第20話「祝賀会」
「やぁ、リリン、お疲れ様。どうだった?」
「ん、近くに破滅鹿が2匹いたから狩って来た」
「へぇ、レベルは?」
「8万ちょい」
「そうかいそうかい。大物だねぇ」
連鎖猪が倒れていた場所に戻ってきたリリンサ達は、開口一番にお互いの状況を確認し合った。
可能な限り不自然にならない様、ゆっくりと歩きながら、ソクト達のいる場所へと向かう。
リリンサの戦果は破滅鹿が2匹だ。
破滅鹿は、体長2m、角の部分も含めた体高は3mもある大型の鹿であり、角は複雑に入り組んだ網目模様のような形をしている。
肉食であり、自分の角に獲物を干しておく習性を持つ。
性格は大人しいものの戦闘力は高く、犠牲になった冒険者が磔にされている姿が度々目撃され、『終生の使い魔』だと恐れられている。
「それで、ワルトナの方はどうだった?」
「僕の方かい?うん、バッチリ結界に穴が空いていたねぇ。大体3mくらいの奴がね」
「3m?かなり大きいし、危険な状況だと思う!」
「まぁ、確かに危険ではあるけれど、最悪ではないかな。これ以上危険生物は増えないし、誘い出して一網打尽にすれば当面の危険も回避される」
「……?これ以上増えない?なんで」
「そりゃ、穴が塞がってたし」
「穴が塞がってる?どういうこと?」
「あぁ、なんてことはないよ。……穴にドラゴンが詰まっててさ。身体のサイズを考えずに頑張って潜ろうとしたんだねぇ、尻がつっかえて脱出不可能になってたよ。アホだよねぇ」
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「やぁ!リリンサ君!!食事の支度ができているぞ!」
「……!とてもいい匂い!!」
リリンサとワルトナが戻ってくると、それを待っていたかのようにソクトが声を掛けて来た。
机の上には人数分の皿が用意され、中央には堅パンと水。
それだけでは質素すぎる食卓だが、リリンサが召喚した竈は全力で火を噴き、連鎖猪の肉を炙っている。
近くでは鍋いっぱいにシチューが作られ、コトコトと良い匂いを充満させていた。
この魅惑の光景にリリンサは目を輝かせ、初めてソクトに尊敬の眼差しを向ける。
その熱い視線に満足したソクトは、さぁ、座ってくれと促した。
「おいしそう!連鎖猪のお肉は、とってもジューシー!!」
「そうだねぇ、僕も結構好きだなー。ハンバーガーとかにしてもいいよねー」
その気の抜けた会話に混ざりたそうにしているのが、シルストーク達だ。
初めてついて行けそうな話題を聞き、仲良くして欲しいという依頼を思い出したのだ。
「なぁ、連鎖猪の肉ってさ、ステーキで1枚2万エドロもするんだろ?美味いのか?」
「とても美味しい。連載猪の皮は堅くて食べられたもんじゃないけど、内側はとても柔らかい。いくらでも食べられてしまう!」
「お、俺達も食べてもいいのかな?」
「良いに決まってる。あ、ステーキの上にチーズとか乗せても美味しい。出そうっと」
そう言いながらリリンサは空間に手を突っ込んで、バケットに入った一口チーズを取り出した。
それから適当に調味料を並べていると、皿を持ったナキが近づいてくる。
「あら、良いもの出したわね。私も貰ってもいいかしら?」
「もちろんいい。好きなだけどうぞ」
ナキからは死角になって見えていなかったが、リリンサは空間から直接、調味料を取り出している。
これは異空間ポケットという魔法であり、召喚魔法とは別の魔法だ。
異空間ポケットは、物品を収納しておける魔法であり、イメージ的には別の空間に倉庫を用意しているようなものだ。
一人が用意できる部屋は一つだけであり、中に入れているものは時間停止状態となる。
これは、リリンサがいるより上の次元にある『魔法次元』に存在しているからであり、三次元の理の制約から外れるためである。
大変に使い勝手が良い魔法だが、注意点が二つほど存在していた。
一つは、中に入れてある物質は浮遊状態にあり、取り出す時に僅かに動く。
この為、死んだ生物などを入れると、血液などが飛び散り大惨事を引き起こす。
そしてもう一つ、この異次元ポケットは維持するのが非常に大変であり、熟練の魔導師でも難しい。
もし、この空間ポケットとの接続が切れてしまえば、中に入れていた物は異次元の中を漂流してしまい、2度と回収できない。
それゆえに、貴重品を入れておく事は出来ず、リリンサの場合は『食べ物と略奪戦利品BOX』と化している。
