第40話「ドラゴンブレイク②殺意の無い蹂躙」
「なんだ今のは……?杖一振りで掻き消されたよな……?ドラゴンの吐いた炎が弱かったのか?」
「いいや、さっきの炎の威力は超一流。ナキの防御魔法程度じゃ、あってもなくても変わらない結果となるよ。蒸発さ!」
「……ちょっと信じられないんだが?」
「そうかい。じゃ、どうなるか見せてやるよ。《空間認識転移》」
まるで造作もないように、ワルトナは杖を振った。
そして、近くにあった巨木が切り取られたかのように消失し、同時に、逞しい丸太がドグマドレイクの鼻先にぶち当たる。
その刹那。
突然の異物に驚いたドグマドレイクは咆哮を上げて炎塊を放ち、その木を消し去った。
燃えるでもなく、炭化するでもない。
直径1mもある大木が跡形もなく瞬時に蒸発するというのは、一体どれほどの威力なんだろうか。
それを考えたソクトは、頭が痛くなり、考えるのをやめた。
「炎がどれくらいの威力か分かったよね?じゃ、どうしてリリンは、たったの一振りで炎を掻き消す事が出来たのか?という話になるよねぇ」
「……人間じゃなく悪魔だから、か?」
「正解!……な訳ないだろ。普通に人間なリリンがそんな事が出来るのは、『星丈―ルナを持っているから』だ」
「あの杖の効果という事か?」
「そう。星丈―ルナは魔法を収束と拡散させる事が出来る。だから、拡散の効果を使って炎を散らしたのさ」
説明を聞いて理屈を理解したソクトは、再び疑問の声を上げた。
そもそも、音速を超えた速度の炎に反応できる身体能力は何処から来ているのかと思ったのだ。
「それは、バッファの重ね掛けのおかげだね」
「さっき連続で使っていた魔法の事か?」
「そうそう。今のリリンはどんな軽微な動きも見逃さない目と、それを瞬時に理解し行動に移せる体を持っている。不思議な事に、バッファの魔法を使うと得た身体能力に合わせた思考ができるようになる。反射神経と判断能力も強化されると考えれば分かり易いね」
リリンサが纏っているバッファは、瞬界加速、飛行脚、次元認識領域、第九識天使の四つ。
それぞれ、『身体能力上昇』、『空気を踏める特殊効果』、『周囲を上から俯瞰して見下ろすような視野』、『視野共有しているワルトナが見ている横からの視野』を得ており、それをリリンサは熟練の戦闘感と混ぜる事で、未来予知にも似た動きが出来るのだ。
そんなリリンサは華麗にドグマドレイクの攻撃を処理してゆく。
なんど炎雷を放っても当たらない事に苛立ちを覚えたドグマドレイクは、鼻息を荒くして更に息を深く吸い込んだ。
「ん、まずは近接戦闘を見せる!」
吐き出された炎雷を全弾回避したリリンサは、まっすぐに走った。
向かう先はドグマドレイクの真正面。
後ろ足で立ち上がり、腕を構えて戦闘態勢をとり、油断なくリリンサを見つめているその姿は、まさに強者の風格だ。
そして、邂逅の時が訪れた。
地面を走っていたリリンサが僅かに歩幅を調整し、深く踏み込んで跳ぶ。
バッファで増幅されている身体能力は高く、おおよそ2m程も飛び上がっている。
だがそれでも、ドラゴンの頭部には届かない。
ドラゴンの尾を除いた全長は約15m。
それが後ろ足で立ち上がっているのだから、当然、頭部は上空にあるのだ。
しかしそれでも、リリンサの腕は届いた。
飛行脚の効果によって空中に足場が組まれ、まるで見えない螺旋階段を登るように、リリンサは空を翔けたのだ。
そして絶対者たるドラゴンと同じ目線に立ったリリンサはニヤリと笑って、光魔法を放つ。
「ん!《 二十重奏魔法連・主雷撃!!》」
「《グガオオオ!!》」
純粋な雷光と、炎が混じる炎雷。
真正面から激突しあった魔法は相殺し合い、拮抗している。
お互いに周囲の空気を燃料とし、進行方向へ破壊の力を叩きつけているからこそ見れる、幻想的な光景。
高温の電気が無作為に撒き散らされ、空に大輪の花が咲いてゆく。
「なんなんだこれは!?目の前が明るい!とても明るいぞ!?」
「兄ちゃん、目の前がパチパチするよっ!?スパークしてるよ!?」
「それがリリンが見ている光景だよ。超至近距離で魔法を使うとどうなるか映像だね」
「こ、、こんなのが、リリンサ君が見ている世界……。何のッ!参考にもッッ!!ならないッッッ!!」
「眩しいよー、目の前が眩しすぎるよー、兄ちゃん!!」
連続破壊音と共に、前衛組の視界は光で塗り潰された。
思わず目を反らすように意識してしまい、その視界は通常の視界へと切り替わった。
だが、ソクト達はまったく安心する事が出来なかった。
その視野が捉えたのは、ドラゴンが吐き出す炎を凄まじい動きで迎撃している幼女の姿。
魔法の効果音と閃光さえ無ければ、棒きれを我武者羅に振り回して遊んでいる子供に見えただろう。
実際、そこにいるのは確かに『子供』だが……頭に『理不尽すぎる』、後ろに『っぽいなにか』が付く。
「ん、結構、戦い慣れてる?」
「《ガガァァァァ!!》」
「……なるほど。オタク侍が狩り損ねた残党か。いや、全滅させるのはやり過ぎだって、手加減したんだっけ?」
