覚して、セトはぺこりと頭を下げた。

「いや、疑われるような行動をしていた俺も悪かった。それに君には聞きたい事があったから丁度いい」

「聞きたい事……ですか?」

 訝しむセトの表情に、アレスは笑顔で頷いた。

「そうなんだが……さすがにここでは場所が悪いか?」

 言われて、セトは周りを見渡す。言わずもなが森の中である。

 村の端からほんの少し入った程度ではあるが、森の中で話し込むのでは些か警戒心に欠ける。動物も魔物も村の側まで出てくる事は滅多にないが、全くない訳でもないのだから。

「そうですね。わたしの家……は狭いからだめか。……物見櫓でどうでしょう?」

 セトの家は一人暮らしな事もあり最低限の居住スペースしか確保されていない。人様を呼ぶにはあまり適さないので、昼間にも行った物見櫓を勧めてみた。

「ああ、いいな。あそこなら邪魔も入らんだろう」

 朗らかに笑ったアレスが踵を返す。自分の横を通り過ぎて物見櫓まで先導する背中を、セトは複雑な面持ちで見つめた。

(聞きたい事ってなんだろう。光についてなんだろうけど……それは昼間に話したのに)

 折り入って話す事などないはずなのに。解せない、と思いながらもセトは渋々アレスを追いかけた。



 そんな訳で本日三度目の物見櫓へセトは来ていた。

 物見櫓は非常事態の際の見張りのためのものだが、普段はほとんど使われていない。夜間の哨戒などは森に面した村の端を見張りが松明を持って歩くだけで、物見櫓は夜には沈黙を保っている。昼間などは縄を張って洗濯物を干すために使われたりなどもするなんとも平和な物見櫓なのだ。

 物見台の手すりに寄りかかりながら、セトはちらりと横を見上げた。

 アレスは手すりに肘をついて満天の星空を見上げている。あまりの身長差に、セトからはアレスの表情は見る事が叶わない。横に立つ大人が何を思って空を見上げているのかも、何を話そうとしているのかもセトには分からない。

「君は……」

 呟くように、アレスが口を開いた。セトはぴくりと肩を強張らせて、物見台の床板に視線をやった。

「……君は、聖女についてどう思う?」

 空を見上げたままのアレスを肩越しにまじまじと見上げて、セトはたっぷり五秒は思考を停止した。

「……はあ?」

 質問の意図がさっぱり理解出来なくて、静かな森を見下ろす物見櫓の上で、セトの素っ頓狂な声が虚しく響いた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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