第38話「最深部へ」
「……一撃、いや、連携攻撃だったから二撃で木端微塵か……。ちょっと強力すぎないか?ナキ」
「あらソクト、興味がありそうね?体感してみる?」
「その対価として、キミは大切な仲間を失う事になるが、それでもいいか?」
「ソクト……。アイツは良い奴だったわ」
「キミって奴は!!」
通常であれば、決死の戦いに勝利した証として、歓喜の雄叫びをあげる事だろう。
それほど、ランク8という生物は絶対強者なのだ。……が、それは普通の枠組みの中にあるからであって、ワルトナやリリンサの知る所ではない。
なぜなら、リリンサもワルトナも、自分達と同じ領域に立つ者がいる事を知っている。
このシケンシの森の先、ハザードアラート最深部を見ながら、ポツリとリリンサは呟いた。
「ワルトナ、そろそろ結界が近いね。遊ぶのはやめよう」
「おや?キミが僕を諌めてくるなんて珍しい。何か気になる事でもあるのかい?」
「ん、なんとなく危険な奴がいるような気がする」
「そうかい。キミが危険っていうのなら、レベル最大値でも居るのかもね」
後ろの方で行われている小競り合いを無視して、リリンサは歩き出した。
それにワルトナが続き、爆散した黙示録鹿の残骸を転移させてたモンゼやブルート、それにシルストーク達も追従する。
僅かな距離を、重苦しいほど沈黙での行軍。
まるで向かう先が死地であり、抗いがたき強者がいるとでも言うかのようだ。
そして、その強者を喰らわんとする獣のように、ヒタヒタと足音を消して森の最深部へ近づいてゆく。
やがて、それは見えた。
通常では見える事の無い緑色の結界壁が反り立ち、それに放射状にヒビが入っている。
それはクモの巣状に円を書いており、見方によっては非常に深秘的な光景だ。
そんな中、陽気なリリンサの声が響く。
「……。あ、ドラゴンが挟まってる」
「挟まってるねぇ。はしたないねぇ」
バキバキにヒビ割れた結界壁の中心には、赤黒い色のドラゴンが挟まっている。
そのレベルは……『97881』。
今まで出会った最高値のレベルと、その30mを超えるあろう巨体を前にして、熟練新人冒険者達は一様に口を押さえた。
「「「「「な、……なな、、なん……」」」」」」
「……ワルトナ、何でドラゴンの鼻先にお肉が置いてあるの?」
「ちょっとからかってやろうと思って。届きそうで届かない、ギリギリの距離さ!」
「「「「「なんて酷いッ!!」」」」」」
結界に挟まっているドラゴン――『ドグマドレイク』は必死に舌を伸ばし、目の前の連鎖猪の肉を獲得しようと、もがき苦しんでいる。
具体的に言うならば、腹が減っているドグマドレイクは、舌を使ってどうにか肉を引っぱり込めないかと、必死になってペロペロしている。
まさに、鼻先にニンジンをぶら下げた馬のような状態を見て、冒険者達は笑い声を出さない様に必死に口を押さえた。
声を出せば我慢できなくなると分かっているのだ。
それでもソクトは、この場の年長者の義務として「アレはなんだ?」と口を開く。
「ワ、ワルトナ君……。あのドラゴンは、ドラゴンに見えるが……。くく、ドラゴンって可愛い所もあるんだな」
「笑っているけど、今のキミ達が戦っても殺されるからね」
「えっ。」
「そう。あのドラゴンはドグマドレイク。攻守ともに高い水準でバランスが取れたドラゴンで、あなた達が持っている剣や、ランク7以下の魔法では歯が立たない」
「えぇっ!?」
ドラゴン相手に手加減をする冒険者は、冒険者とは呼ばない。ただの馬鹿だ。
当たり前の事だが、全長30mもの巨体は強い。
単純に考えても、皮膚の外側から心臓までの物理的な距離が遠く、多くの攻撃手段ではそれに届かないのだ。
しかも、ワルトナはドグマドレイクを殺すつもりがない。
そこら辺の説明をする為に、ここにいる一同を集めて口を開く。
そしてドラゴンは、そんな事とは露知らず、血眼になって連鎖猪の肉をペロペロしている。
「今回のミッションは、①危険生物の駆除、②結界に挟まったドラゴンの除去、③結界の修復、④恒久的な街の安全の確保となる。これはいいね?」
