第46話「鏡銀騎士団」
「ヤミィルッ!」
「……あ、あぁ……。ソクト……」
屈強な身体の不安定機構エルダーリヴァー支部長に背負われたヤミィルは、ソクトの問いかけに弱々しい声で答えた。
腰まである長い髪を揺らし、ふるふると頭を振って、こぼれ落ちそうになる涙を必死に隠そうとする。
だが、次々に溢れる涙を隠す事は出来ない。
それでも、場の空気を読む事を得意とする熟練冒険者のソクトはその事に触れず、何事もないかのように近づいて笑顔を返した。
「やぁ、ヤミィル。体調は大丈夫か?つらくないか?」
「わたくしの体調など……。それよりも、あぁ、皆が無事で良かった……」
一瞬で薔薇色の空気感を出し始めたソクトとヤミィルは、冷たい視線が突き刺さっているのにも気が付かず、自分達の世界に入ってゆく。
そして、そんなものに露ほども興味が無いリリンサは、自分が興味を向けている存在についてワルトナに話しかけた。
「もふ!ん、ワルトナ、澪がいる!」
「ホントだねぇ、ビックリだねぇ」
感動の再会をしているすぐ横には、白銀甲冑を着た5人の集団。
その内の4人は全身を煌びやかな白銀甲冑で顔以外を覆い、残りの一人は普段着の上にまばらに甲冑を着ている。
その白銀甲冑は統一感があり、とある組織に在籍する者のみが着る事を許された特別製。
高い魔法耐性と光魔法を反射する性能を持ったこの鏡銀甲冑こそ、『鏡銀騎士団』のシンボルだ。
「話してくる!みぉもふぅ!」
「ちょっと待ちな、なんか様子がおかしいからね。リリン、あの先頭に立っている『カイゼル髭』に見覚えはあるかい?」
「もぐもぐ……。知らない、誰あれ?」
「さぁ?僕も知らないねぇ。けど、アレが部隊を指揮しているみたいだよ」
「澪がいるのに?ありえないと思う」
「だよね。という事で、あっちは何か訳ありっぽい。少し様子を見よう」
リリンサとワルトナの視線は、先頭に立つ偉そうはカイゼル髭を生やした小太りの男へ向いている。
そして、二人揃って『レベルが微妙。雑魚だねぇ』と呟いた。
そんな評価をされているとは知らないカイゼル髭は、偉そうに出っ張っている腹をさらに出し、荘厳に名乗りを上げた。
「聞けぃ!我らは『鏡銀騎士団』である!事情聴取を開始するが故、速やかに整列せよ!!」
「……雑魚なのに偉そう。転がす?」
「まだダメ。澪様に怒られるよ」
声だけは立派な宣言を聞き、ソクト達は速やかに行動に移した。
手を突き出したカイゼル髭の前に静かに移動し、片膝をついて首を垂れる。
礼節よりも実利を重んじる冒険者のソクト達も、この時ばかりは畏敬の念を身体で表す。
そして、その流れに乗ったワルトナは目立たない様に最後尾にて首を垂れ、リリンサもその後に続いて座り込んだ。
なお、リリンサの手にはお肉の乗った皿が握られている。
「ドラゴンが出るという報告を聞き急いで来て見れば、これはどういう事だ?あのでかいドラゴンはなんだ?」
「あれは、千刻竜という名のドラゴンであります」
ソクトがこのカイゼル髭を敬っているのには、当然、理由がある。
鏡銀騎士団とは、この大陸の希望であり全冒険者の憧れだ。
様々な危険と隣り合わせの冒険者は、必ず命の危機を体験している。
とりわけ、自分の身では余る程の強者と出会ってしまい、必死に逃げだした経験は一度や二度ではなく、その度に安堵と悔恨の念を抱くのだ。
そして、そういった未曾有の危機を全て斬り伏せてゆく存在こそ、鏡銀騎士団と呼ばれる最高位冒険者で構成された組織。
彼らは、ランクS以上の危険生物が出現した際には必ず現れ、その原因を武力を持って取り除く。
どんな強き生物であろうとも、栄光ある白銀甲冑の前では『弱者』になるのだ。
「千刻竜だと?……クロスマン・ホークロウ、聞いたことあるか?」
「確か、そのような名のドラゴンが危険動物図鑑に載っていたと存じております。ビヨンビアド様」
「ふむ。カンジャート・ロール。調べよ」
「はっ!既に、こちらにご用意しております」
偉そうなカイゼル髭の男――『ビヨンビアド』と、その両脇に立つ二人の従者『クロスマン』『カンジャート』。
この場を支配しているのはこの三人であり、後は、そこから一歩引いた位置で控えている白銀甲冑を着た女が二人と、エルダーリヴァー支部長とヤミィルがいるだけだ。
ビヨンビアドのレベルは『40971』。
その隣の二人のレベルは『43100』と『44281』であり、三人共がランク4。
ソクト達から見ても格上であり、腰に備えている剣も立派なものだ。
そして、差し出された危険動物図鑑を見たビヨンビアドは、僅かに驚きの声を漏らした。
「な……。なんだこれは?」
「はっ!千刻竜の生態が記載されたページであります!」
