表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪辣聖女見習いと行く、リリンサの冒険  作者: 青色の鮫
第2章「新人冒険者とドラゴン」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/71

第52話「ワルトナちゃんの総仕上げ⑤」

「雇用契約書さ。この僕、『ワルトナ・バレンシアに、一生涯を以て忠誠を尽くす』というね」



 ワルトナから唐突に告げられた言葉に戸惑っているのは、ヤミィールだけではなかった。

 自分の犯行だと言い当てられ己が運命を受け入れたモンゼも、「え?今の流れで、なぜ私の名前が上がるんだ!?」と目を見開いているソクトも、同様に戸惑っている。


 この中で事情を理解しているのは、ただ一人。

 悪辣聖女見習いの、ワルトナ・バレンシアだけだ。



「何をそんなに驚いているんだい?モンゼ、僕とキミは主従関係で、しっかりと契約書も交わしているじゃないか」

「そ、そんな事は……、記憶にございません……が……?」



 一度は諦めた生であったとしても、活路が見えたとなれば縋りつきたくなる。

 聖職者と言えども人であるモンゼは、自分が助かる未来を見せつけられ思わず手に取りそうになった。


 だが、ここで嘘を吐く事は、傷つけた仲間たちへの裏切りになると震える声で真実を口にした。

 そして、その答えに満足したワルトナは、一層深い笑みを浮かべて「いいや」と、その答えを否定する。



「言ってるだろう、モンゼ。ここにしっかりと契約書があると」

「で、ですが……。拙僧はそのような物にサインをした覚えが……」


「僕がキミの名前と押印(・・・・・・・・)を捏造したとでも言うのかい?そう思うなら自分で確認してごらんよ。ほら」



 そう言ってワルトナは、丸めていた契約書の上部を広げて見せた。

 そしてそこには、確かにモンゼの名前と親指で押した押印が刻印されている。



「こ、これは確かに拙僧の字……!それに、指の跡も恐らくは……」

「そうさ。これは正真正銘、キミが自筆したサインだよ。当然ソクトの分も、ほら、この通り」



 ワルトナは重ねていた紙をめくって見せ、そこにソクトの名前が書いてるのを確認させた。

 本人も、「これは私の字だな」と認め、その表情が更に困惑で彩られてゆく。



「……ソクト。それにモンゼさん。契約書があるという事は、ワルトナさんの言っているお話は正しいという事ですね……?」

「え?いや……」

「信じられませんぞ……」


「……それに、散々わたしに気があるふりをしておいて、死にそうになったら別の女ですか?それも、このような幼い子を。見損ないました……」

「ち、ちがっ!これは何かの間違いだ!!」

「ほほう?拙僧と同じくバレていましたな」



 ……あ、フラれた。

 残念ながら、稚魚は成魚になれなかったようだねぇ。

 ま、稚魚が生き残る確率ってかなり低いらしいし、しょうがないよね!


 自分が原因なのを棚に上げたワルトナは、とても良い笑顔でドロドロの恋愛劇を眺めている。

 隣にいるリリンサが持ってたクッキーを摘まみながら、ソクトがトドメを刺されるのを待っているのだ。



「……ありえません。本来なら庇護するべき幼子に、大の大人がそのような……」

「ちょっと待ってくれヤミィール!これは誤解なんだッ!えぇい、ワルトナ君。私をからかうのも、いい加減にしてくれたまえ!」

「からかってないんだけどねぇ。じゃあさ、どんな契約なのか見てみなよ。僕が嘘を吐いていないのが分かるからさ」



「案外しぶといな。稚魚」と思ったワルトナは、自らの手でトドメを差す事にした。

 右手に持っていた契約書をゆっくりと開き、ソクトとモンゼに見せつける。



 『売買契約書』


 契約者名*ソクト・コントラースト  印

 下記の条件で売買契約をいたします。


 記


 ソクト・コントラースト(以下、「甲」という)は、ワルトナ・バレンシア(以下、乙という)と下記の内容で契約を結び、締結する。



 ・第一条(売買契約)

 甲は、乙の友人リリンサの提案に従い『極雷剣・エルヴス』を購入し、その対価として『極雷剣・エルヴス』の所有者たる乙とリリンサ両名に、代金を支払う義務が発生している。


 ・第二条(引き渡し義務)

 乙は甲に商品『極雷剣・エルヴス』を即時にて、引き渡ししなければならない。


 ・第三条(支払い義務)

 甲は、第二条が完了するとともに、代金として 『18億4871万エドロ』 を支払わなければならない。


 ・第四条(支払期限)

