第22話「心無き戦闘訓練」
「ん。完成した」
「あぁ、完成したねぇ」
「名付けて、ちょっと大型新人冒険者パーティー『氷結杭部隊!』」
「あらま、勝手にパーティー名を付けてるねぇ。でも、カッコいいから許すねぇ」
氷結杭を教えて貰ったエメリーフ、ブルート、ナキは、それぞれの呪文を更に最適化し、30文字以下の短文での発動が可能になった。
ランク4の魔法を数秒程度のタイムラグで発動できるというのは、非常に凄い事だ。
それは、本来ならば、何十年という研鑽の果てに辿りつく極地。
大国の隊長クラスでやっと使えるかという所であり、それこそ、一騎当千と呼ばれる戦力なのだ。
そんな恐るべき強者が、リリンサとワルトナの悪ノリによって量産され、一つのパーティーを形成した。
この時点で、ソクトやモンゼを含むエルダーリヴァー支部の全ての冒険者と同時に敵対しても、勝利するのはナキを中心とする氷結杭部隊となった。
「あぁ、なんてこと!あんなに難しかった氷結杭がスラスラ発動できるわ。《氷連葬送、あらがぬ死なり――氷結杭!》ほらね!」
「私も私も!《凍てつき、刺し尽き、滅びたもう刻――氷結杭!》」
「じゃあ僕も!《荒がたもう氷殺の、意思を貫く我が槍にて、たうたゆ命を果たさん――氷結杭!》」
「「「やった!できた!!」」」
歓喜に満ち溢れ、喜びを分かち合っている三人は、まるで子供のようにはしゃいでいる。
実際にエメリーフとブルートは子供だが、まるで無垢な少年少女が新しい玩具で遊ぶような光景であり、冒険者には似つかわしくない。
そんな三人を、リリンサとワルトナ、そしてブルートは眺めていた。
特にブルートは、仲間外れにされた苛められっ子のように、地面に胡坐をかき、座り込んでの傍観。
それを横で見ていたリリンサは、そっと優しくシルストークの肩を叩いた。
「……どんまい」
「けっ。アイツら何なんだよ。皆で楽しそうにしやがってさ。魔法が使えなかった俺なんていないみたいに無視してさ。……くそっ、」
悪態をついたシルストークは、目の前に転がっていた小石を拾ってナキ達がいる方向に投げつけた。
もちろん、危害を加えるつもりで投げたのではない。
ただ、自分だけ氷結杭が使えず、完全に拗ねているだけなのだ。
次々と氷結杭を周りの人物が発動させてゆく中で、シルストークだけは一向に魔法が発動できなかった。
正確に言うならば、ワルトナが持っていた魔導書を一字一句省略せずに読みあげれば発動自体はできたが、呪文の短縮に失敗したのだ。
それこそ、以前のナキの様な10分以上も時間を掛けて発動するという、攻撃魔法としては本末転倒な事しかできず、他の三人に見劣りする。
ワルトナやリリンサが全力でサポートしても、シルストークに水魔法の適正が無い以上、呪文の短縮は出来ないのだ。
だが、そんなヤサグレたシルストークを眺めていたリリンサは色々考察し、とある結論を出した。
もしかしたら、シルストークは魔導師とはまったく系統の違う『戦士』なのではないかと思ったのだ。
「シルストーク、あなたには氷結杭を扱う才能は無い。諦めて」
「分かってるよそんなことは!……でも、悔しいじゃんか。だって、このままじゃ俺だけ戦力外になっちゃうんだぜ……」
「いや、そうはならない」
「気休めなんて言うなよ」
「気休めじゃない」
「じゃあ、嘘だ」
「嘘でもない。思い出して欲しい。私はあなた達に嘘をついていない。連鎖猪だって余裕で倒してみせたし」
「……。じゃあなんなんだよ。俺には他の魔法を教えてくれんのか?あれ以上の魔法をよぉ」
「そう言っている。この魔法は氷結杭よりも凄い。だから、こっそり教えてあげる。ついて来て」
「えっ。」
そう言ってリリンサは、シルストークの手を取って歩き出した。
同じ年頃の可愛い女の子に、人気のない所に誘われるというドキドキの超展開。
恋愛耐性のないシルストークは顔を赤くしながらも、無言でついて行くしかなかった。
**********
「あれ?シルとリリンサはどこに行ったの?」
「イジケてたシルストークと秘密特訓をしに行ったよ。リリンが一緒だし危険は無いさ」