「たわけ、そんな事は分かっておるわ!ここに書かれておることは真実か?と聞いておる」
「はっ!私が個人的に得た知識と照らし合わせ、真実だと判断しております!」
「……そうか。経験豊富なお前が言うのなら間違いあるまい。そこの男、顔を上げよ」
ビヨンビアドはソクトを指差し、顔を上げるように促した。
その偉そうな光景を後ろから見ていた人達、特にリリンサは不機嫌に頬を膨らませ、「なにあれ。」と呟いている。
「お前、名前はなんというのだ?」
「ソクト・コントラーストと申します」
「知らん名だ」
「……。えぇ、私は、まだまだ名を馳せていない稚魚でありますので」
「そうか。それで、先程の千刻竜とやらはお前が倒したのであろう?」
「はい?」
その突拍子もない言葉に、ソクトは思わず変な声を上げた。
そしてそれが不慮の事故を呼んでしまったのだ。
ビヨンビアドが勘違いした理由、それは、ソクト達のレベルが3万を超えていたからだ。
特に、最前列で戦ったソクトとシルストークのレベルは高く、4万をわずかに超えている。
そんな理由により、ソクトの「はい?」という間の抜けた声を肯定だと捉えたビヨンビアドは鷹揚に頷き、偉そうに語りだした。
「我が鏡銀騎士団の名において、そちら、ソクト・コントラースト一味に報償を与える!」
「は?」
「報償は金一封、2500万エドロ。さらに、千刻竜の遺体は研究に使用する為に我らが回収するが、その代金として追加で2500万エドロ。合計5000万エドロだ」
「はぁ?」
「以上、5000万エドロを報償としてお前に一括で与える。パーティー内での功績に応じて分けるが良いであろう」
つい昨日までのソクト達だったのなら、5000万エドロと聞いて素直に喜べたであろう。
だが、リリンサやワルトナと理不尽なる危険動物狩りを行い、時価総額にして3億エドロ以上の資産を手に入れている今となっては、鼻で笑うしかない。
だが、ビヨンビアドはそんな事を思われているとは、まったく考えず。
冷え切って凍てつく空気感すら、感動に打ちひしがれているのだと勘違いをして、更に胸を張った。
「どうした?礼を言うがよい」
「……申し訳ありませんが、あまりの事態についていけず……。仲間と相談をさせていただいても良いでしょうか?」
「ふん。値上げ交渉でも始める気か?いやしい平民め」
「……。では、失礼して」
あぁ、なんだコイツ。ブチ転がしてやろうか。
普段は礼儀正しいソクトでさえ、暴言を吐きたくなる程の威圧を受け、悪態を付きたくなったのだ。
「出ているのは腹だけにしとけよ。髭ダルマめ」と一同が思いながら距離を取り、静かに、だが熱く語り始めた。
「いろいろ勘違いされているし、思う事もあるんだが……先に確認しておきたい。千刻竜を斃した報酬として、2500万エドロは適正だと思うか?」
「桁が2つほど足りないねぇ。こんがり焼いたとはいえ、あれだけ巨大なドラゴン、しかも、大規模殲滅魔法を扱う千刻竜だ。素材の価値だけで10億は下らないよ」
「だよな。しかも、危険生物の討伐報酬の相場は、素材の価値と同額。つまり……20億エドロは貰わないと割に合わないはずだ」
「明らかに、横領する気満々なんだろうねぇ」
ワルトナの試算では、千刻竜の素材価値は12億エドロ程度だ。
大規模殲滅魔法を放つ巨大な翼は良質な魔導服の材料になり、魔法具の材料となる爪や牙などの欠損もない。
様々な使用用途がある竜鱗の大部分が割れてしまっているのが惜しいが、それも、すり潰して薬の原料とする事が出来る。
そういった観点から付けた値段、12億エドロ。
その意見に異議を立てる人物はおらず、ともすれば、代わりに沸き立つのは不満だ。
「なんなんだアイツは?あんなのが、私が憧れた鏡銀騎士団の姿だというのか?」
「違う。あんなの鏡銀騎士団じゃない」
「リリンサ君?」
「どう考えても、あの程度で鏡銀騎士団を名乗るのはおかしい。しかも不愉快なので、今すぐにブチ転がした方がいい!」
「何か知っているのか?いや、リリンサ君は剣皇様の直弟子だったな。なら……」
「うん。私も鏡銀騎士団に所属している」
「やはりそうか」
「そう、私は鏡銀騎士団の一番隊・副隊長!」
「ふぁッ!?」
え!?まてまて、なんだって!?
そう思ったソクトは固まり、リリンサとワルトナを見つめた。
そして、その視線は頬を膨らませた平均的なジト目を捉え、戦慄する。
「というか澪は何をしているの?あんなの転がせばいいのに……。私がやって来てあげよう!」
「色々ついて行けてない人たちがいるから待ってね―、リリン」
「むぅ」
「ここからは僕の策謀のお時間だ。シスターヤミィールの件も含めて綺麗にまとめるから、落ち着いておくれ」




