第50話「ワルトナちゃんの総仕上げ③」
ワルトナに呼ばれたソクトやシルストーク達はしっかりと頷くと、揃って前に出た。
これからする話は自分達の未来に直結していると、僅かに緊張しているのが表情に出ている。
なお、ソクトだけは想い人に告白をするという重大任務を秘めている為、ガッチガチに緊張している。
「さて、話を進めよう。シスターヤミィール、キミは暗劇部員だね?」
主役たちが一堂に会す中、先陣を切ったのはワルトナだ。
いきなり確信を抉るような問いかけは、鋭い視線と共にシスターヤミィールに突き刺さる。
そして、その返答は……肯定だ。
「……はい。わたしは暗劇部員・夜中と申します……」
「うんうん、そうだよねぇ……で、率直に聞くけど、キミはどの聖母の配下なんだい?」
「……わたしは、準指導聖母・悪逆様の配下をさせていただいております……」
ワルトナの問いに頷きシスターヤミィールは答えた。
その揺るがない声に、ソクトは動揺を隠せないでいる。
……やはり、ヤミィールは暗劇部員という奴なのか……。
あんなにも心優しい彼女が、数万人の命を簡単に潰すような組織に属している。
私は、まだまだ未熟だったようだな。
知らない世界がこんなにもあるなんて、昨日からは考えられないことだ。
「準指導聖母・悪逆か。指導聖母の中じゃマシだって言われてる奴だね」
「……えぇ、直接お会いした事はありませんが、悪逆様を信奉しているとおっしゃられたフォールダウン様は大層に荘厳なお方でした……」
「誰だそれ?ま、悪逆の配下なら悪い奴じゃないだろ。で、その人物に勧められて暗劇部員の試験を受けたって事でいいのかな?」
「……はい。幸運にも三度目の試験で合格を頂く事が出来ました……」
暗劇部員になる為には、熟練した冒険者としての経験と、高い知識が必要となる。
まず、試験を受ける資格を得る為に、『ランク3以上のレベル』『5年以上冒険者を続けてきた実績』『ランク8以上の危険生物を倒せる実力』の三つが必要だ。
前の二つは時間さえかければ達成する事は容易いが、最後の一つ、ランク8以上の生物を倒すというのはそう簡単な話ではない。
ランク8以上ともなれば生物の種族自体も限られてくる上に、それが出来るという事を暗劇部員の目の前で実演する必要がある。
つまり、運よく弱っていた個体に出会い倒したなどという、偶然の産物で資格を得る事は出来ないのだ。
シスターヤミィールは15歳の時から冒険者をしており、フォールダウンに声を掛けられたのは22歳の時だった。
当時は、ソクトと競うようにレベル上げをしていた時期であり、ヤミィールのレベルは28000程度。
規定よりも2000程低いが、フォールダウンが魔導書をいくつか与えた事によりレベル3万を突破。
その魔法を駆使し、結界の奥から呼び寄せた真頭熊と戦う事、十数回。ついに目標を討伐したヤミィールは暗劇部員の試験を受ける資格を得たのだ。
そして、半年の猛勉強の末に、暗劇部員へと合格した。
暗劇部員は戦闘力の高さ以上に、知能を重要視する。
いくら戦闘力に秀でていようとも、策に嵌った人は簡単に死ぬからだ。
そんな世界に踏み込む為に必要な最低限の知能の水準は、決して低いものではない。
「……それにしても……随分と暗劇部員に詳しいのですね……?」
「だって、僕も暗劇部員だからね!」
「……まぁ!その歳でですか……。それは本当に凄いですね……」
シスターヤミィールが驚いたのも無理はない。
暗劇部員の試験を受ける為の条件として、必ずしも、冒険者としての5年以上の実績が必要になる訳ではない。
実は、他にもいくつか条件があり、それを満たしている場合は冒険者歴などという毒にも薬にもならない条件は免除されるのだ。
12歳のワルトナは、当然、5年以上の冒険者実績など持ちわせていない。
そのかわり、『一人でレベル99999の危険生物を探しだし、討伐する』という無理難題を達成し、その条件の代わりとしている。
「で、無事に暗劇部員になったキミは、領地としてこのエルダーリヴァーを与えられ、統治していたと」
「……はい。もともとわたしはこの街が好きでした。貧困にあえぐ家庭に生まれ、親に捨てられた後も、辛い目にあった時も憎んだ事は一度もありません……」
「親に捨てられたねぇ。親の顔を知ってるだけマシかもね」
「……そうかもしれません。事実、私は幸せでした。幼馴染をそそのかして冒険者となった後、真の意味で自由になった私はこの故郷を愛してやみませんでした。狂おしいほどにこの街が恋しくてたまらなくなってしまったのです……」
「……なんか、ちょっと歪んでない?」
「歪んでいるのでしょうね。道端に落ちている石ころでさえ恋しい私は、舐めろと命令されたら進んで舐めると思います……」
……コイツ、やべー。
上手に無邪気を演じる事が得意なワルトナも、実の所、12歳。
真性の変態に出会った経験は乏しく、段々と息を荒くしているシスターヤミィールを見てちょっと引いて『さん』付けで呼ぶ事にした。
「で、この街が大好きなヤミィールさんは暗劇部員になった後、当然、この街の繁栄に尽力したよね?」
「……もちろんです。この街の美しさを守るために、外部から冒険者が流入するのを防ぐのは勿論の事、外部からの情報を遮断し、この街の冒険者が流失しない様にしておりました……」
「なるほどねぇ。鎖国って程じゃないにせよ、エルダーリヴァーを孤立させていた訳か」
