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聖女とよばないで(仮題)  作者: ありんこ
第一章 セトという少女
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旅立ち、一

 


 興味深いな、とアレスは独り言ちた。

 物見櫓から御神木のある辺りの闇の霧の濃度を測った後、アレスは村長宅に戻る道すがらでも同じ作業をした。その結果、御神木の見える範囲では著しく濃度が低い事が分かった。ただ、それが以前からなのか、それとも先日の光によるものかは分からない。

 それでも、王都の魔道士や研究員の出した仮説に則れば、この地に聖女がいる可能性は高い。

 村長宅では過去二十年に渡る収支台帳を見る事が叶った。

 この収支台帳がかなりの優れものだった。

 収支台帳は種類別にされており、毛皮、服飾、薬草、食物と分類されていた。さらに細分化かされ日毎の仕入れ状況まで事細かに書き記されていた。

 特にアレスの興味を引いたのが毛皮の収支だ。

 このタンニ村では毛皮といえば魔物のそれを指す。シルウァウルフの毛皮一枚で一世帯の五日分の食料が賄える高級品だ。

 シルウァウルフ自体は魔物の中では小型で腕に覚えがあれば恐れる程のものではない。ましてこの村では狩りが盛んに行われているのだから、むしろもっと狩り獲られていても不思議ではない。そこがまた、興味深い。

 タンニ村としては日々の生活と少しの蓄え、そして領主に納める税が賄えればそれでいい、というのが収支台帳を見ただけでもよく分かる。魔物ならば、もっと乱獲しても誰も咎めないだろうに、とアレスなどは思ってしまうのだ。

 それを村長を始め村の幾人かに訪ねたところ、全てに同じ答えが返ってきた。曰く、森の生態系を崩す事は避けたいのだと。

 魔物とは摂理の外の存在だ。少なくとも、この国の主立った宗教ではそう教えられている。闇の霧より発生した人外、というのが通説である。

 しかし、タンニ村ではそうではない。タンニ村は自らを森の民と呼ぶ。そうして、それは森に住まう動植物もそうなのだと、そう言うのだ。そこに魔物だのただの動物だのは関係ないのだ。森に住まう、ただ一点のみでタンニ村の者達は魔物をすら生態系の一部だとはばかりもなく言ってのける。

 だが、そこはいい、とアレスは思う。

 魔導王国ウィンデルセンでは宗教選択の自由が認められている。タンニ村では御神木を主神として森が信仰の対象となっていると考えられるので、そこに住まう魔物が生態系の一部として組み込まれているのはそれ程不思議な事ではない。

 アレスが最も興味を持ったのは、聖女召喚の以前と後で魔物の出現率が変わっていた事だ。

 現在、狩られる魔物はシルウァウルフのみとなっているが、聖女召喚以前はその限りではない。

 収支台帳を紐解けば、シルウァウルフが昔から魔物狩りの主格を担っていた事には変わりないが、それでも十五年前までは他の魔物も時々ではあるがその名前が上がっていた。そしてそれは、シルウァウルフより大物と呼ばれる魔物である。

 それは鹿型の魔物で、角が薬の原料になるラムスホーンと呼ばれる極めて獰猛な魔物である。

 ラムスホーンに至ってはタンニ村でも積極的には接触しないという。毛皮や角の採集などは二の次で、自らの命を守る事に全力を傾けなければならない相手。もしも行き合ってしまったのならば、すぐさま村で討伐隊が編成されるような厄介な相手だったと、村長が言っていたのをアレスは頭の片隅で思い出した。

 そのラムスホーンが聖女召喚以降収支台帳からその名を消した。魔物は大物になればなる程、闇の霧が濃い場所に出現する傾向がある。それを踏まえるならば、聖女召喚によってタンニ村周辺では闇の霧の濃度が下がった事になる。それも、十五年前から。それは聖女がこの地にいる裏付けのようにアレスには思えた。

 王都から離れた辺境の地とあって今まで調査の対象にはなり得なかったのだろう。だからこそ誰もこの地の異変に気がつかなかった。しかしそれは一つのきっかけで表面化した。それが何より、アレスの興味を引いたのだ。


 暗い森を歩きながら、アレスは背後から聞こえる足音と気配にひょいと肩を竦めてから振り返った。

「アレスさんっ!」

 焦りをにじませた表情でアレスを呼び止めたのは昼間に物見櫓まで案内してくれた内の一人、セトという少女。

 この少女の成人の儀式の際に、光が空へと奔ったという。

「よう」

 片手を上げて、軽い調子で挨拶をする。


 セトという少女こそ、アレスの興味を引いてやまない相手だった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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