第28話「理不尽なるボスラッシュ!⑤未熟なる冒険者」
「兄ちゃん!?しっかりして!!もう大丈夫だから、イノシシは全部倒したから!!」
「フヘヘー。」
地面に倒れ伏している、五つの存在。
連鎖猪、ソクト、連鎖猪、連鎖猪、モンゼだ。
どれも微動だにしないが、生者と死者の違いはある。
辛うじて息をしているソクトとモンゼは、シルストークとブルートに介抱されながら、虚ろな目で空を見ている。
「兄ちゃん!兄ちゃんってば!」
「……アァ、シルか。私ハ、モウだめダ。間モナク、死ヌダロウ」
「死なないよ!?全然大丈夫だよ!」
「身体ガ、痛クナイんだ。マッタク全然、痛みがなイ。恐らく、千切れてしまったンだろう?」
「全然千切れてないよ!無傷だよ!!」
「無傷、そんな馬鹿ナ?」
「あーもー!リリンサ、なんとかなんない!?」
横たわり脱力しているソクトへ、シルストークは優しい言葉をかけ続けていた。
リリンサからこの後の大まかな流れを聞いており、早く立ち直って欲しいのだ。
そんな切羽詰まった声を聞いたリリンサは、効果的な打開策を提案した。
「シルストーク、引っ叩いてよし。《第九守護天使、解除!》」
「目を覚まして、にいちゃぁぁぁぁん!てい!」
「痛てぇええええええええええええええええええええ!?!?」
リリンサが第九守護天使を解除した瞬間、シルストークは思いきりソクトの頬を張った。
スパァン!っという気持ちの良い音を響かせ、ソクトは1m程吹き飛んで止まる。
「あ、トドメを差された。ちょっとおもしろい」
「自分で提案したんだろ。即答だったねぇ、即倒だね」
「ん、モンゼがナキに蹴られまくってる。あっちもトドメ!」
「あー、確実にトドメを刺しに行ってるね。悶絶だねぇ、根絶だね」
のたうちまわるソクトの横では、同じように錯乱していたモンゼも転げまわっている。
しばらく様子を窺っていたナキが痺れを切らし、無理やり現実へ引き戻しているのだ。
「ぐ!ぐぅぅ。痛い。……痛い?痛いって事は生きてるって事じゃ?」
「だから大丈夫だって言ってるでしょ!兄ちゃん!」
「シル?……。え、いやすまん、寝ボケていたようだ。連鎖猪に殺される夢を見た」
「現在進行形で寝ボケてるよ、兄ちゃん」
「ははは!なにを馬鹿なこ……ナンジャアリャァアアアアア!?!?」
シルストークが無言で指差した先にいたのは、鬼の形相で死んでいる連鎖猪。
それを見たソクトは四つん這いで5mほど後ずさり、怯える。
もう死んでいるという事を示す為にシルストークが小石を投げて見せても、まったく近づこうとしない。
「もう死んでるよ。ほら、反応しないでしょ」
「あ、あれは夢ではない?そんな……だって、あんな攻撃を受けたら死ぬしかないじゃないか……」
「リリンサが掛けた防御魔法があるから、大丈夫なんだって」
「ぼ、防御魔法だと?う、嘘だッ!」
「嘘じゃないんだけど……。リリンサーどうにかなんない?」
未だ混乱中のソクトとモンゼは、連鎖猪とシルストークを交互に眺めた。
二人とも、突風の様に突撃してきたシルストークが、待ち構えていた連鎖猪を斬り飛ばした光景を見ている。
そのまま地面に叩きつけられ、力なく横たわったが、肉を切り裂く音も確かに聞いた。
周囲の視線や状況、戦闘前のリリンサとワルトナの態度、それらを加味した結果……。
ついに、二人は現実に辿り着いた。
「「馬鹿ナ、ソゲナ事アリエナカトォォォォ!!」」
「ん、混ざってる!凄くおもしろい!」
「案外余裕があるのかな?2,3発叩いとく?」
「や、やめてくれ!分かったから!キミらが化物だって分かったから!!」
「よし、叩く!」
「顔を腫らすと面倒だ。狙うなら腹だよ、リリン」
そうして、ソクトとモンゼはリリンサから指導を受けた後、完全に意識が覚醒した。
途中から変な笑みがこぼれ始めており、他にも色んな物が覚醒したようだ。
「……さて、ソクトさん、モンゼさん。キミらがこの場で一番の弱者だと、やっと気が付いたかい?」
「はい!分かってます!」
「拙僧も!」
「よしよし、じゃあ、状況説明をしてあげよう。ほら、新人組もこっちに来なー」
ここからはワルトナの独壇場。
バラバラだった計画を一気に縫い上げて行く、ワルトナの得意分野だ。
「じゃあ、まずは僕らの正体を教えるとしよう……と言いたい所だけど準備に時間が掛るから、実演の後にするよ。リリン、認識錯誤を解除しておいて」
「分かった《神が造りし段階評価、それを欺く―――》」
計画の第一段階。
リリンサの認識錯誤を解除し、本当のレベルを公開する。
本来ならばワルトナのレベルを見せるだけで事が足りるが、リリンサはこの役をするのが好きだった。
そもそも、リリンサが特別なランク9の魔法を使えるからこそ出来る作戦であり、その権利は十分にある。
