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悪辣聖女見習いと行く、リリンサの冒険  作者: 青色の鮫
第2章「新人冒険者とドラゴン」
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第15話「理不尽なる、お片付け」

「ソクト兄ちゃん凄くカッコ良かったぜ!です!」

「そうだとも、そうだとも!私達は熟練の冒険者。これくらいは造作もない!」



 二匹目のブレイクスネイクをギリギリ倒し、死んでいるのをしっかりと確かめたソクト達は、シルストーク達の喝采を受けて胸を張っている。

 窮地を乗り切ったという興奮と、憧れの視線を向けられている満足感に酔いしれており、冷たいジト目が凍える様な眼差しを送ってきている事に気が付いていないのだ。


 そのジト目の持ち主たるリリンサは、むぅぅ。と頬を膨らませ、ソクトを睨んでいる。

 もともと好意的では無かった上に、手柄まで取られたような感じがしているのだ。


 リリンサは『英雄』という存在に、並みならぬ憧れを抱いている。


 それは、温かかった父親の膝の上で育まれた感情。

 絵本の代わりに読み聞かせて貰った英雄の冒険譚は、リリンサにとって憧れの代名詞なのだ。


 そんな憧れの英雄の子孫とは、どれほど凄い人物なのかと期待して来て見れば、出てきたのは稚魚。

 その落差に失望し、さらに抱いた評価を下方修正しまくった結果が、このジト目である。



「……ワルトナ。やっぱりこの稚魚に身の程を教えてあげた方がいいと思う。ランク9の魔法で!」

「いやいや、あんなのにランク9の魔法はもったいないよ。ドラゴンが出てくるまで取っておきなー」


「問題ない。ドラゴンも撃つ!八つ当たり!!」

「問題しかないから止めてくれるかい?まぁ、確かにちょっとイラっと来るよねぇ。イタズラくらいなら仕掛けてもいいよ」



 ワルトナの許可を得たリリンサは、平均的な悪い頬笑みで、「分かった。とびきりビックリする様に、派手なランク8の魔法にする!」と元気よく宣言。

 何も分かっていない事を理解したワルトナが慌てて止めに入ろう――として、動きが止まる。


 不穏な雰囲気を察知したソクトがリリンサの方を振り向き、頬が膨れているのに気が付いたからだ。



「あ……っと……。シル!さっきの戦いで一番の功労者は誰だか分かるか!?」

「そんなのソクト兄ちゃんだよ、です?」


「それは違うぞ。今回、一番重要な役割を果たしのはリリンサ君だ!」

「そうなの?」


「そうだ。戦闘が終わったと思いこんでいた私達は、二匹目のブレイクスネイクへの警戒心はゼロだった。無防備だと言い換えてもいい」

「ばっちり噛みつかれたもんね。です」


「……。もし、リリンサ君の助言が無ければ深手を負っていたかもしれない。奇跡的に無傷なのは、リリンサ君の助言のおかげだ」



 そう言いながら、ソクトは噛まれた脇腹をさすっている。

 いくら鎧の上から噛みつかれたと言えど、蛇の顎の力は強烈であり、場合によっては牙が鎧を貫通する事もある。

 それを知るソクトは、腹部に痛みが無い事を知りながらも、一応手で触って確かめたのだ。


 そして、帰ってきた手触りは、『まったくの変化なし』。

 驚いて目で見て確認するも、そこにあるのは噛みつかれる前と同じ、無傷の鎧だった。

 へこみや破損を覚悟していたが故に違和感を抱いたが、それよりも優先させる事があると思考を切り替える。


 ソクトはリリンサのご機嫌を損ねたくないのだ。

 リリンサの召喚契約履行の腕前を知る以上、それは何よりも優先させる事である。


 そんな利益が見え透いている表情を浮かべたソクトは、自分では威厳があると思っている顔で、リリンサへ語り掛けた。



「リリンサ君、さっきは助かったぞ。ありがとう」

「……稚魚なんだから、もっと気をつけて欲しい」