リリンサとシルストークの後ろ姿をしっかりと目撃したワルトナは、あえて声を掛けなかった。
楽しげなリリンサの平均的な悪だくみ顔を見て、何をしようとしているのかを理解。
「お?あの感じじゃ、このパーティー最強の座はシルストークの物になりそうだねぇ」と一人で納得し、面白い事になるはずだと放置したのだ。
「あっちは勝手に訓練してるだろうから、こっちは氷結杭の錬度をあげて行きましょう」
「分かったわ。それで、今度は何をするの?」
「僕がやったような氷結杭の自由誘導や、大きさや速度の調整を覚えて貰います」
「自由誘導は分かるけど、大きさや速度なんて変えられるの?」
「えぇ、出来ますよ。それに僕ほどの熟練ともなると、こんな事も出来るようになるんです!《氷結杭》」
ワルトナは無詠唱で氷結杭を作り出し、それをナキやエメリーフ、ブルートに見せた。
そして、驚愕に彩られた六つの瞳が見開かれる。
ワルトナが創り出した氷結杭は、ただの氷の塊では無かったのだ。
氷という材質でできているだけの、精巧緻密な突撃槍。
複雑な意匠を凝らした持ち手に、螺旋状に溝が掘られた先端部。
それは完全な造形美であり、寸分の狂いもない左右対称だ。
ただ尖っているだけの氷結杭とは明らかに違う形状であり、全てが計算されたフォルムで一切の無駄が無い。
そしてそれは、『射出速度』『破壊力』『耐久力』、全てにおいて数倍の真価を発揮させる事になる。
「――行け、氷結杭」
ただでさえ技術力の高さを見せつけたというのに、ワルトナのデモンストレーションは終わらなかった。
ワルトナは地面に突き立てられている数十本の氷結杭に向かい、自分の氷結杭を射出。
瞬く間に全ての氷結杭を破壊したワルトナの氷結杭は、数ミクロンの傷すら負わないまま帰還し、己が存在をナキ達に見せつけた。
「と、このように、キミ達にはまだまだ目指すべき上が有る。さぁ、特訓のお時間だ」
「「「は、はいっ!!ワルトナ教官殿!!」」」
「良い返事だ。おっと、氷結杭が使えないシルストークに遠慮する必要はないよ。僕の見立てでは……キミ達三人がかりでも、シルストークに勝てなくなるはずだからね」
「えっ?ど、どういうこと?」
「なんて事は無い。シルストークはバッファと防御魔法に適正が有りそうって話だ。同じランク4の魔法を扱う状態なら、詠唱の必要ない近接戦闘職の剣士の方が有利って事さ」
「……。え、それってつまり、リリンサが何かするって事なの?」
「明日には、リリンと一緒に連鎖猪を嬉々として狩る狂戦士が生まれてるだろうねぇ。ほら、負けたくないなら特訓だよ、特訓!!」
**********
「こんな所で何をするつもりだよ、リリンサ。皆から結構、離れちゃったけど」
「ここまで来れば、ワルトナ以外には感知できない。だから、本気を出しても問題ない!」
シルストークを連れだしたリリンサは数百メートルほど道を戻り、皆とは距離を取った。
空にあった日は落ち、煌々とした月がシルストークの視線の先を照らしている。
そこには、平均的な頬笑みを浮かべた、妖艶な少女がいる。
リリンサのしめやかな雰囲気に当てられたシルストークは、ごくりと唾を飲み、息を潜めた。
「シルストーク、まずは本当の剣士の動きを見て欲しい。《サモンウエポン=真頭熊の剥製》」
「……は?何だこの化けモン。熊……だよな?」
リリンサが召喚したのは、レベル90000の恐るべき超危険生物『真頭熊』の全身剥製だ。
その熊は二足歩行であり、つま先から頭のてっぺんまでを計測すれば、実に5m近い。
当然、それを支える足腰は強靭であり、片足だけでシルストークの胴周りよりも太い。
腕も同様であり、鋭い爪から繰り出される破壊力など語るに及ばない程だ。
一目で、連鎖猪などまったく相手にならない存在なのだと理解したシルストークは、リリンサがソレを召喚した意味を想像し戦慄している。
「な、なぁ……。もしかして、この熊はリリンサが斬り殺した……なんて言わないよな?」
「ん。察しが良い。80点!」
「……。ちなみに、残りの20点には何があるんだ?」
「斬ったのではなく、桜華の鞘で殴り倒した。だからちょっとハズレで減点!」
