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悪辣聖女見習いと行く、リリンサの冒険  作者: 青色の鮫
第2章「新人冒険者とドラゴン」
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第36話「熟練新人冒険者②」

 轟いた雷鳴。

 肉を焼き斬った香ばしい匂い。


 ソクトは、そのあまりの手ごたえの無さに驚いて硬直し、自分が握っている剣を見つめている

 やがて、どうにか言葉が発せられる状態にまで回復すると、地面に倒れ硬直している存在へ語り掛けた。



「なぁ、破滅鹿。キミはレベル8万だっただろう?どうして首が胴体から離れてしまったんだい?」

「……。」


「あぁ、言わなくても分かるよ。そのつぶらな瞳を見ればね。……剣で斬られたんだろう?」

「……。」


「そう、剣で斬られたんだ。エルダーリヴァー最強の剣士、ソクト・コントラーストにやられたんだね」

「……。」


「ワルトナ、なにあれ」

「壊れたんじゃない?叩けば直るかもよ?」


「分かった……《主雷撃!》」



 リリンサはワルトナに言われたとおりに剣で殴ろうとして、第九守護天使が掛っている事に気が付いた。

 そして、いちいち解除して掛け直すのは面倒だと思い、手短に主雷撃で済ませたのだ。


 雷鳴が轟きブスブスと地面が焦げているが、ソクトは無傷。

 だが、目の前で繰り広げられてた破壊の光景は、壊れた人格を元に戻すには十分な効力を発揮した。



「なんだ今のは!?雷でも落ちたのか!?」

「……。エメリーフ、ナキ。実は、あなた達に教えた幽玄の衝盾よりも強力な防御魔法がソクトには掛っている。こんな風に、《主雷撃!》。魔法を打ちこんでも全く効かない」


「ぐわぁぁぁぁ!?目がッ!目がッ!!」

「……。でも、視野には影響があるから、油断は禁物だと思う!」



 ツッコミついでに防御魔法の有用性を実演して見せたリリンサは、超高速で頷く二人を見て、満足げに微笑んだ。

 リリンサは純粋な気持ちでシルストーク達の戦闘力向上を目指しており、それは、友人となった彼らの人生が少しでも良くなるようにと思っての事だ。


 一方、ワルトナは、そんな感情論なんかでは動かない。

 純粋無垢な利益主義者であり、自由自在に動かせる手駒を得るべく、ほくそ笑んでいる。



「おほん、ソクトさん、どうだい?新しい装備品の使い心地は?」

「正直に言って、世界が違う。この極雷剣に比べたら、今まで私が使ってきた剣など……ペーパーナイフみたいなもんだな」


「ペーパーナイフとは面白い表現だねぇ。ちなみに剣皇シーライン様は、空中に投げたメモ用紙を切り刻んで紙ふぶきを舞わせるらしいよ?」

「なるほど。極め尽くした剣はペーパーナイフになるという事か。よし、この剣でそれが出来るように頑張ろう」


「はは、とても難しいと思うけど頑張ってー。……熱血だねぇ、燃焼だねぇ」



 なんか話がおかしな事になった気がするけど、別にどうでもいいやと、ワルトナは思考を切り替えた。

 その視線の先では、破滅鹿の頭を囲み、何やら議論をしている熟練新人冒険者の姿。

 これは見たこと無い生物ね……。とナキが杖でつついている。



「あぁ、ナキさん、その頭は高く売れるから傷つけない方が良いよ」

「この鹿、高く売れるんだ?いくらくらいが相場なの?」


「だいたい4000万エドロくらいかな―。角折れてないし」

「へぇー。4000万かー。……4000万?……えっ!?頭一つで、4000万エドロッッ!?」



 上ずった声に頷いて肯定したワルトナは、良い笑顔で「一応言っておくけど、マジだよ」と付け加えた。

 そして、その意味をしっかりと理解したナキは手を滑らし、破滅鹿の口の中に杖が突き刺さる。

 あっ。っと一同が声を上げ、当事者たるナキは悲鳴を上げた。



「こんな頭がどうして4000万もするのよ!?家が買えるじゃない!!」

「その角は、滅茶苦茶品質の良い睡眠薬の材料になるんだ。だから角自体の価値は、連鎖猪の角の5倍以上なんだよ」


「そ、それでも、1000万エドロにしかならないじゃない!」

