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悪辣聖女見習いと行く、リリンサの冒険  作者: 青色の鮫
第2章「新人冒険者とドラゴン」
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第27話「理不尽なるボスラッシュ!④熟練冒険者の意地」

 

「ブモウ!」

「ブモウ!」

「ブモォォウ!!」


「ヤッテやる!!お前らをキリ刻んで!ハンバーグにして!!食ってヤルからカラナァ!!!」

「くっそぉ!こうなったら自棄です!いるのかどうかも分からない神よ!いるんだったら、拙僧に力を寄越しなさい!!」



 突然に呼び出され困惑しつつも、本能的に危機を察知しヤル気に満ちている連鎖猪。

 そんな野生動物以上に、ソクトとモンゼは雄叫びをあげている。


 それは、事態が急展開過ぎてついて行けず、錯乱しているが為の暴挙だ。

 それでも、構えた剣と拳に一切の揺らぎがないのは、二人が近接戦闘職として卓越した技術を持っているからである。


 裏切られまくったこの状況でも、己の体と技術だけは嘘をつかないと、鋭い眼光を獲物へ向けている。



「……ワルトナ、稚魚が興奮している。唯でさえ勝ち目がないのに」

「モンゼさんに至っては、神様に命令しちゃってるねぇ。連鎖猪と戦う前に神罰で死ぬんじゃないの?」


「それにしても、連鎖猪が残ってて良かったね。いなかったら他のになってたよね?」

「さっきの群れが残ってたんだよ。幸福だねぇ、天国だねぇ。なお、残って無かったら破滅鹿辺りになったと思うよー」


「難易度爆上げ?まぁ、どっちにしても結果は一緒。このままだとモンゼはともかく、ソクトは確実に死ぬ。……だって、第九守護天使が解除されている!」



 リリンの平均的な表情での未来予想を聞いた新人冒険者たちは、それぞれゴクリと唾を飲み込んだ。

 とりわけ、シルストークの表情は深刻なものだ。

 リリンサから第九守護天使の凄さと、連鎖猪の危険性についての講義を受けており、しっかりと事態を理解している。



「リリンサ!流石に死んじゃうのはダメだろ!」

「分かってる。私が望んでいるのはあれを転がす事。木端微塵ではない《第九守護天使せらふぃむ》」

「ん?今何かしたのか?リリンサ君」


「防御魔法を張った。これで攻撃を受けても大丈夫」

「……そうか」



 それだけ言って、ソクトとモンゼは歩き始めた。

 意識を目の前の獲物に集中し、殺意を研ぎ澄ましてゆく。

 なお、その背後ではリリンサが「お礼も言えないとか。解除していい?ねぇワルトナ、解除してド突いて来ていい?」とジト目で抗議している。



「キミがド突くまでもないさ。1分後にはド突きまくられてるよ」

「……ふ。ちょっとたのしみ」


「さてさて、新人冒険者の諸君!キミ達は一晩で随分と強力な力を手に入れた訳だ。だが、獲物だって弱者じゃないという事に気付かぬまま、冒険を続けるとどうなるのかを知って欲しいと思うんだよね!」

「言葉で説明するよりも見た方が早い。そして、身の程を知らない稚魚は体感するべき!」


「ということで、殺戮しょー……もとい、再現映像を見て貰うことになりました!」

「気を引き締めて行かないと、1時間後にはあなた達がアレを体感する事になる……かも?良く見ててね」


「「「「は、はいッ!」」」」




 新人冒険者4名の言葉が重なり、視線がソクトとモンゼに注がれる。

 ソクトは剣を、モンゼは拳を構え、連鎖猪と対峙した。

 だが、直ぐに戦闘が始まる訳ではない。


 細かな牽制をしつつ、人間有利の位置取りまで誘導をするからだ。

 そこら辺の技術はまさに一流。

 その雰囲気を機敏に感じ取ったシルストークは、杖を構えて様子を見ているナキへ話しかけた。



「ナキ姉ちゃん、どうなる思う?兄ちゃん勝てるかな?」

「……一応、私達はあのイノシシよりも大型の危険生物を討伐はした事があるわ」


「そうなの?」

「ええ。真頭熊ベアトリーチェっていってね。隣町からの極秘緊急応援依頼が来て、大討伐に参加したのよ」


「べ、真頭熊べあとりーちぇぇ……。」

「恐ろしい名前でしょう?あの時は確か、冒険者30人がかりで倒したわ」


「さ、30人?真頭熊って群れで行動するの?」

「そんなわけ無いじゃない。その真頭熊のレベルは8万もある究極の化物だったわ。あの時は2人の命と10人の重症者と引き換えに、なんとか勝利を納めたわ」


「……。へー。」



 ちょっと涙ぐんで語るナキの表情を見て、シルストークは困惑している。

 昨日の夜の見張りの時、リリンサと森に入ったシルストークは真頭熊と出会っていた。

 もともと、リリンサが剣の切れ味を見せる為に召喚した剥製も真頭熊であったが、生きている個体ともなれば抱く印象も違う。


 シルストークが抱いた印象とは、「熊とリリンサ、やべぇ……」だった。

 リリンサがシルストークへ戦い方のお手本を見せているとはいえ、10分以上も戦い続けた真頭熊の実力を十分に理解したつもりで、「やべぇ恐ろしい!」と思ったのだ。


 だが、30人の冒険者と同時に戦って互角という情報が新たに加わり、自分の認識が甘かった事を理解。

『熟練冒険者30人と戦って互角の真頭熊』を華麗にあしらいつつ、剣の振り方や攻撃の回避の仕方、急所の狙い方などを懇切丁寧に教えてくれたリリンサが、「たのしみ」だと言いい、真っ黒い笑みでソクトとモンゼを眺めている。