「チーズ好きなのよね、ありがと。じゃあ、リリンサには一番大きいステーキをあげるわ。食べきれる?」
「おぉ!大丈夫。これくらい余裕だと思う!!」
そして、リリンサの前に特大のステーキが置かれ、リリンサの目が煌めく。
その横ではワルトナにも大きいステーキが置かれた……が、「僕はリリンほど食べキャラじゃないから普通ので。あ、これはシルストークが食べていいよ」と普通のサイズを所望。
思いがけず大きなステーキを手に入れたシルストークは、目の前に置かれた豪華な皿を見て困惑。
えっ、いいの!?っと思わず聞き返している。
「いいんだよ。というか、最初の皿に乗ってるステーキの大きさなんて問題にならない。だってほら、そこに肉が500kgもあるんだよ?食べきれると思うかい?」
「……確かに」
「という事で、高級お肉食べ放題なのさ!僕の食事のペースじゃ大きいのは冷めちゃうし、適度に新しいのを焼いてくるから大丈夫。遠慮せずに食べなー」
「ごくり……。」
やがて続々とテーブルに皿が並び、それぞれステーキとシチューが行き渡った。
孤児院に住むシルストーク達は何より、ソクトやモンセ、ナキまでもが目を輝かせている。
「それでは……今回の勝利を祝し、ささやかながら祝賀会を開催したいと思う!」
「連鎖猪なんだし、全然ささやかじゃないわよ、ソクト!」
「おっと、そうだった。領主様が開催する貴賓会レベルの高級肉だもんな。よし、盛大に執り行いたいと思う!!」
「あぁ……神に仕えし拙僧も、この時ばかりは法衣を脱ぎましょう」
「脱ぐのは気持ちだけで結構だぞ、モンゼ。さて、今回の獲物をしとめたリリンサ君、ワルトナ君、一言コメントをくれないか」
「分かった。……連鎖猪は凄く美味しい!!遠慮せずに食べた方がお得だと思う!!パンもチーズもいっぱいある!」
「ははは!可愛らしい挨拶をありがとう、ではワルトナ君!」
「えー。僕達は有名なソクトさん達と冒険できて幸せです。また連鎖猪を見かけたら捕まえるので、どんどん食べちゃってください!」
「おお!それは頼もしいな!では……いただきます!」
「「「「「いただきます!」」」」」
ソクトの掛け声を合図にして、我先にとステーキにフォークを突き立てる一同。
リリンサだけは連鎖猪の美味しさを知っている為、最初からチーズが上に乗っているが、他の人たちは連鎖猪の旨味を味わうために塩コショウのみだ。
それぞれが持ちうる意識を全てステーキに向け、全神経を舌の上に集中させる。
そして、肉汁が滴るステーキを噛みちぎり、熱い吐息と共に感想を述べた。
「う、美味いッ!!」
「何でしょうこのお肉!トロけますぞ!」
「全然、筋張ってないのね……驚いたわ……。おいしぃ」
「何だこれ!?エメリーフ、ブルート、食ったか!?」
「た、食べたよぉ。ちょっとこれ、お肉なの?これ、お肉なの?」
「なんだこれ……ボクの知ってるお肉と違う……。」
「とうふぇんとてもおいひい。きにひってくれふぇなにより!」
「こらこらリリン、口に入ったまま喋るのも程ほどにね。……できた、ステーキバーガー!」
こういった高レベルの危険生物の肉は、安定した食事を取れるが故に、旨み成分が強い。
それぞれ独特の風味はあるものの、それは嫌悪巻を抱くようなものではなく、その生物の旨みとして楽しまれるのだ。
そして、その中でも連鎖猪の肉は美味だとされている。
連鎖猪は雑食性だが、基本的に植物や果実を好んで食べる。
だからこそ甘くフルーティーな香りと旨みが、口いっぱいに広がるのである。
「あぁ、本当にリリンサ君達には感謝だな。ナキ、追加を頼む」
「下拵えはやって置いたから自分で焼いてきなさい。私は食べるのに忙しいわ」
「このシチューもうめー!リリンサ、いつもこんな美味いもん食ってるのかよ!?」
「食べてる。というか、美味しい物を食べない人生に価値は無いと思う!」
「あ、美味しすぎて……孤児院の皆にちょっと申し訳ないかも……」
「だったら肉を持ち帰ればいいさ。知ってるかい?エメリーフ。肉ってのは獲ってすぐより、熟成させた二日後くらいが一番美味しいって話」
和気あいあいと、祝賀会は続いてゆく。
普通ならば食べることは叶わない高級肉と、通常ではありえない程の大所帯。
そこに、初めて冒険に出たという高揚感と、求め続けた獲物を手に入れたという達成感が加われば騒ぐのは必然だった。
その声と匂いは、森深くまで漂ってゆく。
そして、手前の森に迷い込んでしまった危険生物たちは、そこに美味そうな獲物がいると知るのだ。