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悪辣聖女見習いと行く、リリンサの冒険  作者: 青色の鮫
第2章「新人冒険者とドラゴン」
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第13話「森へ」

「諸君!準備は万全に整っただろうか!?」

「もちろんよ」

「拙僧も問題ありません」


「俺達もバッチリだよな!」

「バッチリよ!」

「うん。僕も準備万端だよっ」



 ソクトの号令に、五つの肯定が続く。

 それは、熟練の冒険者パーティー『轟く韋駄天いだてん』と新人冒険者パーティー『育つ深緑しんりょく』の声であり、ナキとシルストークの声が一際大きく響いている。

 それぞれ、新しい冒険の予感に心が躍っているのだ。



「私も問題ない」

「僕もおっけー」



 そして、一呼吸遅れて返事をしたのは、リリンサとワルトナ。

 こっちは、まるで森に虫取りにでも行くようなテンションで、緩く構えている。


 そんな幼い少女達の格好を見て、ソクトは怪訝な声をあげた。



「……確かに、リリンサ君は召喚契約履行が使えるから問題ないのかもしれないが……。その格好はあまりにも軽装すぎないか?」

「ん。剣とオヤツを入れておくポーチさえあれば問題ない」


「本当に?」

「うん。問題ない。必要になったら呼び出すから」


「……そうか。そういった事を確かめる為の冒険でもあるし、今回は不問としよう」



 リリンサ達は、それぞれの武器として、『殱刀一閃・桜華』と『黒丈―ススキ』を召喚し装備している。

 だが、言ってしまえばそれだけであり、他の装備は着ている魔導服と腰に付けている小さいポーチだけだった。


 一方で、ソクト達の格好はかなり壮大なものであり、見るからに重装備。

 着ている服は、それぞれ『黄金色の鎧』『紺色の魔導服』『白い修道服』と変わらないが、背負っているバックの大きさが段違いだ。


 ソクトが身に付けているのは、武器や防具のスペアや、森を探検する為に必要なランタンや印をつける為の石灰石。

 前衛職であるソクトは道を切り開く事が仕事であり、それに準じた装備を背負っている。


 そして、モンゼが背負っているのは、食料と飲み水。

 いくら森には野生動物がいるとは言え、確実に狩れる保証は無く、いつでも栄養補給と休息を取れるようにしておくのは当然の備えだ。

 重量的にも重く、そして何より、匂いを嗅ぎつけた野生動物に狙われる事も多い為、遠近両用で戦えるモンゼがしっかりと管理・保護している。


 さらに、ナキが装備しているのは、様々な状況に対応する為の魔道具。

 特殊な状況下に陥った時の保険であるそれは、緊急連絡用の魔法陣や、逃亡用の煙玉、簡易的に魔法が込められた杖など、軽量であるが値の張る貴重品ばかりだ。

 こちらには、匂いが漏れないように厳重に封をした医薬品も入っている。


 彼らの教えを受けているシルストーク達も、装備の質は劣れど、基本的には同じ。

 子供の体格に見合った装備ではあるが、それでもかなりの大きさだ。



「なぁ、ナキ姉ちゃん、俺達も召喚の魔法を覚えたら、あんなに軽装で森に入るようになるのかな?」

「それはないわね、シル」


「どうして?」

「魔法を使うには魔力を消費するからよ。簡単に言うと使用制限があるって考えればいいわ。召喚契約履行の魔法なら……普通は3回も使えば疲れて動けなくなるわよ」


「リリンサは少なくとも10回は使ってるよ。なんで?」

「それは私が聞きたいくらいよー、シル。あんたは新人なんだから余計な事を考えてないで、緊張でもしてなさい!」



 そのやり取りを聞いていたワルトナは、「普通、緊張するなって言うもんな気がするんだけど。まぁ、緊張して動けなくても守ってくれるっていう意味なのかなー。出来るかねぇ。楽しみだねぇ」と密かに思っている。

 そして、場の雰囲気を切り裂くように、ソクトは重い声を出した。

 それは熟練の冒険者たる、然りとした号令。

 ピリリとした空気感が走り、一斉に視線がソクトに向く。



「私達は今から合同任務を行う。今回の目的はリリンサ・ワルトナの実力を確かめる事と、シルストーク達の訓練だ。だが、同時に並行してこの依頼を受ける事とする」

「ん。何の依頼?」


「今からそれを説明する。本日の獲物は『絞栗鼠(シマリス)』『ブレイクスネイク』『ウマミタヌキ』の狩猟。シルストーク達の訓練を兼ねていることから、初心者冒険者が受けるべき依頼を選択した」

