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悪辣聖女見習いと行く、リリンサの冒険  作者: 青色の鮫
第2章「新人冒険者とドラゴン」
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第54話「第2章エピローグ・終わりと始まり」

「もぐもぐ!やっぱりドライフルーツは美味しい!日持ちするから、お土産にも出来る!!」

「もぐもぐ、そうだねぇ。ちなみにリリンはどの味が好きなんだい?」


「……。全部いいと思う!」

「せめて選べよ、この食べキャラめ!!」



 和気あいあいと、二人の幼女が騒いでいる。

 ここはエルダーリヴァーから少し離れた道の上だ。


 本来なら冒険者が混み合い暑苦しい程になる馬車も、話題沸騰中のエルダーリヴァーから離れるのなら話は別だ。

 つい先日、一部の最上級冒険者向けにハザードアラートの森が解禁された事により、膨大な特需が発生。

 最下級の新人冒険者どころか、登録したばかりの生まれたて冒険者までもが、荷物持ちや危険生物の解体などの仕事で大忙しとなっている。


 それを引き起こした二人の幼女――リリンサとワルトナは、「やる事やったし、僕らは旅に戻るねー」と言い残してエルダーリヴァーを去ったのだ。



「それにしても、ふっきれた稚魚の成長には驚いた。まさか、一人で小型のドラゴンに勝利するまでになるとは予想外」

「だねぇ。まぁ、澪様の教え方が良かったんだと思うけど」


「うん。あれなら英雄の子孫を名乗ってもいいと思う!稚魚からランクアップ!」



 シスターヤミィールと契約を交わした後、ワルトナはエルダーリヴァーの実質的な支配権を二等分した。

 片方はシスターヤミィールを筆頭にしたエルダーリヴァーに住む今回の事件の中心人物へ譲渡。

 その中でも、ヤミィールの相談役に任命されたソクトは、排他的になりやすい意見を諌める立場となり、顔色を赤くしたり青くしたりと忙しい。


 そして、もう片方の支配権は、鏡銀騎士団の澪騎士ゼットゼロへ譲渡された。

 その理由は、高位危険生物が住まうハザードアラートの森を管理できる武力を備えているからという単純なものであり、隣領の貴族への牽制やソクト達の指導役も兼ねている。


 ぶっちゃけて言えば、ワルトナは澪騎士に面倒事をブン投げて逃げたのだ。

 書面的な意味では最高地位にいる以上、これ以上深く関わるのは手間が増えるだけだと判断したのである。



「で、結局ソクトとモンゼの借金はどうなったの?ちゃら?」

「そんな勿体ない事する訳ないじゃないか。しっかり金額分を支払い終えるまで、あの二人の身柄の所有権は僕らにあるよ」


「……。私は別にいらない」

「じゃ、僕がキミの分までこき使っておくよ。ああいった便利な手駒は、あればあるだけ良いからねぇ」



 ソクトとモンゼがワルトナと交わした契約書。

 それらは武器の売買契約書であるが、金銭を払えない場合、労働契約書に早変わりするものだ。


 それに記載された金額は、二人共が18億エドロほど。

 もし仮に、1エドロも支払わない場合、175年の労働が必要となる計算だ。



「ちなみに、ナキ達にあげた装備品一式を除いた経費は、連鎖猪の角100本で『2億エドロ』、シルストーク達にあげた支度金『5億エドロ』、鏡銀騎士団に支払う依頼料『3億エドロ』の合計10億エドロだね」