 代金の支払いは、原則として商品引き換えと同時する。

 なお、この条件に違約する場合、代替え措置として、『甲との労働契約を締結し、時給換算1200エドロにして(175年と316日)の強制労働責務』 を負うものとする。



 そこにあったのは、ソクトとモンゼが絶賛装備中の武器の売買契約書。

 二枚ある内の片方の契約者名はモンゼであり、商品名と支払い金額が違うという差しかない。


 そして、ソクトは腰に、モンゼは手に動かぬ証拠がくっついており、言い逃れできず目を白黒させている。



「ななななななんだッッ!!これはッッ!?!?」

「何だって、その極雷剣エルヴスの売買契約書だけど?」


「こ、こんな悪徳契約書にサインをした覚えはな……」



 ここで、ソクトとモンゼの脳内に電撃的ひらめきが走った。


 それは、つい昨日の事だった。

 街の外から来たという可愛らしい少女にねだられた、サインと押印。

 やけに真っ白で分厚い紙に書いたそれの事を思い出し――。


 ソクトとモンゼは悲鳴を上げた。



「あれかぁあああああああああああああああああッッ!?!?」

「ご明答。僕は決してキミらのサインを捏造した訳じゃない。……後からちょっと書き足しはしたけどねぇ」


「こんの悪魔がぁああああ!!」

「あれだけの優れた性能の武器を無償で与える訳がないよねぇ。なお、返品は受け付けておりませーん」



 けたけたを笑うワルトナと、悶え苦しむソクトとモンゼ。

 その後ろで、信じられない物を見たという顔で、それぞれの装備を見つめている熟練新人冒険者達。

 さらに、頭を押さえて沈黙している人類の希望とその側近もいる。


 混沌が渦巻く空気に取り残されたシスターヤミィールだけが、キョロキョロと視線を巡らせて――。

 とりあえず、ソクトに18億の借金がある事は理解した。



「……とんでもない負債ですね、ソクト。175年の労働が完遂されるまで、話しかけないで頂くと助かります……」

「無理だろッ!!私の寿命はそんなに長くないぞ!!」


「……。」

「無視かっ!?無視なのかッ!?」



 あっ、完全にフラれたね。

 ま、シスターヤミィールをここに留めておく理由が必要無くなった以上、他人様の恋路とか僕には関係ないしね!


 なんかちょっと楽しくなってきたワルトナだが、そろそろ遊ぶのをやめないと澪騎士に怒られそうだと身を引き締めて、ヤミィールに向き直った。



「そんな訳で、モンゼとソクトの所有権は僕にあるんで、勝手に処刑とかされると困るんだよねぇ」

「……ですが、罪を犯した者は罰せなければなりません……」


「罰かい?何の?」

「……何とは?このエルダーリヴァーを滅亡させようとした一味の実行犯だったのですよ?……」


「だが、モンゼは救世主でもある。僕やリリンと一緒にこのエルダーリヴァーを救ったのは事実で、その恩賞もあるべきなんじゃないのかい?」



 ワルトナが言っている事は、ほぼ当てつけに等しい。

 モンゼやソクトは、エルダーリヴァーの危機を救う依頼を受けている訳ではないからだ。


 だが、シスターヤミィールは強く糾弾する事は出来なかった。

 なぜなら、ヤミィールの腹の内にもまた、人には言えない暗いものがあるからだ。



「……所でシスターヤミィール。この街を納めていた前任の暗劇部員はどこに居るのかな?」

「……っっ!……」


「キミに代替わりしたと思われる5年くらい前から、この街に入る為の規制が厳しくなったという資料があってねぇ。それこそ、鏡銀騎士団のような理不尽な権力をもつ集団以外は、ほぼ訪れる事が出来ないそうじゃないか」

「……それは……」


「薬の原材料になる連鎖猪の一大産地だったこの森が封鎖された事により、じわじわと角の値段が高騰してるんだよね。しかも、キミが寝込んでからは何故か(・・・)、値段が2倍くらいに高騰したらしいよ」

「……く……」


「なんでかなぁ?」



 ワルトナが話した内容は、この事件の表層だけを見ているのでは知りえない情報だ。

 それなのになぜ、ワルトナはこうも一方的に話をする事が出来るのか?

 その答えは……『もともと、知っていたから』だ。


 ワルトナは英雄探しの目的地を決めた後、その地の下調べを必ずする。

 その下調べとは、権力者の情報、特産物、地理、有名な冒険者の有無など多岐にわたり、多角的な視野から英雄探しを行っているのだ。


 そして、エルダーリヴァーを調べている際、不安定機構に登録されている情報がまったく更新されていない事に気が付いた。

 ハザードアラート程の膨大な森があるのならば、その森の恩恵が時期によって変わらないなど、あり得ない事なのだ。


 そこに気が付いてしまえば、高位生物の素材の価値がコントロールされている事に気が付くのは容易であり、そこから周囲に良く思われていないのも簡単に想像する事が出来たのだ。



「確かにキミは嵌められたんだろう。だが、そもそも連鎖猪の角の供給を止め利益を独占しなければ、こんな事件は起きなかったんだ。毒を盛られ、薬を根こそぎ奪われ、死に臨して、薬が手に入らない病人の気持ちが分かったかい……?」

「……はい。すみませんでした……」


「なら、この領地は僕の物って事で良いよね?」

「…………はい?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