「《ガガァ!》」
「ま、どっちでもいい。私はただブチ転がすだけ!《三十重奏魔法連・氷結杭!》」
主雷撃を撃ち尽くしたリリンサは戦況を一変させるべく、30発の氷結杭を放った。
リリンサの小さい身体をぐるりと囲むように出現した鋭き氷の槍は、規律の取れた動きで射出され……全弾、ドグマドレイクの上半身に叩きつけられた。
その結果は……無傷。
ドラゴンの強靭な鱗はランク4程度の魔法では貫けない。
「馬鹿なッ!?ナキがドヤ顔になる氷結杭だぞッ!?」
「そうよ、氷結杭は私の自慢なの。受けてみる?ソクト」
「冗談だ。だが、冗談じゃないぞ……」
「えぇ、本当にどげなことなの?恐ろしか……。ドラゴン、恐ろしかぁ……」
「これくらいで怖がってちゃダメだよ。なにせここからは……後方支援型魔導師たるこの僕が参戦するからね。《空間認識転移》」
氷結杭はあっけなく砕け散り、吐き出されていた炎の余波によって、完全に気化している。
そんな中、もうもうと沸き立つ湯気を纏わせ、ドグマドレイクは油断なく獲物を探す。
今まで目の前にいた害敵の姿が見当たらないのだ。
「まずは周囲に被害が出ない様に封鎖する《対熱光冷却結界》」
ワルトナが唱えたのは、ランク7の防御魔法。『対熱光冷却結界』
その効果は、指定した範囲内に存在する物体が受けた光と熱の影響を無効化し、一定の温度を保たたせるというものだ。
今回指定したのは、ドグマドレイクを中心とした霧の発生地帯を除く、周囲30m。
それはドーナッツ状となっており、涼しい風がソクトの背筋を震わせる。
「さ、寒いッ!!」
「次の攻撃の下準備でね、これがあると無いとじゃ威力がまるで違うのさ。ちょっとだけ我慢してねぇ。ほら、来たよ」
「落ちろ!《導雷針!》」
ワルトナの転移魔法を受けたリリンサは、遥か彼方の上空にて、大仰に杖を差し構えた。
自然重力に導かれ落下しているが、微塵も恐怖など感じていない。
考えている事は、『放った魔法がどれだけ相手にダメージを与えるか』、ただそれだけだ。
そして、リリンサが構えた星丈―ルナ杖の先端から、天を裂く一条の雷が放たれた。
「グガァァァッッッ!?」
「ぐあぁぁぁッッッ!?今のはなんだッ!?!?」
ズダァアアアン!という雷鳴が響き、悲鳴が二つ繰り返された。
屋根に付けられた避雷針に向かう雷のように、寸分違わず、リリンの放った導雷針はドグマドレイクの脳天へ落ちたのだ。
そして、その攻撃はまだ終わっていない。
「水蒸気爆発って現象があってねぇ。霧で満たされた空間に高温の熱源が出現すると、急激に気化膨張して危ないよって奴さ」
「……あぁ、それなら知ってるぞ。ナキが料理していると良くなる奴だな。揚げ物が吹き飛ぶんだ」
「そうそう。で、今回吹き飛ぶのは……ドグマドレイクさ!」
ドグマドレイクは、リリンサが放った導雷針を耐えきった。
それを可能にしたのは、やはり、強靭な鱗。
ドラゴンの鱗はただ堅いだけではなく、高い絶縁性と炎熱耐性を持っている。
いわば、天然の魔導鎧を着ているようなものであり、それを真正面から破壊するのは容易ではない。
だからこそ、リリンサは弾かれると分かっていながらも氷結杭を放った。
そして狙い通り、氷結杭は瞬時に帰化し、その霧はドラゴンの肺を満たしている。
そんな状態で、ドグマドレイクは迎撃の炎を使ってしまった。
そして……体積が1700倍になった水蒸気が口から吹き出し、激しく身体を乱回転させたのだ。
「あはは、コントロールが効かずに暴れ回ってるよ!風船だねぇ、風前の灯だねぇ!」
翼を使う以外の方法で初めて空を飛んだドグマドレイクは、最終的に地面に叩きつけられた。
空から落ちてきつつ狙いを済ましていたリリンサが、魔法を纏わせた星丈―ルナで頭を殴ったのだ。
ブベェ!っという、無様な空気の抜ける音。
それでもドグマドレイクは死んでいない。
ピクピクしているが、一応、辛うじて、ギリギリ生きている。
「ぐ、グオオオオオ……」
「ん、良い手ごたえ」
「あぁ見事にへこんだねぇ、心身ともに」
ドグマドレイクは屈託のない笑顔を向けて来ている少女を見て後ずさった。
生を受けてより23年。
初めて感じる死の危険に、ドグマドレイクは……。
「グガギャァァァァ!!」
ふっキレて、無策の突撃を繰り出した。
「ワルトナ、トドメ!」
「おーけー」
「……トドメを差しちゃダメなんじゃないのか?」
「《五十重奏魔法連・極炎殺!》」
「《五十重奏魔法連・千年不動滝!》」
「あ、死んだな」
炸裂、凍結。
爆発、結氷。
融解、結晶。
何度も何度も繰り返される、50回の破壊の温度差。
それらはドグマドレイクに振れる事は無く、ただひたすら環境破壊を行ってゆくだけだ。
吹き荒れた理不尽が過ぎ去った後、ドグマドレイクは放心していた。
ドラゴンの威厳などまるでないデカイだけのトカゲ。
心を粉々に砕かれたドグマドレイクには、もう、立ちあがる気力が残っていない。