5話。
「ロアン、主様から『登城せよ。』と連絡がありました。」
いつになく真剣な顔で現れた白蓮。
白蓮の言葉に、今晩のおかずの材料を持ったままのロアンは「承知した。」と頷いて家を出る。
「モコの調子がいいのにタイミングが悪いわね。白蓮、晩ご飯まだでしょ?食べていってね。」
「え、でも、すぐに…」
「ロアンはモコに晩ご飯を作ってから行くんじゃないかな。至急とは言われてないんでしょう?少しなら大丈夫だって。」
木製のソファでだらけながら双子のやりとりを見守る。
契約すると何かあれば呼び出され、それが煩わしくて契約なんてしないと思っていた。
しかし、50年以上も前に彦次郎が転移者として島の海に現れたのだ。魚化をとめるために何だかんだと契約してしまったが、彦次郎は島の結界から出ることはなく、身の安全を確保している。
そのおかげか、急な呼び出しは全くなく連絡があるとすれば「ご飯できました。」とか「食材の調達を大亀に頼みました。」とか「今日は帰られますか?」と些細なこと。だから気が楽で自由に生活をしている。
漸くロアンと魔力を絡ませられるようになった矢先の呼び出し。まぁ、白蓮もロアンも立場的に断れない。
白蓮は忙しい相手と契約を交わしてしまったのだなと他人事のように考える。まだ、ロアンと契約を交わしていないモコはこの仕事について行くことはないだろう。
明日には契約を…と考えていただろうモコに同情をする。毎日毎日努力していたのを見ていたから尚更だ。
一度登城すれば一週間は帰ってこれないだろう。
今の国王が納めるルイバナと実弟の納めるバヂガーナは冷戦状態が続いている。
一つ前の世代、兄弟の両親が納めていたタファーナ大陸は、後継者争いに負けた弟がバヂガーナに逃亡したことによって二つに割れた。
国王の弟を支持する領主によって匿われている実弟は、年月を重ねるごとに戦力を上げてきていると聞いている。
数ヶ月に一度、国境で争いが起きるとのことできっとその件で呼ばれたのだろう。白蓮が急いでいないところを見ると緊迫した状況でないのは確かだ。
しかし、明日以降のことを考えると憂鬱だ。木蓮との時間がなくなる気がする。
そして予感は当たる。
「木蓮、髪の毛編ませてー。」
「木蓮、一緒にお茶しよー。」
「木蓮、ご飯一緒に食べていい?」
暇を持て余し、何かあるたびに愛の巣へズカズカと邪魔しにくる猫。まだ半日は我慢できた。いや、夜まではどうにか我慢できた。
「木蓮、一緒に寝ても…」
「だめ、邪魔。」
就寝時にノックの音がし、出てみると枕を抱きしめながら下を向く迷い猫。思いっきり舌打ちが出た。もう我慢なんてできない。
玄関先で弱々しく言葉を発したモコを一刀両断し、ドアをバンっと閉めた。
我慢の限界だった。
いつの間にか後ろに立った木蓮にスパーンっと叩かれ、あまりの衝撃に家を飛び出したのはモコのせい。木蓮との付き合いは長いけれど、これが初めての喧嘩だった。
半ベソをかきながらウルール島に帰った僕に、彦次郎はそっとお茶を出し、向かい側に座る。そのお茶が心に染みて涙がポロポロと流れた。
「木蓮に嫌われた…。」
「自業自得ですね。」
「……。」
更に涙が溢れる。
「木蓮に叩かれた…。」
「我が儘だからでしょう。」
「……。」
涙は滝のように流れ落ちる。
「もう木蓮に会いにいけない…。」
「束縛は嫌われますから丁度良いのでは。」
「……。」
顔を覆い声を出して泣きじゃくる。
「いい機会なのでは?アクア様は木蓮様に執着しすぎです。」
「ううぅぅ…。」
「木蓮様にとってアクア様は大切な方ですが、精霊様以外の友情も大切なのですよ。女は恋に走る方が多いですが、さすが木蓮様です。しっかりされた奥様ですね。」
ピタッと涙が止まる。
「さすが僕の奥さんだっ!恋も友情も大切にするなんて。ますます好きになってしまったよ。」
彦次郎は心の中で「単純だな。」なんて思っているのも知らず、泣きじゃくって弱音を吐いていた本人は気分がスッキリし、スキップをしながら自室へと戻る。
一人で寝るベッドは冷たいし寂しいが、悪くはない。
(だって、明日また会えるから。)
なんて思っていたのに、彦次郎は僕に甘くなかった。
あれをやれ、これをやれ。あーしろ、こーしろ。ぎゃーぴーぎゃーぴー。
しまいには「二日は外出禁止」とまで言い出した。「無理だ」と叫んだ僕に、
「アクア様知っていますか?女性は押して押して押しまくってから引くと、相手のことをますます好きになるのですよ。」
「押しまくって引く…。」
「そうです。今までのアクアさまは押しまくっていたので2、3日会うのを我慢しますと木蓮様はアクア様を大変心配してアクア様のことばかり考えているようになります。」
「本当っ!?」
「えぇ、女性の心は複雑なのです。」
ならば二日は我慢しようと島に閉じこもった。
彦次郎の言った通り、二日目の朝に伝書を持った子ウサギがアクアの前に現れ手紙を置いて行く。そこには木蓮の直筆で「叩いてごめんね。会えなくて寂しい」と書かれていて、アクアは舞い上がってガサール島へ向かった。
すれ違いでモコがウルール島へいったことを知らず、無事に木蓮と仲直りした僕は次の日、オーブンレンジとやらで作ったケーキとモコの謝罪を受け取った。
「もこー、ケーキ作ってー。今日はクリームたっぷりで。」
「またぁ?糖尿病になっても知らないからね?」
「糖尿病って?」
「いや、精霊様はならない気がするから気にしないで。」
それからはモコとも喧嘩することがなくなり、男女の友情が芽生えたのだ。
これにて間話は終了になります。
お読みいただきありがとうございました。
次話からは第三部に入ります。