 だが、その意図をしっかり見抜いたリリンサの返答は、氷結杭よりも冷たいものだった。

 12歳の子供が発しているとは思えない迫力に、ソクトはたじろぎ……なんとか耐えた。



「はっはっは!稚魚と来たか!ならばシル達は卵になってしまうな!はっーははは!」

「……むぅ。助言したのに笑われた。むぅ!むぅ!」



 そんな微笑ましいやり取りも、当事者のリリンサから見れば冗談ではすまない。

 絶対にブチ転がしてやる。とリリンサは密かに心に決め、持っている桜華を握りしめる。


 だが、不意に外野から声が掛けられ、タイミングを逃してしまった。



「何を笑ってるのよ、馬鹿ソクト。リリンサが可哀そうじゃない」

「はっはっは。いやすまないな。だが確かに、蛇ごときに遅れを取りそうになるのは稚魚だな。すまん、謝るよ」

「……。今更もう遅い。後でねりものを見せてやる……」


「「「……ねりもの?」」」

「待て待てリリン間違ってるよ。『目に物見せてやる』だろ。練り物(ちくわ)を見せてどうすんだよ!」



 リリンサの天然ボケにワルトナの鋭いツッコミが刺さり、ソクトが噴き出した。

 可愛らしいリリンサが、ちくわを両手に持って威嚇してくる姿を想像してしまったが故の失態だが、それは周囲にいる人物も同じだ。


 最後にはリリンサまでも笑いだし、場の空気が温まってゆく。



「ははは、いや、本当にすまない。でも声を掛けられて助かったのは事実だ。本当にありがとう」

「……もういい。でも、次は無い!気を引き締めて欲しいと思う!!」


「分かった。それで、早速リリンサの力を借りたいんだが……ヘビを町へ送れないだろうか?」



 そういってソクトが切り出したのは、ブレイクスネイクの転送の打診だ。


 一匹と見間違える程の大きさとはいえ、それぞれ2m弱はある。

 重さにして約10kgが二匹。

 縄で縛れば持ち運べない大きさではないが、荷物になるのは間違いなく、これからの訓練に支障をきたす恐れもある。


 そこでソクトは、ブレイクスネイクへ召喚魔法を掛けて、街に帰った後で召喚出来ないかと考えた。

 そしてその答えは、当然、『出来る』だ。



「もちろんできる。簡単な事」

「それはありがたい。それで、どのくらい時間が掛るんだ?」


「時間とかいらない。せいぜい準備に1分くらい必要なだけ」

「二匹をだぞ?対象を召喚契約するには時間がかかるだろう?」


「確かに、召喚契約にはそこそのこ時間が必要。だから、こういう魔道具で代用する《サモンウエポン=拾得物用簡易転移陣ワープナー》」



 チカッっと閃光が瞬いた次の瞬間には、リリンサの手の中には紐で縛られた巻物が握られていた。

 あまりにも早い召喚に三度目の感心をしつつも、ソクト達の興味は巻物に向けられている。


 そして、リリンサはその巻物をワルトナに手渡し、解説をするべくソクト達に視線を向けた。



「今召喚したのは、拾得物用簡易転移陣ワープナーという、簡易的な転送陣。上に乗せたものを指定された場所へ送る事が出来る」

「え?なんだって?」


「簡易的な転送陣だって言った。物を送れる便利な道具!」

「待て待て、言葉が聞き取れなかったんじゃないんだ。……本当に上に乗せたものを送れるのか?」


「もちろん送れる。私が持ってるのは制限のない奴だから、ドラゴンでも問題ない」

「物理的に入らないだろ。……じゃなくて、本当に転送出来るのなら凄い事だぞ……?どう思う?ナキ?」



 ソクトは信じられないといった表情で、ワルトナが設置している転送陣へと視線を向けた。

 そこには複雑な魔法陣が描かれており、一見して凄い魔道具だと思わせる雰囲気がある。



「どう思うって、本物……なんでしょうね。というか拾得物用簡易転移陣ワープナーって、超高級品なんだけど……」

「本物って言うという事は、あれが何なのか知っているのか?」


