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悪辣聖女見習いと行く、リリンサの冒険  作者: 青色の鮫
第2章「新人冒険者とドラゴン」
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第41話「ドラゴンブレイク③結界の修復」

「……死んだか?」

「死んだわね」

「死にましたな」


「うわーすげー、ドラゴン瞬殺じゃんか!」

「あんな風に斃すんだ……」

「うん、僕もドラゴンを殺せるように練習を頑張るよ」


「むぅ、……殺してないのに」

「まぁ、傍から見たら死んだように見えるかもねぇ。あのドグマドレイク、死んだふりなんて器用な事をしてるし」



 散々に打ちのめされ地面に伏しているドグマドレイクは、ピクリともせず死んだふりをしている。


 その死に様は凄まじく、威厳などかなぐり捨てて、虚ろな目で大口を開け舌まで出しているという迫真の演技だ。

 だが、最後に放たれた魔法100連発を一回たりとも当てていないリリンサとワルトナには通用しない。



「えっ、死んでないのか?目は見開かれ、舌は伸びきり、手足は投げ出され、腹を見せているが……。アレでもか?」

「死んでないよ、見てな。リリン、ドグマドレイクを威嚇してきて」

「ん、……威嚇?……威嚇……」



 信じられないという顔のソクトの疑問を受けて、ジト目な少女達が動き出す。

 威嚇して来てと言われたリリンサは、しばらく考えた後、無言でドラゴンの頭の方へと歩いていった。


 その手には魔導杖。

 サクサク、という地面を踏みしめる音だけが響き、やがてドラゴンの見開かれた目の前にリリンサは到着。

 そして、息をいっぱい吸ってから、威嚇を発した。



「……ふしゃぁぁぁ!」

「ギャオッッ!?」



 両腕を空に向かって突き出しての、最大限の威嚇。

 それはまるで、猫のように鮮やかな威嚇だった。


 ドラゴンが子猫に叱責されるという光景を見せられたソクトは何とも言えない表情をし、その威嚇を受けたドグマドレイクは文字通り尻尾を巻いて逃げ、必死の形相で結界の所まで後退した。


 だが、壊れて穴が開いた結界は、もう既にワルトナが氷の魔法で塞いでしまっている。

 逃げ場が無いと悟ったドグマドレイクは、涙ながらにガリガリと結界を引っ掻いて、脱出を試みる。



「ん!効果は抜群だと思う!!」

「……リリン、キミの威嚇は凄い威力だねぇ。あんなの、どこで覚えたんだい?」


「ソクトが連鎖猪にやってた奴を真似てみた」

「そうかい。ソクトさん、キミの威嚇、猫っぽいってさ」



 その悪意ある指摘にソクト以外は噴き出し、本気で死を覚悟しながらの威嚇をネタにされたソクトは、無事に帰ったら鏡の前で練習をしようと心に誓った。



「という事で、あのドラゴンを結界の内側に返せば、それで一段落。あとは森に残ってる残党を狩ればいいだけさ」

「あぁ、なんというか……。あっけなさ過ぎて、危機感が薄れてしまうな。ドラゴンと言えば抗えぬ絶望の代名詞なんだが……」


「侮るのはよくないねぇ。そういえば前に一度、連鎖猪を侮って戦いを挑んだ冒険者がいてねぇ。ソイツがどうなったか分かるかい?」

「あぁ、分かるぞ。連鎖猪とダンスして、新しい世界が開けるんだ」



 遠い目でドグマドレイクを眺めたソクトは、アレに戦いを挑んだ未来はどんなのだろう?と想像した。


 閃光のように走りだし、後ろからは氷結杭の援護射撃が飛ぶ。

 横には完璧な連携が出来る戦友モンゼと、新米ながらも高い攻撃力を誇るシルストーク。

 己の手に握っているのは、可変機構を備え必殺の雷光を纏う魔法剣。


 負ける気がしない。そう思って繰り出した攻撃は、何一つ届かなかった。

 そして振り向いたドグマドレイクが放つ炎を巻かれ、ソクトはあっけなく死んだ。



「すまない。ドラゴンはやはりドラゴンだ。稚魚では勝てない」

「うんうん、その気付きが若魚になる条件だから大切にすると良いよ。さてと、とりあえず結界を一部分解除してあのドラゴンを送り返そう《サモンウエポン=結界讃美歌の魔導書》」



