第31話「理不尽なる大暴露」
……絶望。
困惑、安堵、激震、希望……。恐怖、恐怖、恐怖、恐怖。
熟練冒険者と新人冒険者達が抱いている感情の大半は恐怖であり、それは、ニタリ。と嗤う二人の少女に向けられたものだ。
一人の少女は、悪意がなく無邪気に。
もう一人の少女は、悪意しかなく天の邪鬼に。
声だけ聞けば年相応の、だが、決して12歳の少女が浮かべるはずのない表情をしたリリンサとワルトナは「いぇーい!」と可愛らしくハイタッチを交わして笑い合う。
そしてその瞳を、まだ生きている獲物へと向けた。
「という事で、僕らの実力は分かったかな?この稚魚どもめ!」
「「「「「……。」」」」」
「おや?返事がないねぇ。リリン、追撃よーい」
「ん!分かった!!」
恐怖のあまり咄嗟に声が出なかった冒険者達は、『追撃』という言葉を聞いて悲鳴を上げた。
だが、追撃をお願いされたリリンサは動きを止めようとしない。
嬉々として氷魔法で凄そうな台座を作ると、二人揃って可愛らしい胸を張りながら登り、その上で偉そうに立った。
さらにワルトナは首に掛けていたペンダントを外し、最後に二人で手を繋げば準備万端だ。
「はい、注目~!」
「ん!」
「リリンサ君……?そんな所に立って、な、なんだというんだ?」
「そうだねぇ、タイトルを付けるなら……『五番目の絶望』って所かな?」
「ふふ、よく見て欲しい!」
「……?いや、よく見ているが……?」
氷で出来た台座の上でポーズを取るという奇行に、訳が分からず困惑している冒険者達。
だが、一人、また一人とその意味を理解し、慣れた手順で行動に移して……無言で、ひれ伏してゆく。
そしてとうとう、その場で頭を上げているのはソクトとモンゼだけになった。
他のメンバーは地面へ額を付けんばかりに下げ、リリンサとワルトナを拝んでいるのだ。
これは、リリンサとワルトナがただならぬ強者であるという雰囲気を、予め感じていたが故に出来た行動。
二人の認識阻害のペンダントが外されている今、そのレベルを瞳に映すというのは自然な事なのだ。
「「「「あ、あぁ……。あぁぁぁぁ……。」」」」
「ナキ、シル達も、一体どうしたって言うんだ!リリンサ君達がなんだって言うんだッ!?」
ソクトもモンゼも、何かしら得体のしれない状況になりつつあるというのは理解している。
しかし、最期の一欠片が足りておらず、答えに辿りつけないのだ。
だが、ようやく。
ナキが必死に絞り出した「れ、レベ……」という言葉を聞いて辿りついた。
瞬時に振り返り、そして――。
リリンサ、――レベル53924――
ワルトナ、――レベル59603――
「ん!やっと気が付いたっぽい?」
「うんうん、気が付いたねぇ。哀れだねぇ」
ソクトとモンゼは、二人のレベルを見て、再び人生最大の金切り声をあげ卒倒し、地面へ頭を叩きつけながら悶絶した。
「「キィィィィィぃぃぃぃぃやぁあああああああああああああああああああああああああああああっっっ!?!?!?!?」」
**********
「ナンダっ!?ナンナンダ、ソノれべるハっ!?お、オカシイだろウっ!!」
「おぉ……神よ……。」
「なんだって言ったって、これが僕らのレベルだよ」
「そう!私達はランク5の新人冒険者!」
「フm、ふジュザケルナァ!!らんく⑤だ何れ、アリエルくぅぅわっ!!」
「おぉ……神よ……。」
「いやいや、正真正銘ランク5だし。うわーん、嘘じゃないよぉー、信じてよぉー」
「ん!いい加減、理解して欲しい!そんなんだから大人なのに稚魚なんだと思う!!」
「ち、稚魚ッ!?ち、ちぎょしょぉぉぉ!」
「おぉ……神よ……。」
「ちぎょしょぉぉぉ!ってなんだよ、ちゃんと喋れ」
「ワルトナ、モンゼも同じことしか言わない。壊れてるっぽい!」
平伏する者4名、脳味噌が大破している者1名、涙ながらに神に祈りを捧げているもの1名。
……ついでに、真頭熊の惨殺死体が5匹。
世界中を探しまわっても中々見られないであろう混沌とした空気をしっかり楽しんだリリンサとワルトナは、どちらかともなく台から下りて、冒険者達に向かって歩いてゆく。
そして、そろそろ収拾を図ろうかと、ワルトナが口を開いた。
「で、何がどうしてこんな事になっているのか、説明した方が良いかな?ソクトさん?」
「あ、当たり前だっ……」
そこまで言いかけて、ソクトは押し黙った。
ワルトナの後ろに立つレベル53924なリリンサが、平均的なふてぶてしい目付きで桜華を振り上げたからだ。
「……あ、えっと、ご説明して頂けませんでしょうか?」
「よろしい。冒険者は縦社会。ランクの高い人は敬うべきだからね」
