もこは逃げられる。
それからというもの木蓮はあーだ。木蓮はどーだ。木蓮は最高だ。木蓮は女神だ。と何時間も聞かされた私が床についたのは朝方だった。ただでさえここに着いた時間も時間だっただけに木蓮との惚気話に区切りがついたら契約の話に戻るだろうと期待し、飛びそうな意識と眠気をひたすら我慢した。しかし残念なことに色ボケしているアクアには常識が通じないのか、猫化の詳しい話はその後出ることはなかった。
出会いがどうとか、どこに惚れたのか、2人の仮初話を切ると身が危険だと感じ取った私とロアンは無になり続け、白蓮は慣れているのか笑みを絶やさずお茶を啜っていた。
漸く解放され、貝と白砂でできた丸い鎌倉型の客室に入った途端、我慢していた眠気に勝てず意識を手放した。
絶対にアクアと白蓮が夢に出てくるだろうと思っていたがそんな余裕もなく、波の音と海鳥の鳴き声によって心地よい眠りから覚醒した。
「もこさん起きられましたか?」
「うにゃぉぅぅ…」
目の前には見慣れた美女。
その美女に挨拶をし、体を起こすとポニョンっと体全体が軽く跳ねた。眠さが限界で意識を失うように眠りについた私は、今の状況を把握していなくここはどこかと寝ぼけ眼を肉球で擦る。
客室にいることは瞬時に理解して跳ねた原因の元を確認すると、丸い形の水だった。冷たさは感じなく人肌と同じ水温の水はこの世界でのウォーターベッドのようだ。人間の時にウォーターベッドを使用したことがないからどちらが寝心地がいいかなんて分からないけれど、弟の響がそういったベッドがあると話をしていたことを思い出し、これがそうなんだと肉球で感触を楽しんだ。
肉球に伝わる感触はベッドのスプリングとは別物で20歳若ければこの弾力のあるベッドで飛び跳ねていただろう。とても楽しそう。
「朝食を取りながら詳しい話をしてくださると仰っていましたので、準備して向かいましょう。」
「うにゅ」
ウォーターベッドの感触を跳ねることなく肉球だけで楽しむ私に白蓮は声をかける。
そう、あの苦痛の惚気話が終わった時にアクアはしっかりといったのだ「明日の朝、ご飯を食べながら契約の仕方について教えてあげる。」と。
「明日の朝」「ご飯を食べながら」
そういったのに。
「なゃうにゃにゅー!!」
叫ばずにはいられない。
目の前には彦次郎さんが作った海の幸がふんだんに使われた朝食。よだれが出そうなほど美味しそう。じゃなく、朝食の席に着いたのは私と白蓮、ロアンの3人だ。昨日アクアが座っていた席は空席で、同じ場所に立つ彦次郎さんは申し訳ないと何度も頭を下げている。
「実は話し合いが終わった後、木蓮様のところに行くと言って出かけられたのですが…。」
ーーいちゃこらして帰ってこないわけね!ってか、そんな簡単に木蓮の場所に行けるなら私がここまでくる必要無かったじゃない。
ーーごもっともです。
テレパシーで送られてきた白蓮の声は呆れを含んでいた。顔に出さないところが素晴らしい。
ーーもこさんの意見がごもっともなのですが、あの性格ですから楽しいことが好きなのです。もこさんが私達の島にいらした時にも何度か顔を出していたのですが、僕に用があるなら自分の足で来なきゃね。と言ったのがきっかけでこの旅が決まったのです。
もう呆れて何も言えない…
ーーでも安心してください。一度この島に来てしまえば私の魔法で地と風のガサール島と水のウルール島を簡単に行き来できますから。
ーーえっ、そうなの!?ならすぐにでもガサール島に帰ろう!
ーーそのお気持ちはお察ししますが…。
白蓮は困惑した表情で目の前の料理と彦次郎に目線を配る。
ーーせっかく作っていただいたのですから食べてから帰ってもまだ寝ているだろうアクアは逃げないかと。
その言葉に安心すると同時に体は正直でキュルキュルと腹の虫がなる。勿論、日本人魂で出された物は全て召し上がります。
明るくなったウルール島をよく観察すると、私が見知った鳥やら魚やらが活動していた。今口にしている海老の天ぷらなんて懐かしすぎて3本も一気に口に入れてしまい、喉につまらせた。
精霊の島では結界で魔物が入ることができず、海の生き物も伸び伸びと泳いでいられるとのこと。
そう言われるとガサール島にも陸の動物がいたなぁ。新参者の私に警戒して全く姿を現さなかったからすっかり忘れていたけど。それに双子は肉は食べずに果物がメインだったから。
これから帰って動物達は顔を出してくれるだろうか。大丈夫だよ。食べたりしないから。ってどうしたら伝わるかな。なんてことを考えていると目の前の料理をきれいに平らげていた。
よし、帰ろうガサール島に。
口の周りについた塩を肉球で拭いた。




