第11話「英雄の欲する物」
「つまり、リリンサ君とワルトナ君は凄い特技を持っているが、それ以外は普通の新人冒険者。そう言いたいんだね?」
「そうなんです!僕らって、ちょっと凄い特技があるだけの一発屋みたいな感じで……。特にリリンは常識を知らなくてー」
「もふふ!どんな獲物も、だいたい一発!」
「こんな風に時々意味が分からない事も言うし、最強と名高い伝説のパーティーと一緒に冒険をしたら、凄く勉強になるんじゃないかって思って来たんです!」
見せた魔法がバッティングするという不運に見舞われたワルトナは、どうにか軌道修正するべく話を続けている。
出来るだけ子供っぽく振る舞いながら憧れの目線を送り続け、さっきの魔法は特別であり、それ以外は何の特技もない新人冒険者だと演じているのだ。
その結果、ソクト達はワルトナの言葉を信じた。
理由は複数あるが、『自分達はこの街で最強の冒険者だという自負があること』『所持している魔導書の品質が良すぎるせいで、その魔法を使うのに技量は必要ないということ』『無邪気にドライフルーツを貪り食ってる姿は、まさに子供そのものに見えること』などを総合的に加味しての判断である。
「それで、ナキさんやモンゼさんは、僕たちと冒険するの……嫌ですか?」
指を突き合わせながらの、ションボリとした詠唱。
それは、身長が低い子供にのみ許された、大人を騙す必殺の魔法、『上目遣いでの、おねだり』。
使用頻度は『下げすんだ目での、お強請り』に次いで高く、おおよそ善良な人へ向けられるものだ。
そんな破壊力抜群の眼差しに射抜かれたナキとモンゼは、二人揃って熱い肯定を吐きだした。
「何を言っているのよ!?一緒に冒険するに決まってるじゃない!!」
「そうですよ!拙僧も、楽しみで仕方がありません!!」
「ホントに……?お前らなんかいらないから、どっか行けって言ったりしない?」
「言う訳ないわよ!!というか、そんな事を言う奴がいたら、尻の穴に氷結杭を打ち込んでやるわ!」
「その通りです!その後で讃美歌でも歌って昇天させてあげましょう。ですから、拙僧達と一緒に冒険を致しましょう!」
「わーい。やったぁーーー。」
氷結杭を尻に打ち込んで昇天って、意味分かって言ってんのかよ!?
というか、それを12歳の僕に言うのってどうなのさ!?大人としてダメな気がする!!
まともな大人が言うような事じゃないとワルトナは判断し、モンゼの評価を一段階下げた。
ナキはあの性格だからいいとしても、モンゼは分かってて言ってそうだと思ったのだ。
リリンをコイツに近づけるのはやめとこうと計画に書きこみつつ、仕込んでおいた仕掛けへ目線で合図を送る。
その視線に気が付いたシルストークは、既に泣きそうな顔になりながら、椅子の下からあるものを取り出した。
「あの、ソクト兄ちゃん……」
「ん?なんだシル。心配しなくても、お前達もちゃんと一緒に連れて行くぞ?」
「あ、えっとそうじゃなくて……。ち、連鎖猪って知ってる……?」
「知ってるぞ。そう言えばさっき、キョウガがおかしな事を言っていたな。急いでいたから話半分に聞き流してしまったが、三途の川に連鎖猪がいるとかいう妙な話を……」
「……。あのこれ、リリンサから貰ったんだけど……」
「……角?いや、待て。これは……?まさか、こ、これはッッッ!?!?」
「連鎖猪の角なんだって。ソクト兄ちゃん、この角があればヤミィル姉ちゃん、助かるかな……?」
「………………。」
「あの、ソクト兄ちゃん?」
「なんてこった何で連鎖猪の角がこんな所にあるんだ!というかこれを簡単にあげるってどうなってるこの角は連鎖猪の角なんだろだったら価値が凄いじゃないか額面で200万はするじゃないか!頼むリリンサ君どういうことか説明してくれないか!頼む伏してお願いする!!なぜ連鎖猪の角を持っているんだッッッ!?」
「兄ちゃん!?」
「……あ。こっちも壊れた。英雄なのに、みんなポンコツ?」
シルストークが椅子の下から取り出したのは、先ほどまで召喚されていた連鎖猪の角だ。
そしてワルトナは、それを再び収納する際に一本だけ残すよう、リリンサに指示を出していたのだ。
それは、策が失敗した時の保険であり、交渉が難航した時の追撃であり、計画が完成した後のトドメの一撃。
そんな連鎖猪の角は、狙い通りにソクトの心に深々と突き刺さった。
ナキに続きソクトまで取り乱し、場の空気が混沌としてゆく。
「リリンサ君!!この角は本当に連鎖猪の角なのかね!?」
「そう。正真正銘、連鎖猪の角。自分で狩ったから間違いない!」
「自分で買った!?どこで、どこに売っていたんだ!?」
「ちがう。そっちの買ったじゃなくて、狩りをして狩った。戦利品という事」
「なんだって!?連鎖猪を狩っただって!?」
「何でそんなに驚く?別に普通に雑k……もぐぐ!!」
「はーいリリンちゃーん。ちょっとドライフルーツでも食べてなー」
余計な事を言いそうになったリリンサを華麗に口止めしたワルトナは、会話の主導権を握るべく、ソクトに向き合った。
その視線の先では、目を見開きながら覇気を撒き散らしているソクトが仁王立ちしている。
そんな、他の冒険者が見たら一目散に逃げ出すような光景を鼻で笑い飛ばしたワルトナは、態度だけは新人を演じて口を開く。
