もこは笑われる。
(ーーなんにゃのぉぉ!?)
突然持ち上げられ、宙ぶらりんの両足をジタバタと動かす。しかし、がっちりと両脇下を持ち上げられ力を込められていれば小さな猫の僅かな抵抗なんて成人男性からしたら意味がない。
「うーん、この魔物どうするかな。」
私の焦りなんてなんのその、金髪の甘いマスクをしたイケメンは困惑した顔で呟く。
(そういえば、カラスズの時もスキップした時にやらかしたな…。)
私のスキップは厄を引きつけるらしい。
「うーん」と首を傾げて悩む男はそのままどこか目的の場所へと歩を進める。
(やばい、まずい、食べられるっ!)
焦りが思考までおかしくする。
魔物を食べる習慣のあるこの国で、捕らえられたら最後。豚の丸焼きならぬ猫の丸焼きにされてしまう。
冷静な頭でよく考えれば猫を食べるはずがないと分かることだが、この国は魔物を食べ、城下町に並んだ店が魔物を使用した飲食店であることを知っていることでありもしない想像までしてしまう。
(早く逃げなきゃっ!!)
足を更にバタつかせる。
しかし、全く意味がない。
バタつかせても目の前の男の表情がかわることもなく何枚もの扉を潜り、ある部屋の前まで辿り着く。
「ねー、この猫拾ったんだけどさ。踊りのような儀式のような不審な動きをしてたんだよ。その場所を魔術師に調べさせた方がいいだろうか?もしかしたら変な呪いがかけられてるかもしれない。」
(いや、踊りじゃないし、儀式じゃないし。ってか、おーろーせー。)
連れてこられた部屋は一面に本棚があり、この男の仕事場のようだ。
誘拐犯と向かい合わせのままの私には男が誰に話しかけているのか分からない。隙を見て暴れてみるけれど手が外れることはない。
しかし、ここが厨房や牢屋でないことが救いだ。このまま猫のフリをしてシラを切ろう。
「あのぉ、その猫さん、知り合いなのですが…。」
遠慮がちで戸惑いを含む声。
その声に聞き覚えがあり、ただの猫のフリをしようと思った矢先に耳が自然と尖り反応してしまう。
「白蓮っ!助けてぇぇーっ!食べられちゃう!!」
「ぶっ」と吹き出す声がし、聞き覚えのない声があはははと笑う。
緊迫した空気を破るには十分な破壊力だが、その間私は宙ぶらりんのままだ。
(なんなの人の命が危ぶまれる時に笑うなんて失礼なやつ!!)
「ねぇ、いつまで女性の体を触っているの?もういい加減おろしてよ。」
「えっ、あ、はい。」
毛を逆立て、目の前のイケメンをシャーっと威嚇する。
イケメンは豹変した猫、しかも"女性"の言葉に驚愕し慌てて大理石の床へ下ろした。
くるりと180度回転し、二足で駆け出して飛び付いた先は勿論、白蓮の太もも。勢いよく飛び付いてきたが、全くジャンプ力の無い猫を慣れたように肩に抱き上げた白蓮は、興奮して毛が逆立った背中を落ちつくように優しく撫ぜた。
「もこさん、ご無沙汰しています。お元気でしたか?」
「うんっ、白蓮も変わりない?」
島を出てから久々の再会に抱きつく肉球にも力が入る。
「はい、私も変わりなく元気にしています。ところで何故食べられると?」
「だって、捕まった時に魔物だって言われたから。この国の主食は魔物じゃない。だから食べられちゃうって思ったの。違うの?」
「主食は主食ですが、元々食べられていた動物が魔物になったものしか食べませんよ?もしかして、モコさんのお国では猫は食用だったのですか?」
「いやいや、食べないよっ!」
「なら同じですね。この国でも猫は魔物だろうと食べませんので安心してください。」
白蓮の言葉に脱力し、滑らかな綺麗な首筋に顎を乗せた。
「んんんっ、白蓮。その元気で可愛らしい猫を紹介してくれるか?」
いつの間にか笑い声はなくなり、二人の世界に割ってきた声は笑っていた声と同一人物のようだ。
『初対面で笑うなんて失礼なヤツだ』と笑っていた人物を睨みつけ、再び毛が勢いよく逆立った。
