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悪辣聖女見習いと行く、リリンサの冒険  作者: 青色の鮫
第2章「新人冒険者とドラゴン」
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第23話「理不尽な野営訓練」

「おーい!食事の片付けは終わったぞ」

「あ、お疲れ様ですソクトさん、モンゼさん。リリンのお願いとは言え、全部任せてしまってすみません」


「いやいや良いんだ、これくらい。連鎖猪の取り分を考慮すれば今回の冒険の食事の支度は全て私達が行うべきだろう。なぁ、ナキ」

「当然じゃない。ワルトナに逆らうなんて、ドラゴンの前で裸で踊るようなものよ」


「なんだそれ。ただの自殺じゃないか」



 信頼を置いている仲間の変貌ぶりに、ソクトとモンゼは揃って首をかしげた。

 しかし、ワルトナの必殺技を見た事による一時的なショックだろうと思い直す。


 魔法に馴染みが無い二人には、ワルトナの氷結杭の凄さがイマイチ良く分からないのだ。



「ところで、リリンサ君とシルの姿が見えないが?」

「ん、ここにいる」



 周囲をぐるりと巡らせたソクトは、直ぐにリリンサとシルストークが居ない事に気が付いた。

 だが、猛禽類のような鋭い瞳で、ナキ、エメリーフ、ブルートが、隙だらけのソクトとモンゼのどこを狙えば効率的に倒せるかと、ギラついた視線を向けている事には気が付いていない。


 そして、まったく予想外な方向からリリンサの声が返ってきた。

 道すらない森から、リリンサとシルストークが出て来たのだ。



「おや?二人とも森に入っていたのか?だが、少数で森に入るのは感心しないぞ!」

「ちょっと散歩してただけ。ね、シルストーク」

「そうだな。散歩してただけだなー……。サンズノカワーを」



 シルストークの声は尻すぼみになり、最後の方はほとんど聞き取れない程だった。

 だが、バッファが掛っているワルトナはしっかりと聞き取り、「三途の川?あぁ、順調だねぇ、尋常じゃないねぇ」と呟いている。



「ところで、リリンサ君に少し聞きたい事があるんだが……さっきの戦闘についてだ」

「ん、なに?」


「あの動きはどうやったんだ?いや、動きそのものよりも、連鎖猪の足を両断出来た事が不思議でしょうがない。……さっき解体する時に苦戦してね。その剣に秘密があるのか?」

