第30話「理不尽なるボスラッシュ!⑦大型理不尽魔導師」
ゴゴォ……ンという雷鳴を背景にして、リリンサは悠然と身体を返した。
燻っている死体には露ほど興味を示さず、目と口と鼻の穴を全開にして絶句している新人冒険者の元へと向かっているのだ。
「ん、シルストーク。格闘戦に強い熊は攻撃魔法を牽制として使って倒す。もちろん、隙あらば急所に叩きこむけど、剣で首を切り落とすのが基本……聞いてるの?シルストーク」
平均的なジト目を向けられたシルストークは、命の限りに頭を縦に振った。
この目の前の、大型理不尽冒険者の機嫌を損ねれば、命の灯は簡単に消えるのだと分かっているからだ。
そして……散々にリリンサを挑発してしまったソクトは、地面に膝をついて身体の前で手を組み、神に祈りを捧げている。
その頬には、何筋もの涙の跡が輝いていた。
「さてさて、リリンの近接戦闘の講義は終了だね。いやー見事!ランク5以上の魔法すら使わずに、一方的に森のクマさんを虐殺するとはね、可愛いねぇ、不憫だねぇ」
「ん、次はワルトナの番。魔法でドカーン!」
「そうだねぇ、今度は魔導師たる僕がお手本を見せる番さ。ナキさん、エメリーフ、ブルート。今からキミ達に魔導師の戦闘を見せてあげよう。きっと、いい思い出になると思うよ!」
屈託のない悪人面でニヤケたワルトナは、大変に楽しげな雰囲気だ。
それを見ながら、語り掛けられた言葉の意味を噛みしめ、新人冒険者達は心を一つにして叫んだ。
「「「絶対にトラウマになるとぉぉぉぉお!!」」」
「トラでもないし、ウマでもないよ。……あれはクマさ!」
「「「そげな意味じゃなかと!!ちがうとぉ!!」」」
「はいはい。さてと、まずはキミ達に教えた氷結杭での戦闘から見せてあげよう。《四十重奏魔法連・氷結杭!》」
パリィィィン。と空気が凍てつき、40本の氷結杭が顕現した。
それら一本一本は、完全緻密に造られた、氷の破城槍。
ただの氷の塊たるナキやエメリーフの氷結杭とはまるで違う美術品めいた槍は、ワルトナの両手の人差し指と連動し、行軍を開始した。
まるで見えない兵士がそこにいるかのように、垂直だった氷結杭は水平に構えられた。
指揮者たるワルトナは、音楽隊を指示しているような雰囲気で、優雅に指を振るう。
「《行け》」
その瞬間、たった一人の魔導師が行う、”戦争”が開始されたのだ。
標的は、一匹で数千人の住民を殺す可能性のある、危険な害獣。
埋め尽くすような槍の乱舞と静まりかえる空気。
その軌跡には霜が走り、周囲の気温をどんどんと下げて行く。
ワルトナの氷結杭は発している膨大な冷気により、相対した者の動きを鈍らせる効果があるのだ。
「《グガァァ!》」
「《グオオオオオオ!》」
だが、真頭熊は迫りくる氷結杭に反応を示した。
低下した身体機能など誤差であるかのように、けたたましく咆哮を上げ、両腕と両足に魔法を纏わせる。
迸る雷光と、揺らぐ陽炎。
先陣を切ったのは、雷光を纏ったランク8の真頭熊だ。
魔法により反応速度を上昇させ、目の前15cmまで迫っていた氷結杭を撃ち落とす。
「グガァァァァァァァッッッ!」
一秒、二秒、三秒。
たったの3カウントの間に20発の氷結杭がその身に迫り、全弾が細かな結晶へと変貌した。
叩きつけられた膨大な腕力と、それに付随した数万ボルトの雷撃が、一撃で氷結杭を破壊して行ったのだ。
「ひゅーやるね!だが……、欠片を残しちゃダメなんだよねぇ!《再形成!》」
自身の周囲に迫った危険物を砕き終えた事で、その真頭熊は油断していた。
キラキラと無数に舞う、氷結杭の欠片。
それらを見据えたワルトナが右腕を振るうと、真頭熊を中心に放射状に衝撃が走り抜けた。
