第10話「旅の目的(虚偽)」
「なんばしよっと!?ねぇ、なんばしよっと!?今、なんばしたとぉぉ!?」
「あ、また壊れた」
「壊れたねぇ。困ったねぇ」
ランク4なんて普通だし、別にいいよね!という、油断。
理不尽に慣れ過ぎてしまっているワルトナが立てた計画に、早くも亀裂が走ってゆく。
実際、ソクト達と馴染みのない別のランク4の魔法なら、ナキはここまで取り乱したりはしなかっただろう。
それに、無詠唱な事を指摘された場合は、ランクが低い魔法だとワルトナは偽るつもりでいた。
だが、奇しくもナキは氷結杭を練習中であり、しかも実践レベルで発動させる事が出来ずにいたのだ。
ワルトナのここ最近の悩みは、『自分の運の無さ』である。
「なん、なんば……。今のは何よ!?鉄の斧が弾き飛ばされて、ものすっごいスピードで飛んでったわよ!?」
「あ、戻った。ちょっとおもしろい」
「僕の魔法が暴発しちゃったみたいで。てへ!」
「そんなんで誤魔化されるかっ!!説明しなさい、今すぐにっ!!」
エメリーフを呼び寄せたナキは、リリンサに借りた魔導書を読んで、感動と理不尽に打ちのめされていた。
自分が所持している魔導書とリリンサが所持している魔導書の、圧倒的な品質の差を理解してしまったからだ。
え……。なによこれ……。
こんなの、ただ読むだけでいいじゃない。
頭が悪いソクトやモンゼだって簡単にできるじゃない。
……え?それじゃ、私が貯金全額の2500万エドロで買った魔導書は何なの?
毎日ずっと練習しているあの時間は何だったの?……え?え?
と、こんな風に錯乱している最中に起こった、派手な激突音。
慌てて視線を上げたナキの目に映ったのは、机の上に突き立っていた斧が壁に叩きつけられ、大きな穴を開けている凄惨な光景だ。
そして、目の前にある机が、視野に入らないわけが無く。
ナキの細長の瞳が見開き、ついに氷結杭を捉えた。
「なん、なん、何のよこれはっ!!」
「落ち着くんだナキ。これはワルトナ君が出した氷結杭だ」
「見れば分かるのよ、そんな事はっ!!そうじゃなくて、どうやって出したのかって聞いてるのよ!!」
「どうって、普通に魔法名を唱えてだ。……無詠唱でだが」
「無詠唱のどこが普通なの!?あんたたち、頭がおかしいんじゃないの!?ねぇ、ねぇってば!!」
ナキは取り乱し、まるで嘘だと言うように、氷結杭の表面をペチペチと叩いている。
その冷ややかな感触を実感してもなお、その物体が氷結杭だと信じられていない。
いや、信じたくないのだ。
氷結杭は、ナキがどれだけ頑張って唱えても、実践では使えない攻撃魔法なのだ。
「あんたも、えっと、ワル…ワル……」
「僕の名前はワルトナ・バレンシア。12歳の新人冒険者さ!」
「これのどこが新人なの!?ワルトナ!!」
「いやー。僕の必殺技を見てそんなに驚いてくれるなんて、とても嬉しいよ。……困るくらいに」
「必殺技ですって!?それじゃ、攻撃に使えるのね!?」
「……え?攻撃に使うでしょそりゃ。攻撃魔法だよ、これ」
その言葉を聞いて、ナキの目に薄らと涙が滲む。
攻撃魔法を攻撃に使うと聞いて、自分が出来ない事を出来ると言い切られて、打ちひしがれているのだ。
ナキは氷結杭を発動させるまでに、10分の時間を要する。
そして、そんな長い呪文をじっくり唱える時間など、戦闘中にある訳がない。
それでもこの魔法は、このパーティーに欠かせないものだった。
ナキの氷結杭は戦闘後の火照った体を冷やす冷却剤として使われ、「攻撃には使えないけど、なにかと便利!」と評判がいい。
しかし、パーティーの切り札として使いたいナキの魔導師としてのプライドは、ガチガチに凍てついている。
そして、そんなナキの錯乱する様子を見上げる者が一人。
エメリーフは事態に付いて行けず、つい思った事を質問してしまった。
「あの、ナキさん。この氷結杭って、すごい魔法なんですか?」
「当たり前よ!!この魔法は私達みたいな伝説級の冒険者チームの魔導師が使うような魔法よ!!簡単に言うと、ランク3の魔導師が切り札として隠しておく最強魔法なのよ!!」
「えっ。」
「エメリ。私も実はね、この魔法を練習中なの。でも発動には10分もかかる。攻撃には全然使えないわ」
「えっっ。」
「それをこの子は無詠唱で使っちゃったの!!分かる!?この支部に常駐している魔導師でそんな事が出来る奴はいないの!分かる!?」
「えぇっ。」
「この魔法はね、ひと握りの天才しか使えない魔法……ランク4なのよぉぉ!!」
