客人、三
「報酬は三段階で用意されてる。足取りの調査に対して、保護に対して、そして護送に対してだな。足取りの調査にはこれを使う」
物見櫓まで着くと、アレスはウエストポーチから望遠鏡のようなものを取り出した。
「これは観測鏡だ。観測鏡にも色々あるが、これは闇の霧の濃度を測るのに特化したものだ」
「見た目はまんま単眼鏡ですね」
取り出された道具を見やってアステロが言う。セトも頷いた。
観測鏡は筒状になっていて一方は細く、もう一方に向けて徐々にその幅が広くなっている。その広くなっている方を対象に向けるようで、そちらのレンズは随分と分厚い凸レンズだ。さらにその上部には分度器をさらに半分にしたようなものが付いており、そこに掘られた溝には小さな石が埋まっている。アレスが手を動かすとその石も動くようで、角度を測るためのものらしい。
「観測鏡はギルドメンバー全員に配られてる。闇の霧の濃度を測ってそれを定期的に提出すると、報酬が手に入る。だから観測だけならやってる奴は多いが、これに関しては報酬額は高くない。とはいえ、魔物を相手取る訳でもなく、どこでも出来るから新人なんかは率先してやってるな」
「観測すると聖女がどこにいるか分からんですか?」
「いや?」
セトの質問にアレスは肩を竦めて答えた。観測鏡を一度ウエストポーチの中にしまって物見櫓の梯子に手をかける。登り始めたアレスを、セトは慌てて追いかけた。
しばらく無言で登ると程なく物見台に辿り着く。御神木に比べれば余程低い物見櫓だが、それでも森の木々よりは目線は高くなる。
物見台からぐるりと周囲を見渡して、アレスは御神木の方へ視線を固定した。御神木はその様相が他の木々と全く違うので、初見の者でもこれだと分かるのだ。
「さっきの質問だが、闇の霧の濃度を測ってもそこに聖女がいるかどうかは実は分からん。ただ、各地の調査結果をまとめると濃度にもムラがある。王都の魔道士なんかは、闇の霧の濃度が取り分け低いところに聖女がいるのではないかと考えているらしい」
十五年前の聖女召喚の儀式直後の王都が正にそれだ、とアレスは言葉を続けた。
「当時、儀式の直後王都周辺からは闇の霧が一時消失した。そしてさらにこの十五年間闇の霧は晴れはしないが濃くもならない。これは聖女召喚が成功したからだと言われている」
世界のどこかに聖女は存在している。そうでもなければ闇の霧が濃くならない理由がない。その推測を元に、闇の霧の濃度が薄いところを辿れば聖女を発見出来るのではないかとの考えだ。
「……でも、それなら聖女はとっくに見つかっているんじゃないですか?」
「それがそうもいかなかった。確かに各地で濃度の差はあれど、誤差の範囲内。さらにはその位置もてんでばらばらとくれば、足取りなんて掴めるはずもない」
セトの問いにアレスは物見櫓の高さと御神木までの距離を目測で測りながら答えた。そうしてウエストポーチから取り出した観測鏡を覗き込んで御神木を見つめる。
「だが、この十五年間起こらなかった事が起きた。先日の光が聖女召喚と同じ光なら、聖女がこの辺りにいても不思議はない」
言いながら、アレスは御神木から空へと観測鏡の角度を変えていく。そしてやはり、と小さく呟いた。
「アレスさん?」
何か分かりましたか、とアステロがアレスの横顔に声をかけた。観測鏡を下ろしたアレスは、口からこぼれた言葉とは裏腹に、とても信じられないと言わんばかりの表情をしていた。
「……闇の霧が晴れている。十五年前の王都と同じ現象が起こったと見ていいだろう」
真剣な眼差しは眼光鋭く御神木を見つめている。思案げに腕を組んで、アレスはううむと唸った。
「……時に君達。この村に村人以外の人間はいるか?」
「アレスさん以外で、って意味ならいないですよ」
「それは確かか?光の出現の前後は?」
矢継ぎ早な質問にアステロは考えるまでもなく首を横に振った。
「小さい村ですからね。他所の人間が来ればすぐ分かる。貴方を除けば一番最近この村に外の人間が来たのは一ヶ月も前ですよ。その人だって平地の村の顔見知りですし」
ついでに言えば男なので聖女ではないでしょう、とアステロは付け加えた。
アステロの言葉に、アレスは「もう少し情報収集が必要か……」とポツリと呟いた。
その背中を、セトは思いつめた表情で見つめていた。
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