もこは都会人になる。
フワフワの毛と尻尾をなびかせ、ぷにぷにの肉球で色とりどりのレンガ道を足取り軽く歩く。
足早に歩く人を縫うように向かった先は、石造りの立派な門。
「にゃうみゃうぅ」
「おはよう、モコさん。お勤めご苦労様です。」
差し出された一口サイズの干し肉を口で受け取り、頭を下げて門を潜る。
門を潜ると底が見えない谷があり、その谷に架けられた可動橋を渡ると更に門がある。そこでも門番に挨拶をして門を潜ると一面に広がる青々とした芝生と大きな噴水に出迎えられる。
城下町とは違い、落ち着いた色で舗装された一本道を歩き、見上げて首を痛めそうな程大きな立派な扉の前で姿勢良く座る。
(いつ見ても立派だなぁ…。)
ここに来て数ヶ月。
最初は立派な門や底が見えない谷、電動ではなく手動の可動橋、見上げても天辺が見えない城に慄いた。
しかし、それもあっという間に慣れ、今では門番とも顔見知りになり餌付けされる。
動物でできたジャーキーはタファーナ大陸では貴重で、門番は一月のお給金で手のひらサイズのジャーキーしか買えないと小さな友人から聞いた。
そんな貴重なジャーキーを顔見知りの門番達はくれるのだ。お金大丈夫かなと心配してロアンに相談したところ、ロアンは苦笑しつつ「大丈夫だろう。」といったから気にせずに貰っている。
しかし裏ではモコのジャーキー代として、ロアンの指示で門番達のお給金が上がっていたことを本人は知らない。
この煌びやかで頑丈にできた扉は王族しか通れない。その脇にある小さな、でも立派な扉が王族以外が城に入るための出入り口だ。
そこでも門番と猫語で挨拶を交わし中に入る。
今では迷いなく歩いているが、ロアンに連れられてきた初日に迷子になり、広い城内を覚えるまで抱かれて行動をした。
ロアンと契約を済ませ、タファーナ語を話せるようになったが、ロアン以外には猫語を使うようにと双子に注意を受けている。
契約をし"使い魔"となっているモコだが、転移者自体が珍しく、命は狙われないが誘拐され売りに出されるとのこと。「だから気を付けて。」と脅され、安全な島を出たがるはずがない。
「ロアンと離れて暮らす!」と何度も叫び説得したが、双子は頭を縦に振ることはなかった。
本格的に忙しくなったロアンは宿舎に戻らなければならなくなり、重い腰を上げることのできない私を軽々と持ち上げ城の敷地内にある宿舎へと戻ったのだ。
出迎えた騎士の仲間達は肩に乗った猫を見て言葉を失う人が多い中、興味を持ち突進してきた腰に剣を下げ筋肉ムキムキの男達。この世界に慣れたとはいえ剣に対しての恐怖と人見知りが重なり、標的の猫は背を丸め一目散に逃げ出した。
案の定迷子になった私は、花畑に逃げ込み周りの様子を伺った。
行き交う人はいない。しかし、帰り方がわからない。さてどうするかと漸く冷静になった頭で考える。
すると突然、ガサッと背中の茂みが揺れそこに現れたのは真っ白な猫。
目が青く、綺麗な毛並みの猫は驚愕し体が硬直した私を見て鼻で笑った。
「なんだ。野良じゃねーか。」
(……今なんと?)
口をポカーンと開けて惚ける。
「お前しゃべれないのか?」
「……。」
「あー、馬鹿なのか。」
「馬鹿じゃない!」
「おっ、喋れるじゃんか。」
猫と話をしたことがない私は自然と会話ができることに驚き、そして話せない猫がいるのか?と訝しむ。猫常識も全くない新米猫なのだ。
「この城は野良猫募集してねーから早く出て行かないと叩き出されるぜ。」
「野良じゃないから大丈夫。」
「は?どう見たって野良じゃねーかよ。嘘つくなよ。」
「……失礼なやつ。私はロアンに連れてこられたんだよ。」
「は?ロアン?」
「そうロアン。」
「は?ロアン?」
「そうだってば!!」
「は?は?は?うるさいんだよ。」と睨み付ける。
「ロアンって、もしかしてロアン・エイル・タファーナか?」
「…は?」
「だから、第三王子のロアン殿下か?」
「は?」
「だーかーらー!第三王子で騎士団長のロアン様か?」
「は?」
「お前は馬鹿なのか?」
「は?」
目の前の猫が誰のことを言っているのか分からなく、顔をしかめる。新米猫に分かりやすい説明でお願いしたい。
「私の飼い主は、ただのロアンだよ。平社員ならぬ平騎士のロアンだよ。」
「平社員ってなんだよ。騎士団にロアン殿下と同じ名前のやつなんていない。王族と同じ名前を使用することは禁じられているからな。」
「は?」
「は、は、は、は、うるせーな。だから、飼い主が名前を偽ったか、本物のどっちかだろ。」
首を後ろ足で掻き始めた白猫。
黒のベルトに金の鈴の付いた首輪。
言葉は乱暴だが、艶やかな毛並みに汚れひとつないところを見るといいところに飼われている猫に違いない。
うまいこと聞き出してロアンのところに戻らなくちゃと考えていると、ふわりっと体が浮き肩に乗せられた。
抵抗せずに肩に乗ったのは、馴染みのある香りと温もりだったから。
しかし、首を掻いていた白猫は一瞬だけ視線を向け「やっぱりロアン殿下じゃないか。」と爆弾を落とし背を向け去っていった。
「ーーで、で、殿下ぁぁぁ!!」
ロアンと目がバッチリと合い、白猫の発言を理解すると共に、私の叫びはロアンの大きな手のひらによって抑えられた。




