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悪辣聖女見習いと行く、リリンサの冒険  作者: 青色の鮫
第2章「新人冒険者とドラゴン」
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第29話「理不尽なるボスラッシュ!⑥大型新人冒険者」

「オワタ……。べ、真頭熊が5匹もいるナンテ……、オ、オワタァ……」



 仲間同時で抱き合いヘタリ込む、熟練冒険者達。

 つい先ほど体感した理不尽の余韻が抜けきらぬままに、己が知る最も強大な害獣が出現してしまったからだ。



「兄ちゃん!レベルが9万もあるよ!?」

「……9万?アァ、ホントだ、9万を超エテルナァ。フヘヘー」



 ソクト達はその実力を良く知るが故に絶望しているが、シルストーク達はそこまで錯乱していない。

 新人冒険者にとって、ランク5連鎖猪とランク9真頭熊、そのどちらも圧倒的格上であり、何が違うのかが良く分かっていないのだ。



「リリンサ。兄ちゃん達があれだけ怯えるって事は、あの熊はヤバい奴なのか?」

「うん。割とヤバい」


「……お、おおぅ……。リリンサがヤバいってどんだけだよ……」

「あの熊は真頭熊といって、格闘戦ならドラゴンにも普通に勝つ」


「ドラゴンに勝つだって!?って、ドラゴンの強さが分からないんだけど……」

「ん。んー。ワルトナ、真頭熊が5匹もエルダーリヴァ―の中に入ったら、住民って全滅するよね?」


「するねぇ。健康な人が街からいなくなるまで、3時間も掛らないと思うよ」

「ん、というくらいには、ヤバい!」

「やべぇえええええ!!」



 良く分かっていなかったシルストーク達へ、リリンサは分かりやすく危険度を示した。

 そしてそれは、シルストーク達の住む街そのものを壊せるという、理解したくない説明だった。


 必死に首を振りながら狼狽し、逃げ出そうとする新人冒険者達。

 そんな可愛らしい子供達を捕まえて頬笑みかけたワルトナは、空間から危険動物図鑑を取り出し、ページを開いて見せた。



真頭熊ベアトリーチェ

 *動物界

 *脊椎動物亜門

 *哺乳網

 *肉食亜目

 *クマ族

 *一頭種


 全長4m、体重400kgを超える二足歩行型の大型クマ。

 高い身体能力と戦闘力を持ち、鋭い爪には魔法紋が刻まれている。

 威力換算にしてランク5以上の魔法を纏わせた腕での攻撃が得意であり、一匹でも街に出現すれば、住民全滅も珍しくない。


 さらに、特筆すべきは、その残虐極まりない習性だ。

 真頭熊は獲物を殺さずに捕獲し、一か所に集めてから、ゆっくり捕食する。

 その時に死んだ獲物には興味を示さず、生きている状態の獲物のみを喰らうのだ。


 その習性は一貫性があり、捕食中に獲物が死ぬと別の生きた獲物へ興味を映し、捕食中の生物は放置する。

 また、真頭熊は捕食活動よりも獲物の捕獲を優先する為、町に侵入した場合、発見した住民を全て半死半生の状態にするまで狩りを止めることはない。


 真頭熊の出現後、食い散らかされた数百名~数千名の遺体が残る事から、『食い潰し』とも呼ばれて恐れられている。

 危険生物としての脅威度は『S~特A』クラス。


 ※速やかに不安定機構の上級使徒を呼ぶべし。



「わ、ワルトナ、これ、ほんと……?」

「本当だねぇ、真実だねぇ」


「あの熊、ランク5の魔法を使うって書いてあるんだけど……」

「熊の爪って模様があってね、魔法剣みたいな特殊能力があるんだ。真頭熊の場合は、どんな効果の爪なのか個体によって違うから、対策が立てにくいってのも厄介だねぇ」



 ワルトナの言っていることは、嘘偽りのない事実だ。

 爪には魔法紋と呼ばれる溝が掘られており、そこに魔力を流すことで、魔法が発動される。

 真頭熊ベアトリーチェという名の由来は『森に住む魔女の化身』だと言われていたからであり、複数頭の群れともなれば様々な魔法が飛び交う事になる。


 改めてその危険性を知ったシルストーク達は、ソクト同じように仲間同士で抱き合い、怯え始めた。



「あー、震えているねぇ、可愛いねぇ。……ちなみに、僕がさっき『世にも珍しい真頭熊の群れ』って言ったのは何でだと思う?」

「し、知らないよ……!」


「真頭熊は基本的に1匹で行動するんだ」