舞っていた氷の欠片は、もう、どこにも残っていない。
20本の氷の槍が突き立てられ、身体の先端まで凍り尽かせた真頭熊の氷像がそこにあるだけだ。
「ランク4の魔法だって、使い方次第じゃ真頭熊を倒せるって事の証明終了だね。でもこれをするには高い技術が必要で練習が不可欠だ。だから次に見せるのは……」
「《ぐォォォォ!》」
「練習のいらない純粋な暴力。高ランクと呼ばれる魔法達だ」
雄叫びをあげた真頭熊の周囲には、炎が渦巻く灼熱の海が広がっている。
雷光を纏った真頭熊と同様に、20本の槍を撃ち落とした陽炎を纏う真頭熊。
相違点は、振るわれた腕が超高温の炎を纏っており、氷結杭を砕くのでなく蒸発させた点にある。
いくら氷結杭が再生能力を持っていると言えど、一片の欠片も無く融解・蒸発させられてしまえば復元できるはずがない。
それを偶然実現させた真頭熊は、あの害敵の攻撃は自分には効かないと、低い声で嗤っているのだ。
そして、それと同様の笑みを浮かべているワルトナは、瞬時に黒丈―ススキノを召喚。
杖の中に魔力を通し、その切っ先を真頭熊に向けた。
「あの程度の氷を溶かせて嬉しいかい?それじゃ、次はこんなのはどうかな?……ランク6《氷山空母》」」
唐突に出現したそれは、白亜一色になった大地と、そこから乱立する対空武器だった。
ワルトナを中心にして、半径5mの大地が瞬間凍結。
そして、隆起して形成されたのは、数百本の投擲槍だった。
それらは細長く、全長2m先端には薄いガラスを張り合わせて作ったような歪な刃物が輝いている。
貫通能力に重点を置いた事が明白な槍を見て、真頭熊もワルトナも、ほう。っと感嘆を含んだ白い息を吐き出した。
「古代の戦争にて活躍した殲滅の布陣も、こんな簡単に再現できるんだから魔法って便利だよね!《うてぇい!》」
バチンッと一斉に投擲槍は射出され、真頭熊の周囲を戦場跡に変えた。
轟々と燃えていた大地は一瞬で鎮まり、物音すらしない。
氷結槍の数倍のスピードで迫ったが故に、その対応が間に合わず、真頭熊の身体の至る所には穴が空いてしまっている。
突き刺さった槍から、ぽたぽたと落ちる血液の雫が大地を汚してゆく。
「見たかい、みんな。僕の魔法を」
「……。」
「……パキ…ン……」
「あれ?返事がないって事は見足りないって事なのかな?」
「……ワルトナ、後ろ!」
「パキ、パキ、バギンッ!!《グオオオオオオオンッッ!!》」
「う、うわぁあああああ……。なんてね!ランク6の魔法じゃ満足できないと思って、あえて急所を外しておいたよ」」
槍に差し止められていた真頭熊が、最期の雄叫びをあげて走り出した。
体中に穴が空いていようとも、その傷口が凍傷により壊死してしまえば大量出血には至らない。
屈強な生命力持つ真頭熊ならば、最期の抵抗をする程度、造作もない事だった。
ワルトナの思惑の上で命を繋いだ真頭熊は、本能のままに喰い殺そうと、その柔らかい体に牙を突き立てようとして――
「はいじゃーランク7、いって見よー《磔刑の氷樹》」
その腹に太さ50cmの氷の樹木が貫通し、あっけなく死んだ。
大地から生えているように見えるそれは、回避不可能なランク7の魔法。
氷で形を作った後で刺し貫くのでなく、敵を巻きこんで出現するその樹木は、たとえどれだけ反射神経が良くとも対応など出来やしないのだ。
「はい、お終い。どうだい僕の教え子たち。ちょっと魔法が得意な僕は、レベル9万のクマを殺すのに、ここから一歩も動かなかった。これこそが魔導師。後方から圧倒的な力と物量で殲滅する事こそが真髄なのだと理解してくれたかな?」