「うん」
「あぁ、それが良いだろう。こんな経験を他の冒険者がしたら普通にお陀仏だ」
「で、ドラゴンを殺してしまうと、④に不具合が生じる恐れがある。それは何でだか分かるかな?」
ワルトナのその問いに答えた者は居なかった。
この場で最も危険な生物こそドグマドレイクであり、それを取り除くのは必須だと考えているからだ。
「あらま。誰も分からないのかい?勉強不足だねぇ」
「……ん、考えても分からない。どうしてドラゴンを殺してはダメなの?」
「それはね、ドラゴンってのは、他のドラゴンの支配領域には可能な限り侵入しないからさ」
「縄張りに近づかない?」
「そういうこと。つまり、ここら辺はあのドラゴンの縄張りで、他のドラゴンが来ない。だが殺してしてしまったら?」
「……新しい縄張り争いが、この近くで起きる?」
「正解!そして、最深部に潜んでいるような大物がここに来てしまったら、それこそエルダーリヴァーの危機だよ」
しばらくリリンサとワルトナの会話は続き、それをソクト達は静かに聞いていた。……青い顔で。
ワルトナがしている説明は、もし実現してしまったら成す術がない。
今回のような薄氷上に成り立っている奇跡など起こらず、エルダーリヴァーは滅亡するのだ。
「つまり、あのドラゴンを殺してしまうと、私達でも対処できない強いドラゴンがここら辺に住みついてしまうかもしれない?」
「正解!」
「そして、次にまた結界が破れそうになった時、そのドラゴンが脆くなった結界を完全破壊してしまう可能性がある?」
「おや、マジで冴えてるね!正解だ!!」
リリンサは、師匠シーラインにこの森の奥へ連れて行かれた時の事を思い出していた。
そこで、当時10歳にも満たなかったリリンサは、とても怖い思いをしたのだ。
言葉を流暢に話す、『チョウショウ』と名乗った特殊脅威個体ドラゴン。
それと師匠の戦いは苛烈を極め、リリンサの魂に『ドラゴンには、私よりも強い奴がいる』という記憶を刻んでいる。
「結界が完全に壊れれば、危険生物が千単位で押し寄せると思う……。一瞬で街が滅びる!」
「そう。でも、今挟まってるドラゴンに結界を壊すパワーは無いし、ここら辺に住みついてくれれば強いドラゴンも来ない。ドラゴンには仲間同士で縄張りを奪い合う習性も無いしね」
「なるほど。追い返せばいいってこと!」
「だがそれは殺すよりも難しい。まず、死なない程度に痛めつけ、人間は怖いと教え込むのが必要だ」
「ボコる!」
「次に、動きを封じつつ、僕が結界を解除、瞬時にドラゴンを叩きこむ」
「ボッコボコ!!」
「そして、結界を塞げばミッション完了だね!」
「私はボコるだけ!!難しい事はワルトナの出番!」
「ボコるのは僕も一緒さ!仲良く二人でやろう」
そして、二人の幼女は可愛らしくハイタッチをした。
段々感覚がマヒしつつある冒険者達は、この二人ならドラゴンを容易にボコるのだろうと確信している。
特に、リリンサは持ち前の剣でドラゴンを痛めつけるんだろうと、深く頷いた。
だが、それは起こりそうもない。
「さて……。早速始めようか。リリン、魔法解禁だ」
「分かってる。アレの相手は剣での舐めプじゃキツイ。本気で行く!《サモンウエポン=星丈―ルナ》」
「てか、魔法解禁といったけど良く考えたら、さっき平然と使ってたねぇ。稚魚を黙らせる為の威嚇射撃に」
「深く考えなくていいと思う!」
ボケとツッコミをしつつ、ワルトナも黒丈―ススキノを呼び出して握る。
二人の魔導師の、特にリリンサの堂々とした魔導師な姿を見て、困惑の声を上げたのはシルストークとナキだ。
「えっ、リリンサ……?剣が舐めプってなんだよ……?」
「嘘……それって、魔導杖よね?」
「ん。私の本職は魔導師!剣を使っていたのは趣味でしかない!!」
「……。趣味って……。趣味って……。」
「ははは、そうよ、そうよね。空間転移が使えるのに魔導師じゃない訳ないじゃない……。はは」
「……。騙してて、ごめん?」
「「謝るくらいなら、さっさとあのドラゴンをどうにかしてッ!!」」
「分かった!ドラゴンもブチ転がす!!」