「……どれもレベル1万に満たない雑魚ばかり。瞬殺」


「いや、それはどうだろうか。この動物達は狩猟しやすいと言えども、かなり動きが早い。特に剣士であるリリンサ君では絞栗鼠とタヌキは難しいだろう。これらを獲った事はあるかね」

「……。積極的には狙わない。私はもっと大物狙いだし」


「ならば、今回は積極的にチャレンジして欲しい。仲間と連携を覚えれば難しくないからな」



 そう言ってソクトはリリンサの肩を軽めに叩いた。

 それは、ソクトなりの鼓舞だったが、リリンサは「……偉そう。転がしてあげよう」剣を振りあげ――ワルトナに後ろからド突かれて止まった。


 それを手を挙げての肯定だと受け取ったソクトは、「では行こう!」と打ち合わせを終わらせ、先陣を切って歩き出す。

 その後ろにはモンゼ。

 真ん中にシルストーク達やリリンサ達、新人冒険者。

 最後尾にはナキが控え、前後の両方に警戒しながら、不安定機構の入り口から外へ出る。


 その瞬間、空高く照らす太陽の光が彼らを照らし、その肌に熱を伝えた。

 そして……。



「ん。《八重奏魔法連(オクテットマジック)第九守護天使セラフィム》」



 その瞬間を狙い、リリンサは防御魔法を密かに発動。

 第九守護天使特有の身体を包む暖かさを誤魔化されたソクト達は、まったく気が付かずそのまま森に向かって進んでいく。



「さて、鬼が出るか、蛇が出るか……。楽しみだねぇ、リリン」

「うん。最低でも『破滅鹿ディアーボロス』くらい居てくれないと、歯ごたえが無いと思う!」




 **********



「リリンサ君達は初めてだろうから説明しておこう。この森が私達エルダーリヴァー支部が管理している『シケンシの森』だ」



『シケンシの森』

 左右に連なる大山脈の間にあるこの谷には、深い森が延々と広がっている。

 その入り口となるこのシケンシの森にはレベルの低い動物しか生息しておらず、初心者冒険者御用達の安全な森とまで称されるほどだ。


 だが、その本質は違うのだと、ワルトナとリリンサのみが理解している。

 この森は、『試験紙の森』。

 大渓谷の奥に生息する絶望レベルの危険生物と人類の生活圏を隔てる森であり、機能しているはずの結界が破られたのなら、まず最初に生命淘汰が行われ変化が起こるであろう森なのだ。


 それを知らぬ新人冒険者だけが近寄る森であり、他の街の熟練の冒険者から皮肉を込められ、そう呼ばれているだけに過ぎない。



「この森は安全だとされているが、油断は禁物だ。過去には危険な生物の目撃情報もあり、時にはランク4を超える化物が潜んでいる事もある。注意を怠るな」

「そういえば、シスターヤミィルはこの森でヨミサソリに刺されたんですか?サソリはかなりレベルが高いと思うんですけど」


「サソリを知っているとは、よく勉強しているな、ワルトナ君」

「いえいえ。毒性の強い奴は覚えておくのが基本ですし。で、あんなのが普通に居るんですか?」


「普段は全く見かけないが……、森というのはどんな事が起こるか分からないものだし、不思議でもあるまい。ヨミサソイは小さいし隠れている個体がいたという事だろう。みんなも注意するんだぞ!」



