客人、二
それは、聖女召喚の儀式が執り行われてから一年と少し経った頃。国王よりギルドに対して一つの依頼が出された。
内容は聖女の足取りの調査。及び保護と王都への護送。
国王直下の騎士、魔道士、調査団、そのどれもが確たる成果を出せずに足踏み状態であったために藁にもすがる思いで出された依頼であった。
期間は聖女発見までの無期限。すでにこの頃、国王は聖女発見が困難であるとの見解を持ったいた。しかし、国民に対して聖女の捜索を諦めていないと何かしらの形を示さなければならないと、こうしてギルドに依頼を出す流れとなった。
本来、ギルドへの依頼はランク別けされており、そのランクに見合った実力を持つ者に依頼をする形である。しかし、国王よりの依頼は全ギルドメンバーに対してのもので、これは異例中の異例だ。まして当時のギルドメンバーだけではなく、その依頼は一年毎に更新されているので、この十四年の間に新たにギルド入りしたメンバーもその対象になっている。
国王からの依頼とあって、その拘束力は他の依頼と一線を画しているが、それは国として体裁を保つための建前であって、無期限の依頼にほとんどのギルドメンバーは力を入れる事をしない。切羽詰まった依頼はその切実さと反比例して曖昧過ぎて、力の入れようがないのだ。それなら細々とした依頼をこなした方が生活の足しになるというものだ。
それでも、一年毎に更新される依頼はギルドメンバーの頭の中には残っている。なんとなく気にしている、という程度ではあるが。
と、ここまで説明してアレスはセトを振り返った。
セトとアステロはアレスに請われる形で御神木の見える物見櫓までの案内をしているところだ。
セトが来る前に聖女の足取りの調査という名目で御神木まで行けないかと村長に交渉したいたらしいのだが、御神木はタンニ村にとって神聖な場所だ。村の者ですらおいそれと近づいてはいけない場所に、外の人間を行かせる事は出来ないとにべもなく断られたところで、ならば御神木のよく見える場所はあるかと聞かれて今に至る。
「足取りの調査って……随分不思議な言い回しですよね」
先頭を歩くアステロが半歩後ろにいるアレスにちらりと視線をやった。
聖女召喚の儀式が執り行われたのは国中が知っている。しかし、その聖女の姿を見た者は一人もなく、捜索が今なお続いているのも周知の事実。十五年もその状態が続いているのだから、聖女召喚の儀式は失敗したというのが世間一般の考えだ。
「……国の威信をかけて、失敗したとは口が裂けても言えないのだろう。何せ聖女召喚は国の、延いては世界の悲願らしいからな」
セトにやっていた視線を戻してアレスは苦笑を浮かべる。
「ただ、この十五年間闇の霧が濃くなる兆しもない。失敗したと言い切る根拠もないんだ」
それに、とアレスは何かを確かめるように空へと目を向けた。
「光ったからなぁ」
しみじみと呟かれた言葉にセトはぐっと歯を噛み締めた。
「……あの、やっぱり外からも見えたんですか?」
実際のところセトは光が目を焼いたのは認識しているが、近すぎてそれがどの程度の規模のものかはさっぱり分からないのだ。村からは見えた、というのは知っているけれど。
「ああ。俺は丁度ブレイティアにいたんだ。まあ、見えたからここに来た訳だな」
他に依頼を抱えている訳でもなかったので光の見えた方角にある人里を辿っていたらタンニ村に着いたとアレスは言った。
それならば、とセトは顎に手を当てて思案する。
「じゃあ、遅かれ早かれ……国からか領からかは分からないですけど調査団なりが来ますよね?そっちに任せてしまえばよかったんじゃないですか?」
確かに光った。それがブレイティアの都からも見えたのは、そこにいた人物が証言しているのだから間違いないだろう。時間は昼より手前だったから他にも目撃者はいたはずだ。ならば書簡が届く前にそれらが動く事は想像に易い。
しかし、光ったからと言ってもたったのそれだけだ。そこに聖女がいるかどうかは別問題だろう。信憑性が薄くとも動かなければいけないのが国だが、ギルドとしてはそうではない。光ったからそこに聖女がいるなどと、そんな希望的観測では動かないはずだ。
「そりゃあ、決まってる」
セトの言外の疑問に、アレスはからりと笑った。
「報酬が破格。それだけでも動く価値はある」
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