「ん、千刻竜を売ったお金と同じくらい!」


「そして、ソクトの剣が18億、モンゼの手袋が17億エドロ。合計35億エドロが手に入る訳だね。……なお、この金額は相当に吹っかけている」

「あの剣と手袋は盗賊から頂いたもの。元手はタダ!」


「ナキさん達にあげた方は購入した物もあるけど、全部足しても、3億エドロに届くか届かないかって所さ」


「「……ぼったくりだねぇ!ぼろ儲けだねぇ!!」」



 声を揃えてハイタッチを交わしたリリンサとワルトナは、年相応とは思えない暗黒の笑みを浮かべた。

 35億という金銭価値をしっかり理解しているワルトナと、友達が楽しそうだから私も楽しい!というリリンサ。

 二人は、ソクト達が澪騎士にしごかれた地獄の特訓を思い出しては、くすくすと笑いあった。



「さて、僕はちょっと読書でもしようかな」

「読書……?魔導書でも読むの?」


「いやいや、教会を調べた時に、面白い本を手に入れてねぇ」



 モンゼが所属していた『エルダーリヴァー・神聖教会』。

 事の発端の出所はこの教会であり、指導聖母・悪典ヴァリアブルが出入りしていたとされる、今回の事件の元凶だ。


 表面上の問題を解決し終えたワルトナは、諸悪の根源を叩く為、持ちうる権力をフル動員しこの教会に押し入った。

 でっち上げた罪状は『殺人未遂』や『外患誘致』など多岐に渡り、それらが認められれば厳罰は免れない。

 もっとも、数十万人の命を摘み取ろうとした事には変わりなく、遅かれ早かれそうなる運命だったのをワルトナが早めただけだ。



「ん、あの教会の上層部は凄くダメだった。自分の事しか考えていないと思う!」

「そうだね。保護するべき対象の孤児を『病気になったから療養させる』って名目で他国に売り飛ばしていたのには、流石の僕もドン引きだよ」



 この教会は、『唯一たる神を信仰し、その威光を以て、人々を幸せに導く』という理念を掲げている。

 だが、それを曲解し、『人々(自分)の人生を幸せにする為、神の威光を使って信仰を集め、唯一の独裁者になる』と、上層部は画策していたのだ。


 そんな腐った人間は、自らの手を直接汚す事をしない。

 それ故に白羽の矢が立ったのが、中間管理聖職者のモンゼだった。

 モンゼは、腐った教会に所属している割には善良な人間だ。

 だからこそ、ヤミィールを傷つけた後で自らの罪を悟り、上層部に意見をして破門されたのだ。



「で、その本はなんなの?」

「人を破滅に導く聖典――。『不定形福音書ザ・ヴァリアブルブック』さ」


「……なにそれ?」

「指導聖母・悪典が自らの配下に与えているという、これから起こるであろう未来を記した本だよ」


「預言書って事?それって凄くない?」

「本物なら、ね」



 ワルトナの膝の上には、絢爛豪華な装飾が施された本が置かれている。

 その正体を知らぬ者が見たら、思わず手に取ってしまいたくなる程の煌びやかさに、リリンサの手も伸びた。


 だが、ワルトナはそれを静止し「キミは見てはダメだよ。この本は呪われてるからね」と呟いた。



「どういうこと?」

「この本の正体は……エルダーリヴァーを舞台とし、登場人物に実在の人物名を使った『創作小説(大衆文学)』さ。言うならば……『この物語はフィクションです。実在の人物・団体・地名とは一切、関係がありません』ってやつ」


「そんなの与えて何がしたかったの?」

「それがねぇ、この本には魔法が掛けられてて、読んだ人は『ここに書かれている事が実際に起こる』と錯覚し、あらゆる事を都合良く理解させられてしまうんだ」


「えっ」

「つまり、事件を引き起こした教会さえも、指導聖母・悪典に踊らされた被害者だった訳だね」



 指導聖母・聖典(悪典)と呼ばれる人物は、あらゆる未来を見通す目と、あらゆる事態に先手を打つ知能を併せ持つとされている。

 それの代名詞こそ、『不定形福音書ザ・ヴァリアブルブック』。

 この本の存在があるからこそ、指導聖母・悪典は世界を操る支配者(指導聖母)を名乗っているのだ。



「えっ。なにそれ?というか、そんなの読んでワルトナは大丈夫なの?」

「僕はこういうのに対応できる訓練をしてるから大丈夫だよ。でも君が読むと、見事に洗脳されるだろうから見ちゃダメさ」


「むぅ。そんな風に言われると気になる……」

「まぁまぁ、内容は教えてやるからさ。ちょっと難しい話になるからオヤツでも食べながら聞いておくれ」



 この『不定形福音書ザ・ヴァリアブルブック』は、大きく分けて3つの章に分かれている。

 その最初のページをめくったワルトナは、書き綴られた目次に目を通して口を開く。



「第一章は、これから起こるであろう未来を記した、預言書だ」

「ん、すぐに本題に入るの?」


「いいや、違うね。ここは、シスターヤミィールがしていた事を虚実入り交えて記す事から始まり、そして、最終的にはエルダーリヴァーは滅び、数十万人の命が潰えることになる……なんて書いてあるのさ」