「……。まぁ、そう。この桜華は万物両断の能力がある魔法剣。その切れ味はとても凄い。ドラゴンもスッパスパ斬れる!」



 リリンサはまったく悪びれ無く、平然と桜華の性能を説明した。

 だかそれは、簡単には受け入れられない理不尽なる説明。


 ソクトは目と口を限界まで開き、驚愕の声をあげた。



「万物両断の魔法剣だとっ!?ドラゴンも斬れるってそんなもの、噂に聞く伝説の剣じゃないか!」

「伝説の剣?そんなのがあるの?」


「私達のような、いや、剣を持つ者すべてが憧れる『ジャフリート』という伝説の国があってね。ランク4以上の剣士が、普通に街を歩いているという恐るべき国なんだが」



 そのソクトの独白を聞いていたナキは、ビクッッ!!と肩を震わせた。

 ナキは記憶力が良く、特に魔道具に関する情報は忘れない。

 重要な情報は数時間のうちに何度か思い出す癖を付けており、脳に深く記憶する特技を持っているのだ。


 そして、氷結杭関係を除き、今一番興味があるのがリリンサの持つ殱刀一閃・桜華。

 その情報の中に確かに『ジャフリート』という言葉と、その国の剣皇とかいう偉そうな人物から送られた国宝という言葉があった事を思い出し、ナキは理解した。


 うん、あんたが恐れ多くも指差しているその桜華、伝説の剣だから。

 たぶん、100億エドロとかしちゃう奴だから。



「で、ジャフリートには、何でも両断出来る伝説の剣があるという話で、その剣も万物両断という能力があるという噂だ」

「……。それ、お――もぐぐ!」

「リリンお疲れさま、食後のデザートはいかがかな?」



 話とリリンサの口に割り込んだワルトナは、主導権を握りに行く。

 ソクトとしては、リリンサの口から直接話を聞きたかっただけに、ちょっとだけ不快感を表情に出しそうになった。


 だが、先程の氷結杭の威力を思い出し、平静を装う。

 アレを向けられてはたまったものではないと、本能が訴えているのだ。


 なお、その氷結杭を使える人物が量産されていると、まだ知らない。



「これはリリンの師匠が使ってた剣ですよ。確か――ランク4以上の剣士だったよね?」

「もふふ!」

「ランク4だと……。なら、国宝級とはいかなくても、相応の剣を持っていても不思議じゃないな」



 笑顔を向けているワルトナは嘘を言っていない。

 ランク9、レベル99999の魔導剣士パラディン、剣皇・シーラインは、まぎれもなくランク4以上(・・)だ。



「なるほど、切れ味の良い剣があるから堅い連鎖猪の皮も斬れたのか。本当に良い剣を持っているな。羨ましいくらいだ」

「……あなたの剣も魔法剣だと聞いた。電気がびりびり?」


「あぁそうだぞ。この『雷光剣らいこうけん』にはサンダーボールが込められている。この剣で斬った場合、相手を感電させて動きを鈍らせられるんだ。本気で魔力を込めれば感電死も狙えるぞ」