「どうしてここに連鎖猪の角がある!?狩ったってなんだ!?教えてくれッッ!!」
「落ち着いてくださいソクトさん!どうしたんですか?」
「あ……すまない。取り乱してしまったようだ。だが一大事なんだ。理解して欲しい」
「一大事?連鎖猪の角がですか?」
「そうだ。リリンサ君はなぜ連鎖猪の角を持っている?いや、狩ったというのは本当なのか!?他にも持っているのか?聞かせてくれ!!」
「そうですねぇ。リリンはドライフルーツに夢中なので、僕がお答えしますよー」
しっかりと選手交代を宣言し、ここからはワルトナの独壇場。
話を聞くしかないソクトに勝ち目は無いのだ。
「では聞かせてくれ、ワルトナ君。連鎖猪をどこで狩ったんだ?いや、何故、狩れた?連鎖猪は相当強力な害獣だぞ」
「連鎖猪を狩った場所は『ポイゾネ大森林』。ここからかなり離れた地域ですし、行くのは不可能な場所ですね」
「……くっっ!そこに行けば連鎖猪がいるのか……。どうすれば行ける?」
「そうですねぇ。三途の川を渡る必要があると思いますねぇ!」
「なんだって!?」
「ポイゾネ大森林は、ランク4以上の冒険者が同伴していないと入れない禁域指定区域です。高ランクの化物が闊歩する魔郷ですので、死を覚悟しないと」
「いや待って欲しい。キミ達はそこに行って連鎖猪を狩ったんだろう?」
「いやいや。その時は師匠が一緒で、僕らなんて荷物持ちですよ。リリンは召喚魔法が使えますし」
「そうだったのか……。なぁ、初対面でこんな事をお願いするのは失礼だと存じているが……私にも連鎖猪の角を売ってくれないか?どうしても必要なものなんだ」
急激に勢いが無くなってゆくソクト。
それでも、その目の中にある光は強い輝きを放っており、色褪せていない。
リリンサがシルストークに連鎖猪の角をプレゼントしたと聞いて、他にも所持している可能性を見ているのだ。
「あぁー、残念です。ちょっと前に持ってた角はみんな売っちゃったんだ。だからそれが最後の一本です、ごめんなさい」
「なっ!そ、そんな……。いや、一本手に入っただけでも幸運なんだ。ワルトナ君、リリンサ君、失礼な事を言ってしまって申し訳ない。許して欲しい」
持ってるよ!?こいつら、連鎖猪の角100本も持ってるよ!?!?
理不尽な事実を知る新人冒険者達は、心の中で叫び続けているが、ソクトには届いていない。
「いえいえ。あ、でも、せっかくだから何で連鎖猪の角を欲しがってるのか詳しく教えて欲しいです。シルストークの質問にも答えて無いですし」
「そうだな。……シル、それに、エメリにブルト。さっきの質問に答えよう。この連鎖猪の角があれば、ヤミィルは助かるんだ」
その声を聞いて、シルストーク達は歓喜に包まれた。
リリンサやワルトナに聞かされていたとはいえ、最も信頼する大人からの説明は絶大な効果を持つ。
これから語られるであろうソクトの説明を1文字も聞き逃さない様に、シルストーク達は真剣な表情を向けた。
……それは、薄暗い隠し事を悟られない為でもあるが、ソクトは気付いていない。
「連鎖猪の角には解毒作用がある。つまり、弱ってしまった臓器の代わりに血液を綺麗にしてくれるんだ。だから体が弱ってしまったヤミィルも、この角で作った薬を飲み続ければ生きていられる」
「角で作った薬……。でも、その薬は高価で全然手に入らないって言ってたよね?角さえあればいいの?」
「そうだ。他の材料は簡単に手に入る。裏を返せば、この角はそれだけ入手難易度が高いという事でもある」
「……。入手難易度が高いんだ……」
「連鎖猪はランク4の化物イノシシだ。しかも群れる上に仲間意識が高い。角を手に入れる為には群れを全滅させなければならないが……正直に言って、私達でも絶対に勝てる保証はない」
「そ、そうなの!?」
「連鎖猪の一匹の強さが私と同じくらいだと考えてくれ。私達はパーティーでの連携を上手く使い同数以上の連鎖猪を倒せる。が、倍数以上の群れに出くわしてしまったら、まず勝てないだろう」
「倍数って、6匹でもうダメってこと!?」
「そして、連鎖猪の群れは場合によっては30匹を超える事もあり、50匹に届くともなればドラゴンですら殺してしまう事があるそうだ。とてもじゃないが私達の手には負えないよ」
「……えっ。50匹って、角が100本ってこと、だよね……?」
「ほう?2本角だと知っているって事はしっかり勉強しているな。感心したぞ、シル!」
シルストークは憧れのソクトに褒められたが、それどころじゃない。
ついさっき見た光景が、恐ろしくてしょうがないのだ。
リリンサが連載猪の角を召喚した後の説明では、全て自分の手で狩ってきたと言っていた。
先程ソクトに説明した事と矛盾しており、あの角の山を見てしまえば、どちらが真実かなど判断するまでもない。
「それで、この角が一本あると、どのくらい薬が作れるの?三回分くらい?」
「これだけ大きい角ならば、半年分は作れるはずだ」
「え”っ。」
「だから、ヤミィルの寿命は半年延びるだけだ。すまん、シル、エメリ、ブルト。期待させてしまっただろう。だが、恨むなら角を用意できない私を恨んでくれ」
シルストークは憧れのソクトに謝罪されたがが、それどころじゃない。
えぇっー!?一本で半年分も薬が作れるの!?!?