そして、この魔法は解除するのにも詠唱が必要であり、10分程度の時間を必要とする。
その時間を使って、ワルトナは一気に計画を進めた。
「ソクトさんやモンゼさんが抱いている疑問は、大きく分けて二つだね?」
「正直、二つどころの騒ぎではないが……。大きく分ければ二つだろうな」
「一つ、なぜ、あんなにも強い連鎖猪が大漁にいるのか?二つ、なぜ、シルストーク達はあんなにも強くなったのか?」
「あぁ……。意味が分からない。本当は私は死んでいて、地獄の鬼に騙されてるんじゃないのか?」
「角は生えてないから安心しな。リリンの八重歯は鋭いけど。で、疑問の答えだけど」
「……聞かせてくれ」
「奥の森『ハザードアラート』とシケンシの森を隔てている結界が壊れかけている」
「「え”。」」
「そして、ランク5、6、7、8、9の超危険生物がこっち側に侵入した」
「「「「「「え”?」」」」」」
「見ての……いや、体感した通り、これらの生物は非常に危険だ。なにせ、侵入した生物の中で最弱の連鎖猪ですらあの有り様。まず普通の冒険者には対処できない」
「「「「「「え”ぇ”。」」」」」」
最初の悲鳴はソクトとモンゼだけだった。
だが、その後の悲鳴は、ソクト達とシルストーク達6名によるものだ。
シルストーク達も、ある程度の危険生物が侵入しているとは聞いていた。
特に、リリンサと一緒に実戦を経験したシルストークは、その目で真頭熊や破滅鹿を見ている。
だが、ランク9の化物までいるとは聞いていないと、聞くに堪えない悲鳴をあげたのだ。
「ら、ランク6,7,8,9……?」
「ちょっと待ってワルトナ!ランク8や9がいるなんて聞いてないわ!」
「言ってないしねぇ。ちなみに、不安定機構には連絡済み。今頃、血相を変えて緊急連絡網を使ってランク4以上の高位冒険者をかき集めているだろうね」
「ランク4の……。それほど事態は深刻なのか……?」
「深刻だねぇ。破滅鹿に、黙示録鹿、 非正規犬……そして真頭熊がいるし」
「べ、べあべあべあべあ……」
「べ、べ、べ、べあとりーちぇ……?」
「数年前に隣町に出たよねぇ、真頭熊。その顔を見た感じ、知ってるらしいねぇ?」
ワルトナは、張っている結界の外側にいる危険生物の名前を羅列し、二人の様子を窺った。
そのどれかの危険性を知っていれば、それで十分。
名前をあげた生物は一匹でも出現したならば、その街の存亡をかけた大討伐が執り行われる、ド級の化物だからだ。
そして見事にワルトナの狙いは的中し、ソクトとモンゼとナキは顔面蒼白になった。
「馬鹿な!真頭熊だと!?あんな化物がいてたまるか!」
「そうよ!そもそも、あんなのが奥の森にいるはずないわ!入れなくても、中を眺めた事くらいはあるもの!!」
「あの結界には認識錯誤の効果があって、通ってきた森と同じ景色が続いていると誤認させるんだ。興味を抱かせない為にね」
「そ、そんな効果が!?」
「うそ……。それじゃ、連鎖猪は直ぐ近くにいたってこと……?」
「物理的にはね。だが、キミらはそれこそ、三途の川を渡らないと会えなかった訳だ。で、その結界に穴が空いてしまった」
「大事件じゃないか!」
「そうよ!真頭熊なんて、私達だけじゃ倒せない……。直ぐに町に戻って救援を呼ばないと」
「いやいや、救援なんてとんでもない。あの支部にいたどの冒険者が来ても役に立たないし、死ぬだけだ」
「た、確かに、真頭熊と戦った事がある者は少ないだろう。だが、一匹に30人以上で斬り掛れば……」
「犠牲者は出るだろうけど、確実な手だわ。それしかないじゃない!」
ソクトとナキは必死になりながら、ワルトナの説得を試みている。
だが、ワルトナは頷かない。
犠牲者が出るのが確実な結末など、当然、望んでおらず、そもそも、その対応が間違っていると知っているからだ。
「まぁまぁ、言葉で説明するよりも見て貰った方が早いかな」
「見るだと?何をだ?」
「それはねぇ……世にも珍しい『真頭熊の群れ』をだよ!《次空間の抜け穴》」
ワルトナは、ぱちん!っと指を弾けさせ、空間を指し示した。
それに釣られて全員の視線が指差された場所へと向く。
そして呼応するように、それらは現れた。
――レベル81881――
――レベル82356――
――レベル82824――
――レベル91224――
――レベル93564――
体高5m。
二足歩行で悠然と歩を進める赤褐色の害獣、真頭熊がそこに立っていた。
それらを見たソクトとモンゼとナキは、涙と鼻水と嗚咽と絶望を漏らして抱き合う事しかできない。
その恐ろしき習性を知る者は、皆こうなるのだ。
たったの一匹で1000人を殺した逸話から、畏怖と崇拝を込めて付けられた別名『食い潰し』。
そんな生物が5匹もいるとなれば、恐怖に震える以外、何も出来やしないのだ。