 そういって、ワルトナは一冊の本を取り出した。


 真っ黒い装丁のその魔導書は厚く、ページ数にして、おおよそ600ページもある。

 至る所に付箋が付けられたそれは、暗劇部員の中でも一握りの人物しか持っていない特別な魔導書だ。


 人類の生活圏を守る結界に関する、あらゆる呪文が詰まったその本を開き、ワルトナは魔力を高めてゆく。



「歌うの?ワルトナ」

「そうだよ。聖女を目指しているからには、賛美歌くらいは歌えないとね」


「わかった。稚魚達には静かにしておくように言っておく」



 ワルトナが魔力を魔導書に注いて行く時間を使って、リリンサが状況説明を始めた。

 今から行うのは緻密な作業であり、横で騒がれるとワルトナの邪魔になると思ったのだ。



「ん、静かにして欲しい。今から結界を一部停止して再構築する」

「キミ達はそんな事までできるのか?ランク5の魔導師は凄いな……」


「違う。出来るのは訓練を受けたワルトナだけ。私も出来ないし、私よりもランクが高い人でも訓練してないとできない」

「なに?そうなのか?」


「そう、ワルトナは聖女を目指している。『聖女』とは暗劇部員の『指導聖母マザー』とは違い、本当の意味で人々を救っている女性に与えられる称号。だから、こういった特殊技能を多く習得している」

「聖女というのは、確か……。東の国のフランベルジュ姫などが有名だったな。なるほど、かの御方はまさに聖人君子の名にふさわしい方だと聞く。暗劇部員とやらに関係しているのかと思っていたが……」


「それも違う。聖女は暗劇部員に関係なくても良い事をすれば認定される。指導聖母は暗劇部員だから、良い事も悪い事もするし、なるには試験とかいろいろ必要」



 聖女と指導聖母の違いを一言で言い表すのならば、『利益性があるかどうか』だ。


『指導聖母』とは、不安定機構アンバランス暗劇部員あんげきぶいんの最上位使徒に与えられる称号であり、自分の利益を求めて世界を動かす人物が名乗る職業だ。

 だからこそ、指導聖母になる為には様々な資格や試験、上納金、領地が必要であり、世界で七人の強者だけが名乗る事ができる。


 一方、『聖女』とは、精錬無垢な女性を表す言葉であり、それになる為の基準も資格もない。

 必要なのは、『民からの支持』。

 並みならぬ人の憧れや感謝、崇拝などの正の感情の果てに、受動的に手に入れるものなのだ。


 難しい試験を繰り返した末に手に入れる、『指導聖母』

 試験すらなく、漠然とした善行の果てに手に入る、『聖女』。


 ワルトナが目指しているのは聖女であり、それを成す為に、ワルトナは各地で自分の正義を振りかざしているのだ。



「今からワルトナが行うのは、讃美歌のように仕立てられた特別な魔法。それは綺麗な音色でとても心地よい。だから静かに聞いてて」

「……そんなに持ち上げられると、歌いにくいんだけど」


「大丈夫。ワルトナは歌がとても上手!」

「やれやれ。まぁ、その内何万人といる前で歌うかもしれないし、練習だと思えばいいか。じゃ、歌うよ《ahー、満ち優れた子らー、ゆりかごに揺られー、うたかたにみる夢は――》」