「そう、貢物として、ドライフルーツを献上してもいい!」
ちゃっかり恐喝し始めたリリンサの口にクッキーを詰め込んだワルトナは、話を進めた。
幸せに暮らしていた善良な冒険者へ、理不尽な事実を付きつけるべく、口を開く。
「僕らはランク5の冒険者。それはつまり、不安定機構でも上位使徒と呼ばれるトップクラスの実力を持つ存在な訳だ」
「あ、当たり前だろうッ!ら、ランク5など、国王直轄騎士団の隊長になれるぞ!?何でそんなレベルが高いんだッ、ですっ!?」
「それはねー僕らは、そのどこぞの騎士団長なんかより、ずっと凄い人物の弟子だからさ」
「なんだってッ!?昨日はそんな事言って無かっただろッ!!です!?」
「あぁ、そういえば軽く説明したっけね。剣皇と大教主の弟子だって」
「なッ!?いや待て、それはなんだ……?その、剣皇というのは……も、もしかして……」
「ご明察かな。リリンの師匠は、『ジャフリート国・第3601代剣皇・八刀魔剣』。……剣皇・シーライン様の事だよ!」
剣を扱う全ての冒険者の憧れ、ジャフリート国。
その国では、ランク3を超える剣士が平然とそこら辺を歩いており、ちょっと探せばランク4、しっかり探せばランク5の剣士が見つかるという伝説の地だ。
なぜなら、その国出身の剣士は、文字通りの一騎当千の力を秘めている。
ランク8の大害獣が複数出現する様な未曾有の大災害発生時、不安定機構から派遣されてくるとされている、銀甲冑で統一された伝説の部隊『鏡銀騎士団』。
たった一度だけ、それらしい人物達がエルダーリヴァーに訪れた事がある。
そして半日後。
彼らは、どこからか大量のドラゴンの首を持ち返ってきたのだ。
その時に見た、レベル99999の和風な服の上にまばらに甲冑を着た男。
あれこそが人類最強の剣士だとされ、その男が統べる国では、幼児は三輪車に乗るよりも早く剣を握り、棺桶に入る直前まで剣を杖代わりにして歩くという。
そんな男の後ろ姿を見たソクトは奮い立ち、見事、ランク3の壁を打ち破ったのだ。
なお、その男の近くに、ふてぶてしい目付きの青い髪の幼女がいた事は覚えていない。
「あ、あぁ、あぁぁぁぁ……」
「ソクト、私はオタクさむら……八刀魔剣の直弟子。敬って欲しい!」
「は!ははぁぁぁぁぁっ!!」
ふんす!っと鼻を鳴らして、リリンサは可愛らしい胸を張る。
かろうじて起伏が分かる程度のそれを見上げる度胸がないソクトは、地面に額を擦りつけ、必死にひれ伏している。
ちょっと面白くなってきたリリンサが桜華の鞘でつついても、その態度が変わることはない。
「さ、て、と。モンゼさん。それと僕の教え子達、ちょっといいかな?」
「おぉ……!神よ……!」
「ひぃ!え、えっと、なにかしら?」
「僕の師匠……大教主様って誰だと思う?」
「おぉ……?神よぅ……?」
「明らかにヤバいんでしょ?どこかの宮廷魔導師とかかしら?いや、教会の大神官かしらね?」
「はずれー。大教主ってのはね、不安定機構の最高位支配者の一人。大教主・ディストロイメアー様の事だよ」
「おぉぉぉぉっ!?神よぉぉぉお!?!?」
「なんばしよっとか!?!?それって、世界最強の魔導師って噂の人物じゃないッ!?!?」
不安定機構支配者、『大教主・ディストロイメアー』。
その名の由来は、『失楽園』『破壊』『悪霊』『多幸感』。
聖者と悪者。
生者と死者。
賢者と愚者。
一切衆生、ありとあらゆる人間の負の感情を支配するとされるこの人物こそ、ワルトナの師匠にして、冒険者を統べる者。
その人物は近くにいるとも、唯一神と一緒に世界を見下ろしているとも言われている、一切が謎に包まれた人物だ。
だが、冒険者でこの名を知らぬ者はいない。
なぜなら、冒険者として正式に認可された証明書の末尾には、この名と共に、こう刻まれている。
『法と秩序、願いと悪意を取り違えし者、大教主・ディストロイメアーの名の下に、裁きと死を与えん』
それを思い出したナキは髪を振り乱す程に混乱し、破門されているとはいえ神官だったモンゼは、神に最も近いとされる人物の部下の降臨を知って、涙を流しながら崇め始めている。
先ほどよりも更に混沌とし始めた場の空気をもろともせず、ワルトナは愉快そうに語り出した。
「さぁ、答え合わせの時間だよ。興味と偶然と悪意。それらが入り混じった複雑な大事件。その渦中にキミ達は居るんだからね」
「コ、コ、コ、答エ合ワセ……デスカッ!?」
「おぉ……。神、よぉ~!」
「なんばしよっと!?どげなことしかと!?」
「……言語能力に支障をきたしてるんだけど、大丈夫かな……?」
「みんな壊れてると思う!揃ってポンコツ!」