「……5匹もいるじゃん。全然、1匹じゃないじゃん」


「たぶん、3匹がオスで2匹がメスなんじゃないかなー?三角関係ならぬ、五角関係なドロドロの恋愛劇の途中で、必死にアピール中なんだと思うよ」

「アイツら、熊のくせにデートしてるってこと!?」


「そうそう、クマのデートとか珍しいだろ?ラッキーだね!」

「ラッキーな訳ないだろ!!俺達、殺されそうなんだよ!?」


「いやいや、ラッキーだよ。ね、リリン」



 子供同士でからかい合っている様な緩い雰囲気で、ワルトナは笑っている。

 この場にいる誰しもが死ぬかもしれないと絶句する中で、真頭熊に視線すら向けていない。


 そして、それはリリンサも同じだ。



「ん、あの毛皮は三百万エドロ以上で売れる。とってもオイシイ獲物。だけど……肉は美味しくない!!」

「肉は美味しくないって、食ったことあんの!?」


「ある。10時間くらい煮ないと硬くて食えたもんじゃない。味付けも濃い目にした方が良い!」

「いやいやいや、あれのレベル分かってる!?9万だって分かってるっ!?」


「もちろん分かってる。そして、あんなのに私達は負けない!」



 大胆不敵に、ふんす!っと鼻を鳴らしたリリンサは、桜華を鞘から抜いた。

 研ぎ澄まされた殺意が露見し、その場の空気が張り詰める。



「所でワルトナ。あの熊って、私達のこと品定めしているっぽい?」

「してるだろうね。どうにか他のオスを出し抜いてメスにアプローチをしようと思ってるんじゃない?」


「クマのくせに生意気。全部転がしていい?」

「僕にも分けておくれよ。……半分こしよう」


「5匹じゃ割り切れない」

「……じゃんけんで」


「「最初はグー!、じゃんけんっ!」」


「ぱー」

「ぐー」


「私の勝ち!」

「……。僕、キミにじゃんけんで勝てたこと無い気がする……」



 繰り広げられた光景は、まさに、子供がおやつを分けあう光景そのものだった。

 そんな、平均的な笑みで勝ち誇るリリンサと、ぐぬぬ……と悔しがるワルトナの姿は、決して、ランク9の化物の前で見せていいものではない。


 ソクトとモンゼは震えながら、「もしかしたら、リリンサとワルトナなら勝てるかもしれない」と思っていた。

 ナキとシルストークは震えながら、「たぶん勝てるだろう」と思いつつ、その気持ちに確証を持てないでいた。

 エメリーフとブルートは震えながら、「何らかの手段で逃げる事が出来るのかも?」と、考えていた。


 だが、決死の戦いを挑むべき存在を、じゃんけんで分け合うとなどと思っていた者は、この場にはいない。

 唖然とする空気感の中、ワルトナが動き出した。



「ちぇー。ナキさんやエメリーフに、僕の魔法をいっぱい見せてあげたかったのになぁ……《南極氷床アンブレイクアイス》」



 スダァァァン!というけたたましい、激突音。

 5匹が横並びに立っていた真頭熊の中央左よりに、高さ2m、長さ10mの氷壁が落下し、真頭熊を2グループに分け隔てた。



「その点は大丈夫。私も魔法を使う!」

「あぁ、それが良いね。派手にいこう」


「ん!分かった。シルストーク、あと稚魚二人。レベルの高い危険生物との近接戦闘職はこういう風にやる。よく見てて欲しい!」



 開幕の合図は、リリンサの詠唱だった。

 剣を構えて真頭熊に視線を向け、見学者の誰もが知らない魔法を唱える。



「《 二十重奏魔法連ヴィゲテットマジック雷光槍サンダースピア!》」



 チカッ!っと閃光が走った数瞬後、リリンサの頭上に20個の魔法陣と、そこから延びる光の槍が顕現していた。

「ふぇぇ?」っという、空気の抜けたような悲鳴を合図にして、リリンサが走り出す。



「ん、見てて!」



 先頭を走るリリンサと、その後ろに追従する20の閃光。

 その目が見据えているのは3匹の真頭熊であり、一直線に駆け寄ってゆく。


 そして、対峙している真頭熊も反応を見せた。

 3匹いる内の一番左。

 狙っていたメスと別れてしまって不機嫌だったこの真頭熊は、さっさと獲物を倒そうと筋肉を唸らせ、咆哮する。



「《グオオオオオオン!》」



 大地が爆裂し、体重500kgの肉体が前方に打ち出された。

 魔力を通わせた後ろ脚で、『大跳躍』の魔法を発動。

 時速200kmを超える猛烈なスピードでリリンサへと迫る。


 だがそれは、リリンサにとって予定調和だった。