 この第一章は、指導聖母・悪典がデザインした未来が起こると、読者に思い込ませる為のもの。


 人間とは、本質的に臆病な生物である。

 つい1秒前まで笑っていた人物でも、「これから不幸に見舞われますよ」と囁かれれば、笑顔を続ける事は出来ない。

 人の危機本能を言葉巧みに刺激し、本来ならば無数にあるはずの可能性を片っ端から削除してゆく。


 そしてどう足掻いてもエルダーリヴァーは滅びるしかないという、錯綜した思考に捕らわれる事になるのだ。



「『どうせこのエルダーリヴァーは滅びる。だから、切り捨てても問題ない。』そう思わせる為の第一章さ」

「なにそれ……。そんなに簡単に騙されるの?」


「簡単じゃないね。そして、そんな難しい事を簡単にしてしまう人物こそ、指導聖母・悪典なんだよ」

「……とてもやっかいだと思う!」


「そういう事。そして、コイツが指示した悪事は第二章に記されているわけだ」



不定形福音書ザ・ヴァリアブルブック』の第二章は、一章で語った破滅の未来を回避する為の方策が記載されている。

 読者は、この内容になぞって行動してゆく事で、必要最低限の犠牲で皆が幸せになる事ができると思い込んでしまうのだ。



「この章は、僕らが解き明かした事件の実行指令書だ。シスターヤミィールを殺害し、その席を奪う方法。それに付随した色んな計画。領地をうまくコントロールする方法などが緻密に書いてある」

「なるほど。それは凄い」


「うん、本当に凄いんだよ。なにせ……本という後から修正が出来ない物に計画が書いてあるにもかかわらず、実際に起こった出来事と乖離しない。つまり、この内容を書いた時点で指導聖母・悪典には本当に未来が見えていたという事になる」



 事実、ワルトナは、『結界に大型の生物が詰まってしまう事』や、『予定外の大害獣が引き寄せられる』などの内容が書いてるのを目にしている。

 その生物の固有名詞こそ記入されていないが、充分に預言書として納得できる内容が書いてあるのだ。



「そして、第三章。それを成した後に手に入る理想郷の描写」

「理想郷?」


「そう。この本に従い行動をした者達は民衆から称賛され、殺害された人達は大犯罪者として語り継がれてゆく。そんな歪んだ勧善懲悪な内容だ」

「それがあるとどうなるの?」


「これら三つの章が揃う事により、教会の腐った上層部連中は、


 一つ、『滅びることが大前提のエルダーリヴァーを先んじて切り捨てる事で、その他大勢を助ける事が出来ると錯覚』

 二つ、『その責任でさえもシスターヤミィールに着せる事で、僅かに抱いていた罪悪感すら、悪を討つという充足感へと書き換えられた』

 三つ、『過大な恩賞を想像させる事で自己欲求を満たさせ、活発な活動をするように誘導させられる』……わけだ」



 まったく、見事な手腕だねぇ。感服だよ。

 リリンが興味を持つと大変だから言わないけど、この本には非常に強い魔法が掛っている。

 人格に支障すらきたす、洗脳魔法。

 そんなものを使って来ているもかかわらず、指導聖母・悪典に至る証拠がまったく手に入らなかっんだから感服する他ないさ。


 ワルトナはほんの少しだけギリリ。と歯を軋ませると、リリンサに視線を向けた。

 そして、タイミング良く、リリンサは気になる事を質問する。



「でも、そんな証拠があるなら、すぐに捕まってお終いになると思うけど?」

「それがねぇ、こんな本じゃ罪には問えないんだよ。この本はあくまでも大衆向けに創作されたフィクションであり、それを信じた狂信者が暴走しただけだと言い逃れてしまうんだ」