 これからどんな悲劇が起こるのかと、シルストークは震え上がった。



 **********



「モンゼ、二人で連携して、一匹ずつ確実に死止めて行くぞ」

「分かりました。私が陽動、ソクトは雷光剣で一撃必殺ですね」


「そうだ。リスクの高い戦いだが、一匹目さえ超えられれば同数の戦いになる。余裕も生まれるだろう」

「そうですね。ナキはともかく、新人たちにあそこまで威張られては拙僧達の立場もないですから。神だって拙僧達の味方をしてくれるはずです」


「おう、まずは、手前のレベルが43000の奴からだ!」



 剣を構えながら細かな移動を繰り返し、二人は風上に立った。

 相手は猪であり匂いなども感知するが、急に吹いた突風などで砂が舞い目に入ってしまう事故などを防ぐため、獲物と対峙してしまった場合は風上に立つのが定石だ。

 しかも、緩やかな坂道の上に立つ事も出来た。


 ここまでは順調だと二人は思い、連鎖猪の一匹が僅かに前に出た瞬間、二人同時に突撃を繰り出した。



「はぁああああ!」

「せぇえええい!」

「ブモウ!?」



 通常の狩りならば、叫び声をあげながらの突撃などあり得ない。

 だが、今回は奇襲ではなく、無理やりの強襲だ。

 大柄の男が威嚇を発しながら左右同時に近づいてくる光景を前にして、連鎖猪は動けなかった。どちらを狙えばいいのか迷っているのだ。


 そして、僅かにソクトが先に前に出る。

 崩れた均衡を知覚し、ならばこっちから狙うかと連鎖猪が前足を出した瞬間、爆発的加速をしたモンゼが連鎖猪の首筋に痛撃を与えた。



「《地翔足ラピッドステップッ!》そして……《鈍痛拳ハードブロウ!》」



 ドスン!という鈍い音が、無防備な連鎖猪の首筋に突き刺さる。

 その確かな痛みに身動ぎしながら、連鎖猪は角をモンゼへと振り向けた。

 そこに有ったのは、鉄枠の嵌められた屈強な拳だ。



「ふん!《空盾エアロシール!》」



 体の前面に対衝撃の防御魔法を張ったモンゼは、連鎖猪の動きを完全に停止させた。

 更に、向けられた角を両腕で掴み、がっちりと固定。


 そして、雷光が奔る黄金の剣がその首筋に降り注ぐ。

 ソクトが自身の剣に魔力を注ぎ、秘められた魔法を全力発動して振り抜いたのだ。


 あとは、その鋭い切っ先が連鎖猪の毛皮を切り裂き、体内へサンダーボールが駆け抜ければ一匹目の攻略は終わる……はずだった。



「なにッ!?刃が通らない、だと!」



 無念にも、ソクトの剣は弾き返され、纏っていたサンダーボールは何もない空中に向かって撃ち出されてしまった。

 連鎖猪の毛皮は、二人の想定以上の堅さだったのだ。


 だが、ソクト達は連鎖猪を調理する際にその皮の堅さを確認している。

 それなのに自分の剣で斬れると思ってしまったのは、熟練冒険者ではありえない失態だ。


 だが、現実にそれは起きてしまった。

 その理由は単純だ。死んでいる連鎖猪と、生きている連鎖猪とでは、決定的に違うものがあったのだ。


 それは……戦うという意思。

 接近したことで、連鎖猪の毛皮が青く輝いている事を知ったソクトとモンゼは、それがバッファの魔法であると悟った。



「《ブゴォォォォォォ!!》」



 そして、続け様に放たれたその咆哮は、連鎖猪が常用する攻撃魔法『震撃クエイク』。

 前足を振り下ろし放つその魔法は、一定範囲内の地面を揺らし、対峙している生物の構えを解除させる。

 それは、2本足で立っている人間に対し、致命的とも呼べる効果を及ぼす。



「足が、踏ん張れま、うわぁああ!」

「モンゼッ!」



 角を掴んでいたモンゼは、足を震撃に掬われた事で全ての体重が腕に集中してしまった。

 だからこそモンゼは、荷物のようにあっという間に持ちあげられ……、救援に向かったソクトへ叩きつけられた。



「ごっ!」

「ぐぅ!」



 二人の顔面が激突した事を視認した連鎖猪は、満足げにひと鳴きし、身体を後退させてゆく。

 この連鎖猪が行うべき役割。

 それは、モンゼと同じ『陽動』だったのだ。


 この個体は、群れの中で最もバッファ魔法を扱うのが上手く、人間とのにらみ合いの僅かな時間でも発動する事が出来る。

 求められたのは、近づいて来た人間の無効化。

 それが達成された今、もう前線に用はないと脚を返したのだ。


 そして、連鎖猪の名の由来にもなった蹂躙が始まる。

 入れ換わる様にして爆走してきた2匹の連鎖猪。

