休日
中間都市曼陀羅型9999番、ビャッコ
ブロックの9層目、パイン市は、層の
だいたい200キロ四方あるうちの東寄り
に位置している。
その南西に隣合っているのが、アマー市、
モモ・テオが住むアパートがある。
彼と一緒に舞台に立っていた、イレイア・
オターニョはその西隣のトウ市、
マティルデ・カンカイネンは一層下の
最下層に住んでいる。
ビャッコブロックの最下層は、主に水田
地帯が広がり、農作物ユニットの色合い
が強い。そこから層が上がるごとに、工業
地帯、そして商業地帯が増えていく。
それは、どのブロックにも共通の傾向だが、
ブロックごとにも特徴がある。スザク
ブロックは、年間の平均気温が高めに設定
され、ゲンブは逆に低く設定されている。
セイリュウとビャッコは、どちらも温度に
関しては過ごし易い程度で設定されている。
セイリュウブロックは、政治と経済の中心
として、新しくて優れた都市設計となって
おり、基本的に良くない部分は排除する。
ビャッコブロックは、文化の中心として、
古いものと新しいものが同居し、一般的に
悪いと思われているものも排除しない。
したがって、ビャッコブロックは、最上層
にも煌びやかな神社仏閣が立ち並ぶ景色
となり、雑多な繁華街も存在する。逆に、
セイリュウブロックの最上層では最新の高層
建築だけが立ち並ぶ。
モモ・テオは、アマー市の駅から歩いて
13分ほどの、2階建ての賃貸テラスハウス
に父とともに暮らしていた。
父は約10年前、モモ・テオが10歳の時に
離婚し、モモ・テオの4つ上の兄と3つ下の
妹が、母親に引き取られた。
父は地元の伝統演劇を行う劇団に所属し、
役者業と演劇指導を行う。実入りがそれほど
よくないこともあり、日雇いの仕事も
時々やっていた。
今日は月曜日で、父は朝からパチンコと呼ば
れる賭博を行う店舗に出かけたようだ。
モモ・テオはだいたい週末の金曜、土曜、
日曜が仕事で舞台に立ち、水曜と木曜は
舞台合わせやスタジオに入っての練習
となる。
月曜と火曜は一応休みであるが、家や近所
で色々とトレーニングや稽古を行う。
早朝は近くの河川敷まで軽くジョギングし、
近所の神社まで戻ってきたら、八極大小架と
太極24式の套路をじっくり行う。套路中
に震脚と呼ばれる技法を使うので、家の
中などではできない。
帰ってきて軽めの朝食を摂り、少し休憩。
その後、今日は近所の学校の道場を借りて
いるので、そこでトレーニングを行う。
時間が合えばイレイア・オターニョも呼ん
だりするが、今日は一人だ。いずれにしても、
一人で行うトレーニングが多い。
サンボの基礎トレーニングとなるが、
まずは寝技の基本的な力を付けるためのもの
を行う。マットの上で腹ばい、あるいは
仰向けで、頭方向または足方向に移動する。
その後全ての方向の受け身の練習を行う。
そして、アイキの基礎練習の後、投げ技の形
を、足の位置や体勢をミリ単位で意識し
ながら行う。
その道場ではできないが、ブロック上層の
ジムを使用できる場合は、動きをトレース
してもらい、後で自分でチェックする。
同様に打撃系の技についても形、つまり
実際の技の動作を何度も繰り返すという
練習を行う。
その後剣術の素振りと槍術の形を行い、
だいたい一時間から一時間半で午前中は
終わりだ。
モモ・テオは昼食も少し軽めにとり、夜に
しっかり食べる。食事は、植物性のものを
基本とし、肉は鶏肉以外はほとんど食べない。
そこは徹底していて、例えば、牛乳ではなく
豆乳であり、牛乳から作られるヨーグルト
ではなく、豆乳ヨーグルトを選ぶ。デザート
は洋菓子ではなく糖分の少ない和菓子。
食事は基本的に家で自炊するが、そこで使う
油も植物性だ。そして、舞台がある日も、
劇団にきちんとメニューを考えて料理した
ものを出してもらい、市販の弁当などで
済ませたりはしない。
若いころからそういったことを徹底すること
で、生き方が全然変わってくる、ということ
をモモ・テオの先人たちがすでに長い年月を
かけて証明していた。
昼食後に短めの昼寝をして、午後からは
近くの公民館を借りている。そこで、舞踊
の稽古だ。
お辞儀の練習から始まり、立ち座りと歩法の
練習にかなり時間をかける。そして、動作を
伴う表現力の練習、扇子と呼ばれる小道具
を使用した練習。
舞踊の稽古が終わると、一般的な各種ダンス
の練習を行い、休憩を挟んで歌のボイス
トレーニングをする。男性の声も女性の声も
出せるので両方練習する必要がある。
歌のトレーニングが終わると、芝居のための
言葉の基礎練習を行い、伝統演劇の発声
含めた練習をする。そのあたりでいったん
家に帰り、市営のプールへ泳ぎにいく。
休み中なのだが、なにかと忙しい。
プールから帰ってくると夕食の支度をして
父とともに食べる。食べて少し休憩すると、
近くの大きな運動公園に出かける。
ほとんど人影のない公園の一角、フェンスで
囲まれた小屋の扉の暗号キーを入力して開く。
地下への階段があるので、そこを降りていく。
2時間ほどして、再び出てくるモモ・テオ。
家に帰っていく。
モモ・テオの住む賃貸テラスハウスは、
かなり築年数があるため広さの割に賃貸料が
安かった。モモ・テオは一階のキッチンの隣
の部屋、父は2階を使用して寝起きしている。
モモ・テオの仕事からすると、もっと上層の
良い部屋を借りるまたは購入することさえ
出来そうだったが、まだそういう気持ちに
はならなかった。
今の環境が、仕事に対して良い動機を与えて
くれていると感じていたし、自分の表現力
にプラスになっているとも思っていた。
安い布団、あまり物がない質素な暮らし、
古い住居、農地と町工場が混ざった街並み、
レトロな雰囲気の商店街。
パチンコ店、競馬場、競輪場、競艇プール、
怪しい雰囲気の映画館、古いサウナ、
ポン引きがうろつく風俗街、飲み屋が続く
繁華街、バー、パブ、スナック、クラブ。
そしてそこで蠢く種々雑多な人々。
そういった、ここにあるすべてのものが、
自分の向かう華々しい方角に、後ろから押し
出してくれているような、そういう感覚が
あるのだった。