「知ってるわ。あれと同じような物を魔道具図鑑で見た事があるから」

「魔道具図鑑……?伝説の道具が網羅されているって本だったか?」


「そうよ。そして、あの道具は最低でも……」



 ソクトよりもナキの方が、魔法が込められた道具に詳しい。

 魔導師であり、緊急時の対処を役割としているナキは、日頃からこういう魔道具の情報を集めているからだ。

 そして、ワルトナが何も悪びれる様子もなく鼻歌交じりで設置しているそれは、ナキが最優先で手に入れたいと思いつつも、入手を諦めているものだった。


 召喚契約履行を扱えるとはいえ、その使用条件に問題があるナキは足りない技量を道具で補おうと考えた。

 そして辿りついたのが、このこの拾得物用簡易転移陣ワープナー

 何もない場所で転移を可能にする魔道具であり、召喚契約履行を扱えない者ですら、簡単に対象物を離れた地へ転送する事が出来る。


 その利便性と入手難易度の高さが故に、途方もない購入金額が必要となのだと知っているナキは、引きつった笑顔でリリンサへ訪ねた。



「ね、ねぇ、リリンサ。その転移陣……どこで手に入れたのかな?」

「貰った」


「……だ、誰に貰ったのかな?」

黒幼女主義(ブラックロリコ)……師匠」


「なんばしよっ……。ちょっと貰うにしては、価値が高すぎないかしら?」

「それはそう。師匠のタンスの中から一番品質の良さそうなのを選らんで持って来たから」



 それは、貰ったって言わない気がする……と、ナキは絶句。


 どんなに安くても5000万エドロはする拾得物用簡易転移陣ワープナーが複数タンスにしまってある事や、子供が気軽に触れる事の出来る管理の甘さ、それを持ち出されても問題にしていない財力。

 リリンサの暴挙を可能にしているあらゆる事態が信じられず、脳が拒否反応を起こしているのだ。



「どうしたんだいナキ?固まってしまっているが……?」

「いや、何でもないわ。ちょっと住んでいる世界の違いを思い知っただけよ」



 ナキは頭に手を当てながら、静観を選んだ。

 とりあえず様子を見ようという冒険者らしい判断であり、身体を張るのはソクトの役目でしょ。と身代わりに差し出す。



「まぁいい。リリンサ君。その魔法陣があれば転送できるのかね?どうやるんだ?」

「ん。まずは平らな地面に設置する。ワルトナ、準備おっけい?」

「いいよー」


「ふむ。縦横3mはあるだろうか?かなり大きいな」

「で、こうやって送りたいものを置く《認識空間転移テレポスフィア》」



 リリンサが魔法を唱えた瞬間、落ち葉の上にいたブレイクスネイクは瞬時に消え去り、転移陣の上に現れた。

 何事だっ!?と思ったソクトだが、「なるほど、そういう機能もあるのか」と勝手に納得。


 そんな機能は無いと知っており、リリンサが何気なく転移の魔法を使った事を理解したナキは、恐ろしい物を見る目で静観している。



「で、上に乗せたら、転送する先を考えながら魔力を流す」

「結構簡単なんだな。それで、どこに飛ばすつもりだ?」


「今回は、不安定機構の支部に倉庫を借りてある。その部屋に飛ばす」

「ほう?それは便利だ。召喚契約履行とは違った使い方がありそうだな」



 そしてリリンサはブレイクスネイクを実際に転送して見せた。

 その速さと利便性にソクトとモンゼは驚いたが、感じた感想は「へぇー。凄いじゃないか」という、その程度のものだ。


 ……だが、ナキは違う。

 ナキは気が付いてしまったのだ。

 この魔法陣さえあれば、命の危険があるような緊急時に、一瞬で不安定機構の支部に帰れるという事を。


 だからこそ、乾いた笑い声を上げながらナキは茫然としている。

 そして、リリンサとワルトナが隠している理不尽と異常性に気が付き始めた。


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