 その大きな体のレベル52122な連鎖猪は、逞しい角をソクトとモンゼに向かって突き刺した。



「くぉぉぉ!」

「ひぃぃぃ!」



 ガキィィィン!という角が弾ける音を聞いて、ソクトは割り込ませた剣での防御が間に合ったと思った。

 だが、剣で防御をしたにしてはおかしい。

 手に返ってくる感触が何も無かったのだ。


 そんな若干の困惑も、直ぐに塗り替えられた。

 突撃の余波で弾き飛ばされそうになっていた二人めがけて、もう一匹の連鎖猪が突きを繰り出したのだ。

 再び角が弾ける音が聞こえたが、そんな事を気にしている余裕はもう残っていない。


 視界一面に広がる、快晴の空。


 バランスを崩した二人は空へと打ち上げられ、そして、数秒後には自由落下が始まった。

 ソクトやモンゼなどの普通の冒険者は、地面に足が付いていないとまったくの無力と化す。

 しかも、剣を衝撃で手放してしまったソクトは、攻撃手段を持たない唯の的だ。


 万策尽きた二人は、地面に叩きつけられる時の衝撃に対し身構えた。

 だが、その瞬間が一向に訪れにない。



「がッ!?」

「がッ!?」



 再びの、快晴の空。

 途切れることなく繰り返される、子供達がボールで遊んでいるかのような無限ループ。

 地面に落ちる前にもう一度吹き飛ばされてしまった事を知覚し、再び向かう地面の先で連鎖猪が待ち構えている光景を見た二人は、もう2度と、生きた状態で地面に帰ることはないのだと理解した。


 聞くに堪えない断末魔の叫びも、3匹の連鎖猪が駆けまわる音にかき消されて、もう誰にも届かない。



「ぎぃ――」

「ぎゃ――」

「「「ブモォォォォッッッ!」」」



 チュドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!




 **********



「にいちゃあああああああああああああん!!」



 体重500kgを超える肉の塊が、ソクトとモンゼを跳ね飛ばし続けているという戦慄の光景を見て、シルストークはたまらず声をあげた。

 残りの新人冒険者3人は絶句。というよりも、恐怖のあまり涙を流して、へたり込んでいる。



「なんだあれ!なんだあれ!?兄ちゃん達が死んじゃうよ!!」

「まぁまぁ、直ぐにどうなるって事はないから安心しなー。それに、あんまり見られる光景じゃないしね!」



 ワルトナの気さくな声を聞いた4人は、信じられないという顔で連鎖猪の暴風を見た。

 一応、ソクトとモンゼの生存を願ってはいるものの、あの惨状では助かり様が無いと思っているのだ。


 だが、ワルトナとリリンサがまったく動じていないばかりか、うっすら笑みまで浮かべているのを見て、若干ながら立ち直った。

 それを感知したリリンサは、これ見よがしに解説を始める。



「この光景は結構珍しい。本来、ああはならないから」

「えっ?どういう事だよ!」


「連鎖猪も死んだ敵を攻撃し続ける程、馬鹿じゃない。だから、しぶとく生き残っている状況じゃないと、ああはならない」

「しぶといのか、兄ちゃん達……??いや、普通は死ぬけどリリンサの防御魔法があるから生きてるってことだよな?」


「そう。私の魔法が無かったら、最初の突撃角が二人の腹部を貫通。その場に縫い止められて、2匹目の角が背中側から貫通。連鎖猪は本能的に仲間が刺した角の上を狙う性質がある。つまり、2撃目の刺突はだいたい心臓付近を破壊するということ」

「え。そんなの即死じゃんか……」


「だけど、二人には第九守護天使が掛かっていて、角は通らない。……が、連鎖猪は掬い上げるように角を刺すために、体は空中に吹き飛ばされてしまう。そうしてこの状況は出来上がった」

「こ、このあと、どうなるの?」


「第九守護天使は最強の防御魔法であり、凄まじい耐久力を誇る。連鎖猪程度の攻撃では破壊されることはまず無い」

「あ、よかっ……」


「とはいえ、効果時間はそのうち終わる。で、終わった瞬間……。」

「えっ。お、終わった瞬間……?」


「……木っ端微塵。」

「に、にいちゃぁぁぁぁぁん!!」



 リリンサのその声を聞いたシルストークは、一心不乱に走り出した。

 もはや、自分が憧れた上位者を立てるという感情はまったくない。


 ただただ、危険生物に弄ばれている被害者を救出する為に、剣を煌めかせ走ったのだ。


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