もこはボロ雑巾。
突然の衝撃に息がつまる。
既に体が血まみれで限界を迎えている私は、四肢に力を入れても起き上がることができない。そんな私のお腹に少女の靴先がめり込む。
「……うっ」
軽い体は宙を舞い、すぐ後ろの鏡に強打して再び少女の足元に落ちる。ピクピクと虫の息な状態でも容赦はない。再び足が体を捉え、宙に舞った。
「ねぇ、早く体ちょーだいよ。じゃないと本当に死んじゃうよー?」
痛めつけ、更に痛みつけ、この少女には心がないのだろう。その証拠に、目の前の小さな動物をボロ雑巾のような扱いをしていても終始笑顔だ。そんな少女をキッと睨みつける。
「だ、誰があんたなんかにあげるもんですかっ!」
拒絶の言葉に、少女は目を見開き次には笑みを深めた。
「あっそうー。そっかぁ、じゃぁさ、こんな体はもういらなーい。あんたがくれないならあんたの飼い主さんを頂くよ。」
「……えっ?」
「一緒にいたあの女。なかなかの魔術師よね。テレパシーを常に使えるってことは霊力が高い証拠。しかも、宿に結界を張るなんて上級の中での下辺りかしら。」
白蓮が精霊だとは気付いていないようだ。更に女は続ける。
「あの男も役に立たない。宿に侵入して貴女を連れ出すように指示したのに。結界を破れなかったと言い訳するからつい燃やしちゃった。」
ツインテールを指に絡ませ、首をかしげる姿は可愛いが、その小さな口からは残酷な言葉を吐く。
「あの男ってまさか…」
「あら、貴女も気付いていたの?素人にバレるなんてやっぱ燃やして正解ね。」
歯をくいしばる。思い出すのは私と白蓮を尾行していたあの男だ。仲間であろう男をあっさり切り捨てるなんてと平和ボケした私には到底理解ができない。倒れたままの体を震える体で起き上がらせる。怒りで震えているのか、恐怖で震えているのかそれさえも分からない。
もう自分は限界だ。霞む視界をどうにかしようと腕で目を強く擦るが、毛が目の中に入っただけで痛いのが加わっただけだ。
もういい加減ここから出なくては。
もう一人の自分は"怒り"が必要だと言っていた。もう十分怒りのメーターは上がっている。しかし、何も起こらない。これ以上何をすればいいのだろうか。
「さて、目的も変わってしまったし…どうしようかなぁ。貴女にはもう用がないから死んでもらおうかしら。」
少女は横に手を伸ばし、鏡に触れる。
「この鏡は私の魔法以外通用しないの。魔力は漏れることがないし外からの魔法も無力化にしてしまう。私の最高傑作。だからね、私がこうして…」
鏡に触れている手が光を帯びる。微かに輝く金色の魔力を力なく見つめる。
「ここが壊れたら貴女はその中で息が止まるまで苦痛を味わうの。動けば割れた鏡に体を切り刻まれ、動かなければ空腹や孤独で狂うはず。さぁ、貴女はどっちかしら。」
更に光が強くなり、周りの鏡に亀裂が入った。バキバキバキっと狭い空間に響く不快音。鏡全体に細かく亀裂が入ったところで少女は手を離した。
「では、さようなら猫さん。楽しかった。」
そう言って煙のように少女は消えた。
シーンっと静まる空間。しかしそれは一瞬だけだった。ミシミシと四方八方から音がし、そして一斉に鏡が砕け散った。
それは全てがスローモーションのように見えた。鏡を背景に今まで32年間の嫌なことが走馬灯のように次から次へと浮かんでは消えた。
「神様のバカヤロー!!全然いいことないじゃないかーっ!!」
細かくキラキラと光輝くガラスに、不公平過ぎる神に向かって最後の力を振り絞り叫んだ。