「頭を丸ごとを剥製にした装飾品が、貴族に大人気なのさ。睡眠薬になる角を部屋に飾っておくと、それだけで癒された気分になると評判でね」


「寝室とかに飾るって事……?」

「そう、後は客間とかにもね。とにかく、角が折れていない破滅鹿の頭は大変に貴重なんだ。レベル8万の化物の頭を無傷で落とすなんて、普通は出来ないしね!」



 へぇー。貴族って凄いのねぇ。っと、田舎村出身のナキは深く頷いて、優しい手つきで破滅鹿の頭を撫でた。

 その瞳には、『金』の文字が浮かんでいる。



「さて、先に進もう。っとその前に……ブルート、モンゼさん」

「「はい!」」


「僕が予め手袋に設定しておいた転送の魔法で、破滅鹿を不安定機構の支部に送っておくれ」

「ほほう!たしか、こう、魔法を打ち出したい方向に手を向けて念じればいいんですかな?」

「わわっ!手袋に身体が引っ張られます!」


「そうそう、それで良い。手袋を付けている限り、何の魔法が記憶され、どう使えばいいのか分かるはずだ。本能に従って使えば、ほら、この通り」



 モンゼは破滅鹿の胴体、ブルートは破滅鹿の頭へそれぞれ手をかざし、転移の魔法を念じる。

 すると手袋の掌に魔法陣が浮かび、僅かに光り輝いた。


 そして、あまりにあっけなく光は途絶え、破滅鹿は姿を消した。

 リリンサとワルトナに出会う前は、5時間の準備時間の果てに行っていた転移の魔法。

 それをまったく苦労することなく、名実ともに手に入れたブルートとモンゼは、二人揃って……。



「「おぉ!かーみよぉー!」」



 天に祈りを捧げ、自分達の幸運を噛みしめている。



 **********



「おいっ!また何かが出てくるぞ!?」

「もうやめてくれぇぇぇ!!」

「なんだこれはッ!?なんだこの大惨事は!?神に呪われたとでもいうのか!?」



 不安定機構・エルダーリヴァー支部、受付カウンター前。

 その床にデカデカと描かれ、まばゆい光を発している魔法陣を取り囲む一同は、沈痛な表情で成り行きを見守っている。


『支部長の部屋に、連鎖猪、現る。』


 その大事件は、号外新聞として街の至る所で配られ、緊急事態宣言が発令された。

 連鎖猪は角の需要の高さと危険性の両方の観点から、冒険者で知らぬ者はいない。

 そんな抜群の知名度を誇る連鎖猪を使用し、支部長を脅迫した者がいるという情報は、瞬く間に街中に広がったのだ。


 そして、その最も疑われている容疑者は……ソクト・コントラースト一味。

 もともと『転移の呪文をナキは使えるのでは?』という疑惑があった上に、突然現れ転移魔法を実演して見せた幼女を手中に収めたのを目撃されている。

 さらに、集合命令が掛けられているのに来ておらず、そもそも、連鎖猪に勝てそうなのはソクトしかいない。


 言い訳が不可能な状況証拠の数々は、ソクトが犯人だと明確に示した。

 これにより、ソクト達の自宅は差し押えられ、金品なども接収済み。

 汚れた支部長室をリフォームする為の費用として、競売にかけられることが決定している。


 ……などと、平和でいられたのも、真頭熊の惨殺死体が転送されてくるまでだった。


 ボロボロな肉の正体が真頭熊だと支部長が気が付いた瞬間、事態は急変。

 送りつけられていた手紙が真実味を帯び、それはすなわち、今朝届いた『ランク9のドラゴンが街の上空を飛んでいた』という未確認情報と一致してしまう。



 その場にいた冒険者達は、転移陣が輝くたびに、熟練も新人も支部長も関係なく……涙を流し、人生を振り返った。

『もう、逃げ場はない。この街は滅びるんだ。』と、諦めの境地で、絶望している。



 そして再び、床が光り出す。

 今度は破滅鹿。

 その見事な風貌を見た支部長は狼狽しまくり、いつの間にか背後に立っていた人達に気が付かなかった。



「ほう?随分と大事になっているようだな」

「ですねー。それで、病人はどこにいるんですかね?」



 銀色に輝く甲冑と白衣が、興味深げに支部長に問いかけた。

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