「《5発、射出》」



 持っていた剣で真頭熊を指し示した瞬間、後ろに控えていた雷光槍が天を翔けた。

 真横に走る雲間放電のように雷鳴を響かせ、真頭熊の頭蓋に突き刺さる。


 ぐらり。っと巨漢が傾き、地面へと落ちた。

 そのまま勢いよく激突し、土煙と砂を巻き上げながら地面を転がった真頭熊は、リリンサの目の前まで来て――、噛み殺してやると、鋭い牙を剥いた。



「グガァアアアアッッッ!」

「じゃあね。」



 だが、真頭熊の命はそこまでだった。

 大きく開いた口は二度と閉じられる事はない。

 リリンサが振るった桜華によって切り裂かれ、上顎と下顎が分離してしまったからだ。


 残り2匹の真頭熊は、飛び出した仲間の結末を見て、危機が迫っていると認識した。

 瞬時に両腕へ魔力を通すと、爪に掘られた魔法陣を起動。

 吹き荒ぶ暴風と、ごつごつとした岩を纏った巨腕を振りかざし、迎撃の準備に入る。



「ん、《多層魔法連・飛翔脚フライトステップ瞬界加速スピーディー次元認識領域トライキュービクルスフィア》」



 そして、それを見たリリンサは嬉しげに頬笑むと、近接戦闘用のお気に入りバッファ魔法を使用。

 残り15発となった雷光槍を従えて、岩を纏った真頭熊に突撃を繰り出す。



「削ぐ。えいえいえいえい!《3発!》」



 真頭熊の突き出した腕へ、まずは四連撃。

 纏っていた岩の外装のほぼ全てを削り飛ばすと、その腕に雷光槍を3本突き刺し、有爆させた。

 そして、吹き飛んだ腕の衝撃でバランスを崩した真頭熊の首を、リリンサは躊躇なく跳ね飛ばす。


 雷光槍は超高温の雷を通過させ、熱傷を与える魔法だ。

 だがリリンサは、あえて射出の威力を弱めて対象物内に刺し留め、数本を干渉させ合う事で爆発させたのだ。



「残り一匹。……ん?」

「グガァ!!」



 狙っていたメスの最期を目撃し、風を纏った真頭熊は怒り狂った。


 振りかぶった拳の手の甲から圧縮空気を打ち出し、超加速。

 轟くような大音響と衝撃波を撒き散らしながら地面を叩き、周囲一帯を弾き飛ばした。


 それが起こる前に、身体の前に雷光槍を割り込ませる事で直撃を回避したリリンサは、興味深げに称賛の言葉を贈る。



「戦闘慣れしてる。流石ランク8!」

「ぐるるるる……」


「ふ、かかってきて。遊んであげる」

「グルオッ!!」



 リリンサは両腕を左右に広げて無防備を晒し、真頭熊を挑発した。

 それは、戦闘力の低い冒険者が必死になって行う威嚇行為に似ており、真頭熊にとっては必勝の印だった。


 最後の真頭熊は戦闘経験が豊富だと見抜いたリリンサは、ソクト達の行動をワザと行い、それをした場合どうなるかを実演しようとしている。

「もう最後の獲物だし、講師らしい事もしておこう」という気まぐれは、狙った通りの効果を及ばした。



「グォォオ!!《グガァ!》」



 5m程あったリリンサと真頭熊の距離は1mを切り、完全に殴り合いの間合いとなった。

 空間転移したと錯覚する程に高速で接近した真頭熊は、その速度と体重を全て拳に乗せ、目の前の小さな外敵へ叩きつけてゆく。


 ズガガガガガガガッッッ!!!!と響いた、激しい殴打音。

 拳を打ち出す瞬間に手の甲から風を射出し、拳を引き戻す時には掌から風を射出する。

 生物の限界を超えた動きであり、機関銃の様な殴打が向かっている先のリリンサの姿は、巻き上がった土煙で良く見えない。


 だが、段々とその音は小さくなっていった。

 一発一発は些細な変化だ。

 だが、10秒も経過する頃には、その拳が出す音は消えていた。


 仁王立ちしている真頭熊は、両腕が細切れにされている事を知覚し、声にならない雄叫びをあげた。

 一方、全ての打撃を見切り、反撃の刃で真頭熊の腕を破壊し尽くしたリリンサは、満足そうに頬笑んでいる。



「グガァアアアアアアア!?」

「ん。講習に付き合ってくれて、ありがと……《残り全部発射!》」



 11発の雷鳴が響き、リリンサの取り分の真頭熊(えもの)は全滅した。

 戦闘開始から、僅か3分。

 リリンサは服についたホコリを叩いて払うと、平均的な頬笑みをシルストーク達に向けた。



「これが本当の冒険者の戦闘。覚えておいて欲しい!!」



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