じゃあもう大丈夫じゃん!!50年くらい大丈夫じゃん!?!?
薬を飲み続けなければいけないと聞いたシルストーク達は、リリンサ達が言った『シスターは助かる』という言葉に期限が付いていると思っていた。
薬は当然消耗品であり、貴重品だという噂から、角一本で少量しか作れないと勝手に思っていたのである。
連鎖猪の角から作る解毒薬は、確かに高額で取引されている。
だが、入手難易度が高いと言えど、不可能ではない。
リリンサ達のような魔導師ならば、むしろ簡単な方であり、角一本で半年分、つまり一頭で一年分の薬が作れるのならば、それなりに流通していても不思議ではないのだ。
しかしそうならないのは、金を持っている貴族が買い占めているという裏事情があるからだ。
この薬は、欲しい時にすぐに手に入るものではない。
だからこそ貴族達は、市場に出回る前に薬を買い占め備蓄しているのである。
場合によっては貴族同士で売買する事もあり、一種の金銭のような存在と化しているのだ。
「シル、エメリ、ブルト。この角はリリンサ君から譲り受けたと言ったね?謝礼はどうしたんだい?この角一本で200万エドロはするぞ」
「えっ。100万エドロじゃないの!?でも、結局払えないから、お手伝いをして許して貰うんだ」
「子供達は知らないだろうが、大きな戦争が起こると薬品の材料は値上がりする。今は高騰して倍の値段になってしまっているんだ。ふむ、勘違いしていたようだし、差額分は私が出そう」
「ふぇぇ。倍なの!?じゃあ2億なの!?」
「2億?まぁ、大量に購入するのなら、それだけ大きな資金が必要になるな」
「ちなみに、ソクト兄ちゃんはいっぱいの角を売ってくれる人がいたら、どれだけ買えるの?」
「全部買うさ……。と言いたいが、私の貯金を全部使っても25本が限界だ」
シルストーク達は絶句している。
それはもう、人生で最も深く絶句している。
ソクトは、手に入れられる角の本数は25本が限界だと言った。
しかし、シルストーク達は、角を101本手に入れることが内定している。実に4倍だ。
さらに、ソクトは25本を買うのが限界なのだから、貯金額は5000万エドロ程度だ。
しかし、シルストーク達はリリンサとワルトナから、角とは別に5億エドロを貰う事が内定している。実に10倍だ。
シルストーク達は絶句している。
もはや、幸運だとか言っていられないと、絶句している。
その報酬を得る為の対価に何を要求されるのかと、ひたすら恐怖しているのだ。
「ワルトナ君、私がどうして連鎖猪の角を欲してるのかも、説明した方がいいだろうか?」
「ある程度はシルストーク達から聞いたけど、しっかりソクトさんからも聞きたいですねぇ」
「必要とあらばもちろん語ろう。ヤミィルの命の恩人に失礼は出来ないからな!」
話を聞きつつもチラリとシルストーク達に視線を向けたワルトナは、その絶句具合を見て大変に満足した。
そしてその勢いに乗って、さりげなくリリンサと心の中で打ち合わせをする。
『リリン。ちょっと大事な場面だから、大人しくドライフルーツを食べててね』
『分かった。けど、なにするの?』
『ソクト達はこの街の実力者で、今から話題に上がる人物と双璧を成しているんだってさ』
『……つまり?』
『つまり、この二人を手に入れれば、この不安定機構支部の実権を奪えるかもってこと。そうなれば、ドライフルーツも定期的に手に入るようになるよ』
『素晴らしいと思う!……ところで、英雄かどうかは分かった?』
『たぶん違うねー。連鎖猪ごときを狩れないんじゃ、まさしく稚魚だしねぇ』