 ソクトの声を聞いて、早速シルストーク達はポケットから手帳を取り出して、冒険記録を付けている。

 こういた地道な積み重ねの末に、熟練の冒険者となるのだ。


 なお、すでに戦闘力が爆裂しているリリンサとワルトナは雑談に興じている。



「ワルトナ、サソリって小さかったっけ?」

「成体は1mくらいはあるよ」


「だよね。隠れるのは厳しいと思う!」

「居たのは幼体って事さ。小さすぎる生物が結界を抜けてくる事は稀にあるけど……。これは、経年劣化でボロボロパターンかな」



 ワルトナが考えているのは、奥の森とシケンシの森を隔てている結界が経年劣化を起こし、小さい隙間が無数に開いている可能性だ。

 これは大穴が空いた場合に比べ、急激な変化が起こらず発見が遅れることが多い。

 そして、危険生物の幼体がじわじわ浸透し始め、シケンシの森で成体へと成長・繁殖。


 実質的に結界が意味を成さなくなった所で、その幼体を狙う大型の危険生物が結界を突破。

 空いた大穴から一気に危険生物がなだれ込み、生命淘汰が行われるというのが、よく文献に記されている破滅パターンだ。


 そんな恐ろしすぎる雑談が行われていると知らないソクト達は、素早く自分の装備を森の探検用に切り替えて行く。

 頭にはライト、腰にはロープとナイフ。

 手に道しるべを残す為の石灰石を持ち、視線を新人たちへと向けた。



「今から森に入る訳だが……、もう一度言っておくぞ。みんな、特にリリンサ君達とシル達は周囲の警戒を怠らない様に」

「分かった。《第九識天使ケルヴィム》」


「ん?何だ今のは?」

「……。おまじないみたいなもの。気にしなくていい」



 しれっとランク7のバッファを唱えたリリンサは、最前列に立つソクトとモンゼ、最後尾に立つナキ、それとワルトナを対象に視野の共有を行った。

 危険予知的な意味ではワルトナと共有していれば問題ないが、英雄を名乗る稚魚の技量に興味があったので、ついでに対象に入れたのだ。


 そんな理不尽の対象にされていると知らないソクト達は、ちょっとだけドヤ顔で新人冒険者達を見やる。

 そして、「よく見ておいて欲しい」と前置きをして、ナキに合図を送った。



「私達ほどの熟練冒険者ともなると、森に入る前にバッファの魔法と防御魔法を使い危機に備えておく。ナキ、やってくれ」

「分かったわ。《かの地にて飛びし、己の意思よ。地翔足ラピッドステップ!》」

「おぉ!すげー!!ナキ姉ちゃんのバッファ魔法だ!」

「うん、すごいね。私はまだ《強歩ステップアップ》しか使えないもんね。頑張って覚えるよ!」


「ふふ、よく見てしっかり覚えなさい、エメリ!

《かの地にて飛びし、己の意思よ。地翔足ラピッドステップ!》

《かの地にて飛びし、己の意思よ。地翔足ラピッドステップ!》

《かの地にて飛びし、己の意思よ。地翔足ラピッドステップ!》

《かの地にて飛びし、己の意思よ。地翔足ラピッドステップ!》

《かの地にて飛びし、己の意思よ。地翔足ラピッドステップ!》

《かの地にて飛びし、己の意思よ。地翔足ラピッドステップ!》

《かの地にて飛びし、己の意思よ。地翔足ラピッドステップ!》」



 シルストーク達が驚きの声をあげる中、ナキは次々にバッファの呪文を唱えて行く。

 その数は合計8回。

 人数分を唱え終って、そして再び詠唱が始まった。



「今度は防御魔法よ!《留めよ、投石。空盾エアロシール!》」

「うわー!防御魔法まで!!すげーーーー!」

「流石ナキさんですね!!」


「《留めよ、投石。空盾エアロシール!》

《留めよ、投石。空盾エアロシール!》

《留めよ、投石。空盾エアロシール!》

《留めよ、投石。空盾エアロシール!》

《留めよ、投石。空盾エアロシール!》

《留めよ、投石。空盾エアロシール!》

《留めよ、投石。空盾エアロシール!》

……はぁ、はぁ。どうよ!すごいでしょ!!」



 ナキが浮かべている表情は、熟練の魔導師のみが行える、示威行為。

 実際、これは凄い事なのだ。

 ランクが低い魔法だと言えど、それを16連発も出来る魔導師など、そうそういない。

 少なくともエルダーリヴァーにはおらず、ヤミィルが病に伏せている今、ナキは筆頭魔導師として名を轟かせている。



「ワルトナ、リリンサ!私もやるもんでしょ!!」

「わぁー。凄いですねぇー。よくも噛まずに言えたもんだと感心しますねぇー」

「……でも所詮もぐぐ!」


「ふふ、私も負けていられないからね!」

「リリンも興奮するくらいに喜んでいますよ!……落ち着け、キミのは掛け直してやるから《飛翔脚フライトステップ》」



 ワルトナは、もぐもぐ!と暴れるリリンサの口を抑えながら、密かに耳打ちして魔法を掛け直した。

 ナキが使ったのはランク2の魔法である『地翔足』と『空盾』。

 一方、ワルトナがリリンサにのみ上書きしたのはランク4の魔法『飛翔脚』であり、その効果の差は天と地ほどの差があるが、ナキは気付いていない。



「よし!これで準備も万全だな!!これより、私達は森に入り任務を行うものとする!!」

「「「「「おう!」」」」」


「「おー。」」



 そうして、ソクト達は森へ足を踏み入れた。

 やがて……。彼らは体験する事になるのだ。


 ……圧倒的で、途方もなく、理解を超えた、理不尽な絶望を。


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