「むぅ、作り話だから、信じた方が悪いってこと?何それずるい……」



 ワルトナが言ったように、この本の真価は指導聖母・悪典へ至らせない為の妨害工作にある。


 本来ならば、指令書などが見つかった段階で、その指示者は糾弾を免れない。

 だが、責任回避する為に幾重にも罠が仕掛けられており、むやみに荒事を起こせば、こちらが手痛い仕返しを受ける事になる。

 それを理解したワルトナだからこそ、本を回収するだけに留め、エルダーリヴァーを去ったのだ。



「まぁ、腐っていた教会の上層部は全て捕らえたし、大聖母ノウィン様と大教主ディストロイメアー様の名を使って庇護を与えている。もうこれ以上は手出しはされないよ」

「そうなんだ?ひと安心だね」


「そういうこと。引き分けだねぇ、引き際だねぇ……さて!」



 ワルトナは勢いよく本を閉じると、声を高めて雰囲気を切り替えた。

 終わった事よりも、これからの事の方が大事だと、無邪気を演じて語り出す。



「リリン、次に僕らが目指す街の『ドゥゲシティ』。そこには何があるか知ってるかい?」

「知らない。教えて!」


「ドゥゲシティにはね……とーても有名なサーカス団が常駐しているのさ!」

「ん!サーカス!?サーカスって、あの、ピエロがいる奴だよね!?是非、見に行きたいと思う!」


「もちろん行くよ!なにせ……。そこの団員の中に、英雄を名乗る人物がいるらしいんだからね!」



 ――こうして、幼い少女達の旅は続いてゆく。


 そして、この事件こそ、ワルトナとリリンサが幾度となく関わり、やがては複数の国を巻き込んだ世界大戦へとつながる物語の序章。


 その黒幕の一人たる指導聖母・悪典との出会いであり、この大陸の諸悪の根源と呼ばれるようになる『心無き魔人達の統括者(アンハートデヴィル)』誕生のきっかけとなる出来事だったのだ。




皆さま、こんにちわ。青色の鮫です!!

ということで、第二章完結となりました!


これから先の彼女達はユニクルフィンを探しながら、多くの街を旅し、冒険に出かけ、ドラゴンなどをブチ転がして行きます。

そして、そこで得た仲間達とともに、この大陸の諸悪の根源である『心無き魔人たちの統括者』という魔王集団へと成長してゆくのです!!


……はい、魔王を名乗るのはワルトナの策謀です。


『僕らは可愛い少女5人組だ、簡単に舐められないように魔王とでも名乗っておこうか。もちろん総統リーダーは君だよ、リリン』

『ん!了解した!!私は心無き魔人たちの統括者・総統!!無尽灰塵と人は呼ぶ!!』


『そうそう。総統だねぇ、相当だよね、掃討役でもあるよねぇ』


こんな感じの軽いノリで結成された魔王パーティーが何を成し、どんな成長をしたのか。

それは別作の『ユニーク英雄伝説 ~英雄を目指す俺よりも、魔王と彼女が強すぎる』で語られることになります。


4年後、16歳となったリリンサは、ついにユニクルフィンと出会います。

そしてそこに居たのは、想像を絶する弱さのユニクルフィン。


レベル200ぽっちのタヌキに敗北した彼に、リリンサは優しく問いかける。


『ユニク、私と一緒に旅に出よう。世界の全てを教えてあげる!!』


こうして、リリンサの旅は終わり、ユニクルフィンとリリンサの英雄へ至る道が始まるのです。



……と、露骨な宣伝となりましたが、要するに、リリンサとワルトナの物語は続いております。

ここまでお読みになってくださった皆様なら十分に、いや、もっともっと楽しんで貰えると自負していますので、どうぞ、お手に取って頂けたらと思っております。



最後に感謝の言葉を述べさせていただきます。

ここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございました。


皆様の応援の言葉があったからこそ、執筆を続けることができました。

面白かったよ!という方は、評価やいいね!などをしてくださいますと励みになりますので、どうぞよろしくお願いします!!


それでは、またいつか、どこかでお会いいたしましょう。


青色の鮫 より



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