第14話「森の歩き方」
「森の中では、こういう風に石灰石で木に印を書きながら進むんだ。この時、進行方向とは逆向きに矢印を書いておくんだが……。それはどうしてか分かるか?シル」
「そんなの簡単だよ。街に帰る時に迷わない為だ……です!」
「そうだ。だが、印さえあれば、矢印でなくてもいいと思わないか?画数が多ければ石灰石の消費も激しいのに、どうして矢印を書くのか。それは分かるか?」
「えっと……。それは……」
「人は緊急時になると、矢印の方向に進んでしまう習性がある。からですよね?ソクトさん」
「正解だエメリ!良く勉強しているな!」
森に入る為の準備を終えたソクト達は、ソクトを先頭とした陣形のまま、シケンシの森へと踏み込んでいる。
といっても、森の中は冒険者の手によって整備された道があり、町からこの森へ来た街道と大して違いは無い。
強いてあげるなら、空高く伸びる木々が空を覆い隠している程度だ。
さながらピクニックのような雰囲気であり、ソクト達も会話をしながら歩みを進めている。
シルストーク達には伝えていないが、今回はあくまでも練習としての意味合いが強く、整備されていない深い森へ行く予定もない。
だが、憧れの冒険者との初めての同行に、シルストーク達の目は輝いている。
「そして、獲物を追う時は必ず印を付けなければならない。急いでいるのに印をつけるのはどうしてか分かるか?ブルト」
「後衛の仲間に居場所を示し孤立しない為です。まず安全を確立するのが冒険の基本ですので」
「正解だ!では、もし孤立してしまった場合はどうすればいいか分かるか?リリンサ君」
「空を飛んで探せばいいと思う!」
「はっはっは!それは名案だが、そんな事が出来る奴はそもそも孤立しない。不正解だ」
ソクトの軽めの叱責を受けたリリンサは、「むぅぅ……。間違ってないのに」と呟いた。
実際、リリンサとワルトナは飛行脚を纏っており、やる気になれば空気を踏んで、空を駆ける事が出来る。
鳥のように立体的な上下運動は不可能だが、それでも、見えない階段を駆け上るような動きは出来るのだ。
だが、一般的な常識に捕らわれてしまっている轟く韋駄天のメンバーは、リリンサの答えを冗談だと受け取り、軽く流してしまった。
「後で魔法で飛ばしてあげる……。」と、リリンサが小さく唸ったのも聞こえていない。
「このように冒険には必要不可欠な石灰石だが、そもそも、ナイフで印を彫れば良いと思わないか?ワルトナ君」
「それはダメだ。木に傷を付けるのは悪手でしかない。単純に樹木を傷めてしまうのもそうだが、複数の冒険者がそれを行えば矢印が飽和し機能不全を起こす。だから、印に求められる最低条件は『消せる事』だ」
「う、うむ」
「そして、石灰石を使う大きな利点は三つある。①『白』という目立つ色である事。②石灰石の強度は柔らかく樹木を傷つけにくい事。③石灰の成分は10日ほど経てば自然に溶けて無くなる事。他にも安価である事や、副次効果として土壌改善の効果もあったりするね」
「お、おう……良く調べているな。感心したぞ」
「……わーい。ソクトさんに褒められたぞー。やったぁー」
あからさまに喜ぶ振りをしながら、ワルトナは内心で毒ずいている。
まったく、この程度の知識もないと思われてるなんて心外だねぇ。
筆記用具にするなんて古典的な方法どころか、石灰を使ったコンクリートの生成方法まで詳しく解説してやろうか。
あまりにもレベルが低い話題に、やるせなさすら感じ始めたワルトナは、マシな話題を求めて口を開いた。
「ところで、ソクトさん。獲物ってどうやって探していますか?魔法で索敵とかします?」
「見かけたら瞬時に追いかける」
「いえ、そういうのじゃなくて、魔法で誘き出すとか、逃げられない様に閉じ込めた空間内で探すとかは?」
「それは一部の伝説的冒険者がやる方法だな。私達のような熟練冒険者でも、地道に獲物を探すのがセオリーなんだぞ」
「……さいですか。凄い冒険者のソクトさんでも、そんな感じなんですね。勉強になりますー」
「そうだ。如何に獲物を見落とさないかが重要であり、そういった観察眼には、ちょっとした自信があるぞ」
……自信があるんだったら、獲物を見落とすんじゃないよ。
もう既にブレイクスネイクを3匹、絞栗鼠を5匹、タヌキを1匹見落としてんだよ。盲目だねぇ、目がウロコだねぇ。
今もソクトの間横の木の上には絞栗鼠が潜んでいるが、ソクトは素通りしてしまった。
絞栗鼠は巧妙に隠れており、地上からはほとんど見えない位置にいるからだ。
それなのになぜ、ワルトナやリリンサには見えているのか。
その理由はとても簡単なことだ。
ワルトナは、認識領域を拡張し見下ろすような視野を手に入れる魔法『次元認識領域』を発動しているのだ。
このランク6のバッファの魔法は、まるでボードゲームの盤上を見るように、空から術者を俯瞰して見る魔法。
この魔法を発動していれば、目つぶしや視野妨害を受けても行動する事ができるようになり、敵の動きも把握しやすくなるという、高レベルの近接戦闘には必要不可欠となるものだ。