「……はい。この森の奥にランク8以上の危険生物が生息しておりますが、裏を返せば、それは資源の山だという事です。この街を守る為には必要な措置でした……」
「だが、それを良く思わない勢力がいたと。まぁ、見方によっちゃ利益を独占しているように見えるし、狙われるもの当然だね」
暗劇部員は莫大な権力を得るために、それを維持する為にも莫大な金銭が必要になる。
それは、高水準の戦闘力を得るために高級な魔道具を揃える資金だったり、金に物を言わせて部下を黙らせたり、理不尽な強さを誇るパートナーを餌付けし大人しくさせる為に必要なお金だ。
ワルトナがそうであるように、暗劇部員は常に資金を求めている。
貨幣とは、どんな方法で手に入れたとしても価値が変わる事は無く、しかもどれだけあってもいい。
超危険生物を一匹でも倒せれば億の金が手に入るハザードアラートの森は、まさに、一獲千金の山なのだ。
「狙われた理由はそんなとこだね。で、暗劇部員をしながら冒険者を続けていたヤミィールさんはヨミサソリに刺されてしまう訳だ」
「……はい。あれはソクトやナキさんモンゼさんと一緒に森に入った時の事です。昼食をとっていた時に突然気分が悪くなり、私は倒れてしまいました。そして、その近くにはヨミサソリの幼体がいたのです」
「ん?刺されたのを見た訳じゃないんだねぇ?」
「……そういえば、刺された時に特に痛みを感じませんでした。状況的に刺されたんだと思うのですが……」
んー、それは変だねぇ。
ヤミサソリの毒針は長く、差されれば激痛が走るはずだ。
体長10cmって事だから幼体なのは間違いないけど、それでも毒針の長さは3cmくらいはある。
刺されて何も感じないなんてのは、ちょっと納得できないねぇ。
シスターヤミィールの話を聞いたワルトナは、おぼろげだった敵の正体が見えてきた。
その抱いた仮説に、『なんてこったい!』と思うものの、考えれば考える程、その仮説が現実味を帯びてくる。
そこでワルトナは、ちょっと仕掛けてみる事にした。
「でも、ヨミサソリに刺されて助かるなんて運が良いんですね」
「それは……私もそう思っています」
「ちょっと待ってくれ、どういう事だ?」
「ヨミサソリって致死毒で有名なんですよ。サソリ自体は動きが遅く、強靭な肉体を持っている訳でもない。だけど他の危険生物が闊歩する中でも生き抜く事が出来るのは……体内の毒は致死性が極めて高く、速攻で効果を現すものだからだ」
ランク4の危険生物、『ヨミサソリ』。
危険生物図鑑にも当然、記載されており、その危険性は一目瞭然だ。
『ヨミサソリ』
*動物界
*節足動物亜門
*毒クモ網
*猛毒サソリ科
*致死性サソリ族
*ヨミオクリ種
全長50cmを超える節足動物。
この種は脱皮をする回数が多い為、全長が1mを超える個体も珍しくない。
サソリ自体の動きは緩慢であるが、その尾に蓄えられた毒は非常に強力かつ、速攻性に優れたものである。
毒針がある尾に刺された場合、自律神経系に異常をきたし、筋肉の異常痙攣を引き起こす。
刺された数秒後には全身痙攣、その後、急激な痙攣の反動の為に体内の筋繊維が活動停止。血液を流す循環器が停止し死に至る。
危険生物としての脅威度は『A』クラス。
※刺されたら基本的に助かりません。苦痛を感じる暇もなく意識が飛ぶのが救いです。
「なんだこれは……?私達が持ってる図鑑には、こんなページは無かったはずだが?」
ワルトナは自分が所持している図鑑を取り出すと、ページを開いてソクトに見せた。
そして、それを確かめたソクトは絶句し、何度もページを読み直している。
「と、このように、ヨミサソリに刺されたら基本的には助からない」
「馬鹿な……。最近のヤミィールは衰弱してしまったとはいえ、刺された直後は歩けもしたし、少しなら魔法を使う事も出来た。書いてある事と全然違うじゃないか」
「それはねぇ……。図鑑が違うんじゃなくて、ヤミィールさんが飲まされた毒が、純粋なサソリの毒じゃないって事さ」
「飲まされた……だと……?」
「ヨミサソリの毒は確かに循環器系にダメージを与えるけど、効果は長く続くもんじゃない。つまり、ヤミィールさんの身体を蝕んでいた毒は、そういう調整がされた作り物って事だよ」
「なにか、何か証拠はあるのか?」
「シスターヤミィールがここに来れた事が何よりの証拠さ。僕の手配したカミさまは凄腕の医師であり、人間が作り出した化合毒なんて、解毒を簡単に済ましてしまうからね」
ワルトナの話を聞き終えた一同は、驚きの声を上げた。
ソクトは勿論、横で話を聞いていたナキやシルストーク、エメリーフにブルート、被害者本人であるヤミィールまでもが声を荒げ、各々が思う事を叫んでいる。
そして、その人だかりの中でただ一人、顔色を悪くさせて黙っている人物がいた。
騒ぎが落ち着き始めるに従い、その人物が相対的に目立つようになり……やがて、全ての人物がその人へ視線を向けた。
「なぁ、モンゼ。なぜさっきから黙っているんだ……?」
「せ、拙僧は違いますぞ!拙僧は何もしておりません、拙僧は、拙僧はただ……」
その明らかな挙動不審な動きに、ソクトはいぶかしげに眉をひそめた。
ナキは、「嘘よね……?」と呟き、子供達は複雑な表情で黙って視線を飛ばしている。
「せ、拙僧は、た、ただ……ただっ!」
「そうだねぇ、『拙僧は、ただ、指示された店で昼食を買い、ヤミィールが倒れた後でヨミサソリの死骸を目の前で潰して見せただけ』。そうだろう?モンゼさん」