 その声は幼く高くよく響き、そして、静聴する者全てを惹きこんだ。

 伴奏などない声だけの旋律。

 それでも、静かに謳うワルトナの声は、聞くもの全てを、ドラゴンでさえも、圧倒するのだ。



「《白き願いに生まれた、ひとしずくの命が撥ね続く、永久の守り――》」



 旋律に合わせ、結界は波紋を浮かばせて光を放った。

 空気に解けて無くなるように存在が気化し、何事かと絶望していたドグマドレイクの目の前が開ける。


 あ、逃げられそう。

 そう思ったドグマドレイクは、おそるおそる歩き出して結界があった場所を潜り、いそいそと森の奥へと消えてゆく。



「《再びの安寧を――、ah―、求めて――》、はい、終り」

「ん!綺麗な歌だった。とても凄い!」


「んー褒めるなよー。照れるなぁ」

「でも綺麗な歌なのは事実!お金を取ってもいいと思う!」


「そう?じゃ、一人1000万エドロでいいよ」

「「「「「「高いッ!!」」」」」」



 ちょっとだけ頬を赤らめたワルトナが、迫力ある雰囲気で手を差し出す。

 それが向いているソクトは後ずさりし……、「ぶ、分割払いは出来るだろうか?」と引きつった笑顔を浮かべる。



「あはは、流石に冗談だよ。一人1000万なんて、とてもとても……」

「はは、まぁそうだな。確かに綺麗な歌だったが、流石にな」


「そう、とてもじゃないが、一人1000万エドロなんて安すぎるね」

「えっ。」


「だってそうだろう?今の僕の歌はエルダーリヴァーに住む全ての命を救ったんだよ。それが6000万エドロなんて安すぎるさ」

「そ、それはそうかもしれないが……だが、6000万エドロで安いなんて……。私の貯金なんて5000万くらいしかないんだぞ?」


「いやいや、さっきのドグマドレイクを売れば3億エドロは下らないし。それ以上の対価を求めるのは当たり前でしょ」

「は?あのドラゴンが3億?」


「ドラゴン、それも成体のドグマドレイクともなれば安くてもそんくらい。その価値は牙に刻まれた魔法紋の大きさによるけど、炎と雷を同時に出していたのを見る限り、5億を超えてもおかしくないねぇ」

「ご、5億……。」


「キミらが持ってるその魔法剣って、刀身の内部にドラゴンの牙を使う事が多いんだ。で、牙の質によって剣の性能が変わるとなれば、当然値段はつり上がるよね」



 持っている魔法剣を見つめ、ソクトはゴクリと唾を飲み込んだ。

 材料となる牙でさえ、億を超えてくる。

 当然、剣にはそれ以外の素材も使われており、そこから察した値段は、膨大だった。


 それは、杖を与えられた魔導師組も、手袋を与えられた戦闘支援組も同じ。

 これにはどれほどの価値があるんだろうと考えて、震えている。



「ま、そう言ったお金の話とかは、もう一仕事した後にしようか」

「もう一仕事……?ドラゴンは追い払ったし、結界は塞いだ。まだ何かあるのか?」


「そうだねぇ、殺してもいいドラゴンがもう一匹残ってるね」

「……は?」


「しかも、こっちのドラゴンはレベル99999(カンスト)ときた。戦闘音を聞きつけて見に来たんだねぇ」



 ワルトナが空を見上げた直後、大きな影が顔に落された。

 空高く飛んでいるにもかかわらず、落された影の大きさは周囲一帯を覆うほどだ。


 羽ばたく翼の風圧が地上に届き、畏怖を振りまく。



「なっ!でかいッ!!しかも別種のドラゴンだとッ!?」

「……珍しいねぇ。千刻竜せんこくりゅうだ」


「千刻竜……だと……?」

「図鑑で調べてみなよ、きっと驚くよ。……なにせアイツは長き時を生きぬくから千刻竜と呼ばれてる、ドラゴンの中でも上位種な奴なんだ」


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