「いや待っておかしい!剣があるなら斬れよ!!なんで殴って倒してんだよ!?」
至極もっともなツッコミに、リリンサは「むぅ……」とだけ答え、話を反らした。
どうやらそこには触れて欲しくない様である。
「とにかく、本当の剣士の動きはこういう動きをする。まずはバッファを掛けて準備。見てて」
「あ、あぁ……。だけどさ、リリンサって他に魔法を使えないんじゃ……?」
「うん?いや、ふつーに使えるけど」
「使えるのかよ!!それじゃ、嘘ついてんじゃねえか!!」
「……。使えないと言ったのはワルトナ。だから、私は言ってない!」
「なんだその理屈!?騙されねえぞ!!」
この叫びは、リリンサから魔導書を渡された時に、ちょっとだけ疑問に思った事だった。
だが、ワルトナの巧みな誘導により、その疑問は未解決のまま封印されてしまったのだ。
そして、リリンサはいとも簡単に秘密を暴露し、シルストークに笑顔を向ける。
リリンサ的には、魔法が使えないとイジケテいるシルストークを励ます為にしている事だ。
つまり、良い事をしていると思っており、非常に気分がいい。
リリンサは、ついつい鼻歌が混じりそうなりながら、若干引いているシルストークの目の前でバッファを使い、デモンストレーションを始めた。
「まずは、バッファの基本から使う。《飛行脚》」
「えっ!!宙に浮いた!?えっえっ!!」
「そして、身体能力の最適化と魔法的効果を得る魔法《瞬界加速》。……するとこうなる」
「リ、リリンサが分裂した!?!?えっえっ!?」
「分裂とは違う。残像!」
「声が二方向から聞こえるんだけど!なんだこれ!?なんだこれっ!?」
お気に入りのバッファ魔法セットを使った後、リリンサはその場で反復横跳びをし始めた。
そのまったく目で追えない意味不明な動きに、シルストークは茫然とツッコミを入れる事しかできない。
「それで、バッファを使った後は、こういう動きで敵を斬る。見てて」
そしてその勢いのままリリンサは振り返り――、一瞬で真頭熊を『細切れ肉』へ加工した。
バラバラと散ってゆく肉片を見たシルストークは無言で膝を折って崩れ落ち、地面へ頭を垂れた。
「なんだ今の動き……。まったく見えなかったんだけど……」
「それはそう。でも、直ぐに見えるようになる!」
そう言ってリリンサは、シルストークの手に自分の手を重ねた。
そして、ゆっくりと魔力を流しながら、耳元でささやく。
「シルストーク、あなたにはバッファの才能があると思う。それも、天才と呼ばれるような類稀なる才能がある……気がしている」
「俺にバッファの才能?それがあると、さっきみたいな事が出来るようになるのか?」
「あの程度造作もない。ナキ達の未熟な氷結杭なんて余裕で回避しながら、正面突破で撃破できる」
「マジかよ……。すげぇ……」
「ということで、私に続いて詠唱して欲しい。さん、にぃ、いち。はい、《瞬界加速!》」
「いきなり詠唱破棄は無理だろ!?」
「やる前から諦めない。やってみて」
優しく促されたシルストークは出来ないと思いながらも、恐る恐る魔法名を口にした。
自分自身ですら半信半疑な、控え目な詠唱。
……だが、術者の感情など関係ないのだ。
神が作りし魔法という概念を元に、真理に従って世界は正しく反応し、結果を示す。
「……ほら、できた」
「え?」
シルストークの中に生まれた、爆発的な力の奔流。
まるでこの瞬間まで眠っていたとでも言うように、身体が自由自在に動くのだ。
その不思議な感覚を覚えたシルストークは、それでも魔法が使えた事を信じられず、リリンサへ困惑を向けた。
「な、なぁ、これ――」
「何も心配いらない。……あっちで皿を洗ってる稚魚くらいなら、その状態でもボッコボコに出来る!!」
「ぼ、ボッコボコ!?ソクト兄ちゃんをボコボコに出来るって、全然安心できねぇんだけどッ!!」
リリンサは満足そうな表情をシルストークに向けて、その困惑をまったく考慮せず、無邪気に頬笑んだ。
そして、ついに、心無き戦闘訓練の開始を宣言してしまったのだ。
「さぁ、バッファ魔法が使えたのなら、後は体に慣らすだけ。……私と拳で語り合おう?」