「……さんだーぼーる。ふ、似合っていると思う」


「そうだろう!この剣は私に相応しい凄い剣だからな!」



 そう言って胸を張ったソクトは、不敵に笑うリリンサの横で微妙な顔をしているシルストークに疑問を覚えた。

 いつもならここらへんで、「兄ちゃんすげー!」っという歓声が飛んでくるはずなのだ。


 だが、それは一向に訪れず、むしろ、冷めた空気が漂っている。

 鈍いと言えど、熟練の冒険者たるソクトはその変化に反応した。



「どうしたんだシル、元気が無いじゃないか?」

「……別に、なんでもないよ。ソクト兄ちゃん」


「そうか?なら良いんだが……ん?その腰の剣は何だ?」

「これはリリンサに貸して貰ったんだ。俺の持ってる剣は、あんまり研いで無い模造剣なんだって」



 シルストークが見上げた視線を受けたソクトは、ブルリ。と背筋を震わせた。

 まるで格上の剣士に出会った時のような威圧感に、一歩後ずさる。


 シルストークと訓練を始めたリリンサは、一振りの魔法剣を授けていた。

 順調に瞬界加速を使いこなせるようなり、戦闘訓練を行おうとして剣を確かめたリリンサが、「なにこの剣。というか剣と呼べない。鈍器」と呟いたのがきっかけだった。


 それから始まったリリンサの解説は、シルストークの持っている剣は元々、儀礼用の模擬剣であり、無理やりに研いで剣にしたものだという事を告げた。

 そして、ある程度の剣に触れている者ならば、一目でそれに気が付くということも。


 その瞬間、模擬剣だと見破れなかったソクトに対する評価は、シルストークの中でそこら辺の冒険者以下となっている。



「そ、そうか……。それは悪い事をしたな。すまん、シル」



 もっとも、ソクトはシルストークの剣が模擬剣だと気が付いており、今回の訓練が終わった後で新品の剣を授与するつもりでいた。

 シルストークとブルートには剣を、エメリーフは既に一流の魔導杖やローブを持っているので、ランク2の魔導書を準備済み。


 これはサプライズとしての意味合いあるが、剣の品質の差を経験して貰う為にワザとしていることでもある。

 最底辺の切れ味を経験させることで、装備の重要性を理解して欲しかったのだ。


 そんな、実に王道な冒険者育成は、理不尽を振りかざす少女によって奪い尽くされた。

 リリンサは知らずに行った事だが、ワルトナはそんな気がしてたけど、あえて放置。

 シルストークを手中に収める事こそ、ワルトナが計画しているエルダーリヴァー支配計画の柱なのだ。



「それで……その剣は普通の剣なのか?なんか妙な圧力を感じる気がするが……」

「ん、それは明日になれば分かること。訓練の成果を見て驚いて欲しい!」


「はっはっは、少し訓練をしたからといって、驚くほどの変化がある訳じゃないだろう。……一つ聞くが、ワルトナ君はバッファ魔法とか使ってないよな?」

「ん。ワルトナは(・・・・・)使っていない」


「そうか。魔法の効果が無いなら基礎訓練をした程度だな。シル、訓練の成果を楽しみにしているよ」



 その声を聞いたシルストークは、ギラリと笑った。

 確実に驚く事になると確信しているのだ。


 なぜなら、もう既に、シルストークの戦闘力はソクトを超えている。

 リリンサが散歩と称した、三途の川への行軍(デスマーチ)

 その最中に出くわした連鎖猪9頭は、リリンサのサポートの元、シルストークが倒したのだ。


 リリンサによって拘束された連鎖猪は、一匹ずつ解放され、シルストークと9連戦を行った。

 完璧な戦闘管制があったとはいえ、レベル1500代だったシルストークがレベル40000代の連鎖猪と一対一で戦って9連勝できたのには、当然理由がある。


 シルストークの腰にぶら下がっているのは、4つの属性魔法が込められた魔法剣『侵攻なる四葉(インヴェイジョン)』。

 火、水、風、光の4属性魔法が込められており、これらを組み合わせて使う事で、二撃必殺を可能とする剣だ。


 氷結の魔法が籠った剣で斬りつけた後、今度は高熱の魔法が宿った剣で斬りつける。

 このような急激な温度変化は、対象物の耐久値を著しく消耗させ、簡単に切断する事が出来るようになるのだ。


 そうして出来上がったのが、リリンサ命名の『そこそこ大型新人!四葉の騎士・シルストーク』。

 レベルは既に20000に達しており、すぐにソクトに追い越すだろう。



「さて、今日はもう早めに休んで明日に備えよう。それで見張りの順番を決めたいのだが……。誰か案のある者はいるかね?」

「私は最初が良い。シルストークと一緒」

「僕は朝方がいいですねー。エメリーフ達と日の出を見ようねって約束したんです!」


「ふむ……。深夜帯に差しかかる前なら、リリンサ君とシルストークでも問題ないか。それに朝日が昇る時間は一番動物が活発に動き回る時間だが……ここにナキを配置すれば問題ないだろう」



 現在から午後10時までの見張りをリリンサとシルストーク。

 10時から2時までをソクトとモンゼ、2時から早朝6時までをナキ、ワルトナ、エメリーフ、ブルートが行う事になった。


 そうして、リリンサとワルトナの思惑通りにチーム分けが行われ、それぞれが戦闘力を高めていく事になる。

 周囲には、匂いに引き寄せられた危険生物の群れが集結し始めている。

 ワルトナがこっそり発動した魔法によりキャンプ地に近づく事は出来ないが、それはつまり、餌を前にしてお預けを喰らっている危険生物が大漁にいるという事だ。


 リリンサは頬笑み、シルストークは破滅の未来を見据えて、必死に訓練する。

 先程の散歩の途中で見つけ「ん、あれはまだシルストークには早い。明日のお楽しみ」と言った、レベル70000の破滅鹿ディアーボロスを思い出しながら。


 ソクトとモンゼは、理不尽すぎた過去を思い出し、静かに談話する。

 今日は本当に色々な事があった。驚きの連続だったと、敵が来るはずもない守られた安全な地で見張りをしながら。


 ワルトナは頬笑み、ナキ、エメリーフ、ブルートは黙示録なる未来へ向けて、必死に訓練をする。

 さりげなく呼び寄せたレベル68000の黙示録鹿(アポカリブー)とそこそこ戦って戦闘力の高さを見せた後、一撃で葬ったワルトナに、「明日はこんなのと戦う事になる。覚悟しな」と言われてしまったから。



 それぞれの夜は過ぎ去り――

 熟練冒険者と、新人冒険者達にとって、忘れられない一日が始まる。


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