「いつまでも笑っているので紹介はよろしいのかと。では改めて、こちらはロアンと契約をしました転移者で使い魔のモコさんです。」
白蓮は毒を吐きつつ、その人物の前に下ろした。
しかし、仁王立ちをしたまま動かない猫にその人物は苦笑する。
「そこまで緊張することはない。楽にしてくれで構わない。白蓮から話は聞くが会うのは初めてだな。エドワード・ノア・タファーナと言う。よろしく頼む。」
小さく下げた頭には宝石が散りばめられた金の輪が。
明らかに高級な机に背もたれの高い皮の椅子。そこに座る人物はロアンに似ているようで似ていない。色が全く真逆の銀髪に目が眩む。いや、違う。今の状況に目眩を起こしている。
ガバッと正座した私は、額を床に勢いよく叩きつけた。
大理石の床はひんやりと冷たく、何より固かった。痛みと共にやってきたのは焦りと戸惑い。
「へ、陛下っとは知らず申し訳ありません。モコと申します。あの、勝手にこの国にお邪魔してご挨拶も遅くなり申し訳ありません。そして、あの、弟さんと契約をさせて頂き、あの、ありがとうございます?それに、あの、さっきのは踊りでも、呪いでもありません。ただのスキップっていうヤツでして…。その場に行っても無駄足というか、あの、無駄ではないですね。しっかり調べて頂いてもただの床しかないはずなので…。手間をかけてしまうと言いますか、あ、すみません。」
饒舌に言い訳をつらつらと述べるが、言葉を発する毎に自分が何を言っているのか理解ができなくなる。
そんな私に対し、陛下の隣に立つ白蓮は口元を手で隠しクスクスと笑う。
(笑い事じゃないよ、助けてよ…。)
床に額をつけたまま横目で白蓮の足元を恨めがましく睨む。
しかしそんな私を笑うのは白蓮だけではなく、目の前の高貴なお方も腹を抱えて笑う。
(えーえー、笑えばいいさ。人の必死さを馬鹿にすればいいさ。)
もう開き直り、床から頭を上げて死んだ魚のような目を二人に向ける。
この本に埋もれた部屋に唯一ある窓から陽が入り、最高位の国王の背に降り注ぐ。
銀髪を肩より下まで伸ばし、顔にシワを作りながら笑う陛下。その隣には見慣れた美女が立つが、その二人が並ぶとここは神界なのだろうかと勘違いしてしまう神々しさだ。
色合いが似た二人はとてもお似合いだ。
惚けた表情のまま二人を観察していた私だが、第三者の嗜める声で気を引き締め直した。
「二人ともいい加減笑いを収めないと。小さな客人が困っているから。」
「いやぁ、久々にこんなに笑ったよ。モコとやら申し訳ないことをした。」
「い、いえ…。」
「突然こんなところへ連れてこられて驚いただろう。そこの席に座るといい、今白蓮にお茶を用意させる。」
「えっ…。」
『白蓮にお茶』と言われ無意識に体が硬直し、顔が引きつる。
その態度にまた笑い出した陛下を白蓮は睨みつけ、背を向け歩き出した。向かった先は国王が指したソファだ。
用意されている茶器にお湯を注ぐ白蓮を気付かれないよう絶望した表情で見る私に、国王は『この国一番の茶葉だ。味わってくれ。』と促した。
「クシル、ロアンを呼んできてくれないか?」
「はいはい、わかりました。」
ハッと我に帰る。
渋々と座ったソファから勢いよく立ち上がった私を国王は手で制し、それを確認したクシルと呼ばれた金髪の男は雑に一礼をして部屋を後にした。
「クシルが乱暴なことをしたようだ、彼に代わり謝罪させてくれ。」
戸惑う私に目の前のソファに座る白蓮は『二人は乳母兄弟なのです』と助言する。
通りで砕けた態度と口調だったわけだ。
頷いた私に、切れ長の瞳を緩ませて笑う国王は、色が全く違うけれどロアンとよく似ていて緊張が少しだけ緩んだ。
そして、目の前に広がるケーキ類に目を輝かせた私は、白蓮の手によって入れられた高級な紅茶を飲みつつ、国王の走らせるペンの音を聞きながらティータイムを楽しんだ。