そんな便利魔法を所持していないソクトは、鋭い眼力で地道に獲物を探している。
やがて、一匹の獲物をその目に捉えた。
「蛇がいる。みんな静かに身を伏せるんだ。モンゼ、戦闘準備。ナキ、詠唱開始だ」
「分かったわ」
「新人冒険者組は待機。まずは私達がお手本を見せよう」
「えっ。ソクト兄ちゃん、あのでかいのを狙うの!?です!?」
ソクトとシルストークが見据えているのは、太さ10cmはあろうかという大蛇。
身体の殆どは落ち葉で隠れているが、出ている頭と尾から察するに全長は4mを越えるであろう。
その存在は知っていても、生きている姿を見るのは初めてだったシルストーク達は目を丸くして凝視している。
「そうだ。あれはブレイクスネイクと言って、新人でも狩猟しやすく買い取り金額も高い。だがそれは、狩猟の仕方を知っていればの話だ」
「知らないとどうなるの、です?」
「あの大きさならば、反撃され巻き付かれたらまず引き剥がせない。すぐに急所を刺して殺せなければ死ぬのは私達の方だ」
「えっ。あ、頭とかを狙えばいいの?です?」
「いや、ブレイクスネイクは頭に爆発袋という器官があり危険だ。心臓を刺せればいいが、感だよりになってしまうのは避けられない」
「えっ、じゃあ倒せないじゃんか」
「だから、そうなる前に手早く死止める!行くぞモンゼ!」
そしてソクトは素早く腰からミドルソードを引き抜くと、体の横に構えた。
その体制のまま静かに前傾姿勢になり……、唐突に走り出す。
それは、ただの走駆。
ただし、ブレイクスネイクがいるのは道から外れた木々の間だ。
足元は悪路。落ち葉が堆積しぬかるんでいるその地面をソクトは一定の速度で進んでゆく。
それは、木に印をしているにも関わらずシルストークの全力疾走よりも速く、そして静かだった。
サワサワと草が鳴る僅かな音のみが響き、ソクトが落ち葉から出ている尾に近づいた瞬間――。
ナキが唱えていたランク2の魔法『火炎弾』が、ブレイクスネイクの尾に着弾した。
「シャア!?」
突然の音と衝撃に反応し、ブレイクスネイクは頭を尾の方へ向けた。
そして、そこには害敵たる人間がいる。
手には剣を持っており、本能で危機を悟ったブレイクスネイクは、己の筋肉を軋ませて跳躍しようと頭を持ち上げた。
だが、跳躍は起こらない。
死角から走り寄っていたモンゼが放った蹴りがブレイクスネイクの胴を打ち抜き、バランスを崩させたのだ。
「ふっ!」
そして、ソクトの息を切るような短い呼吸音の後には、もう既にブレイクスネイクは息絶えていた。
横一文字に振るわれた剣がブレイクスネイクの胴を両断。
更に、有爆の危険のある頭を剣で弾き飛ばし、うねる胴から距離を取る。
「と、このように、野生動物を狩猟する時は、『陽動』『捕縛』『一撃必殺』の手順で行う。分かったか?」
「す、すげぇ!!すごいよ兄ちゃん!です!」
「そうだろう。そうだろう。」
轟く韋駄天の完璧な連携を見たシルストーク達は、興奮し森の中というのも忘れて騒いでいる。
ソクトもほだされ、やがて和やかな雰囲気が漂い始める中……突如、リリンサは大声をあげた。
「まだ終わってない!気を付けて!!」
その声と同時に、死んでいるはずのブレイクスネイクが鎌首を持ちあげた。
木の葉を舞わせ、鋭い牙を剥き、ソクトの胴に喰らい付く。
「な!もう一匹いただとッ!?」
ブレイクスネイクの胴は、落ち葉の中に隠れていた。
だからこそ、ソクト達は見過ごしてしまったのだ。
頭を出しているブレイクスネイクと、尾を出しているブレイクスネイク。
二匹の蛇を一匹だと見間違えたソクトは、不意に受けてしまった衝撃でバランスを崩しかけた。
「ナキッ!」
「ちぃ!《爆ぜて轟け、火炎弾!》」
ソクトは、落ち葉の中に引きずり込まれそうになりながらも咄嗟に体を捻り、飛来した火炎弾をブレイクスネイクの身体で受け止める。
叩きつけられた炎の熱さに身体を弛緩させたブレイクスネイクは牙を緩め、隙を突いたソクトが無理矢理に頭を引き剥がす。
「ふんっ!《岩打撃》」
一瞬の膠着状態の中、現れたのはモンゼだ。
宙を舞ったブレイクスネイクの頭に拳を打ち付け吹き飛ばしたモンゼは、素早く手首を返し、胴を掴んで振り回した。
その先には、剣を構え直したソクト。
円を書くように振り回されたブレイクの頭は、吸い込まれるようにソクトの剣へ向かい、スパンッ!という軽快な音を立てて、草むらの中へ消えていく。
「はぁ、はぁ、……。というように、慣れていても窮地に陥る事はある。ここからどう対処するかが冒険者の腕の見せ所だ」
「……ソクト兄ちゃん!すげぇえええええ!!」
「か、かっこいいです!ナキさん!!」
「モンゼさんも上手な連携が凄すぎますっ!」
「はっはっは。そうだろうとも!そうだろうとも!」
そのあからさまな誤魔化し笑いを、冷やかな目で見ている人物が二人。
特にリリンサの目は鋭く、平均的なジト目である。
「……むぅ。私が忠告したから助かったのに。何で偉そう……」
「それはねぇ、稚魚だからさ!」