「ランク4……。ランク4……?え”っ。」
ナキの説明を聞いて、エメリーフは凍りついた。
そして、それはエメリーフだけではなく、その隣のシルストークとブルートもだ。
現在、シルストークの膝の上には、『主雷撃』の魔導書が置かれている。
そしてそれは、リリンサが「この魔法は、冒険者なら誰でも当たり前に覚えている普通のランク5の魔法。簡単だし、直ぐに無詠唱で唱えられるから覚えてみよう」と言って渡したものだ。
シルストーク達は子供だ。
だがそれでも、自分達が束で戦っても勝てないナキが錯乱する魔法よりランクの高い魔法が、膝の上に隠されている事の意味くらいは分かる。
ガクガクと震えながら、シルストークは頑張って気配を消そうと努力し始めた。
リリンサ達の情報をソクト達に教えないという契約も確かにある。
が、それよりも、これだけ驚かれてもまだまだ実力を隠しているリリンサとワルトナの恐ろしさに、子供たちは震えているのだ。
「ワルトナ、いえ、ワルトナ様!なんでランク4の魔法を詠唱無しで使えるの!?何でこんな事が出来るのに、レベルが1万しかないの!?」
「それはねぇ。あ、その前に、僕に『様』なんて付けなくていいですよー」
ナキが抱いた疑問は、当たり前の事だった。
一人前の冒険者がレベル2万に達するには、日常生活で体験できないような魔法を覚える必要がある。
これは裏を返せば、そういう魔法が使えるのならば必然的にレベル2万に達するという事でもあるのだ。
だが、ナキもソクトもモンゼも、ワルトナの策によってレベルが1万だと誤認させられて、本当のレベルを把握していない。
一度刷り込まれた意識は、中々、書き変わる事は無いのだ。
「あー。実は、僕もリリンも、結構有名な人に修行を付けて貰っていたんだ」
「有名な人?」
「リリンは剣術が得意な剣士。僕は魔法が得意な魔導師にね」
「剣が得意な剣士に、魔法が得意な魔導師って、別に普通の事よね?誰の事を言っているの?」
「あぁ、それはね……」
ここでワルトナは言葉を区切った。
ちょっとだけ時間を稼ぎ、思考を巡らせる。
……。ま、架空の人物をあげるより、事実を言った方がいいかな。
僕の師匠は、コイツら程度じゃ名前すら把握してないだろうし、リリンの師匠は、3人いる中で一番知名度が低い人だし大丈夫だろ。
そんな適当な思考の結果、ワルトナは屈託のない笑顔で語りだした。
「リリンの師匠は『シーライン様』で、僕の師匠は『ディストロイメア様』だよ」
「……聞いた事のない名前ね。どこの冒険者の名前なの?」
「あぁ、腕は確かだけど、もう冒険者を引退している人なんだ。だから説明しても分からないと思うよ」
「ふぅん、で、それとランク4の魔法が使える事の関係性が見えないんだけど」
ナキと会話しながらソクトやモンゼの表情も確認したワルトナは、「やっぱり知らないよねぇ」と心の中で呟いた。
先ほど口にした名前は、その意味を知ってる人物ならば速攻で地面にひれ伏して、リリンサとワルトナに媚を売る程の名前だったのだ。
『剣皇・シーライン』
剣皇とは、全ての剣士が憧れる剣の聖地『ジャフリート』に於いて、最強の座に君臨している人物に与えられる称号。
その敬称を付けて名乗る事が出来るのは世界で一人だけであり、シーラインを於いて他には居ない。
世界に実力を証明した剣士の中では、最強と謳われている人物なのである。
『大教主・ディストロイメアー』
大教主とは、不安定機構のトップに立つ三人の支配者に与えられる称号。
『大聖母』『大教主』『大神父』はそれぞれ一人ずつ存在し、その中でも、大教主は魔法に秀でていると噂される人物だ。
あらゆる情報が隠されているが、最上位格の魔導師である事は間違いない。
そんな偉大すぎる人物の名前を、ワルトナは軽々しく口にした。
そこには、『もし知っていたら、英雄の可能性があるかも?』という、雑な狙いも含まれている。
そして、ソクト達は疑問に思う事は無かったが、それを聞いていたリリンサが反応を示し密かに魔法を使って質問した。
『ワルトナ、ワルトナ。オタク侍の名前を出して良かったの?』
『ま、大丈夫だろ。コイツら稚魚だし、どうせ知らないよ』
『むぅ。魔導師の私がオタク侍の弟子を名乗るなんて……。むぅ。むぅ』
『あ、名前を出した事自体が気にいらないのか。まぁ話の成り行きだし、しょうがないよ』
『でも、オタク侍は、「リリンサは剣の才能が無いからやめとけ」って言って、あんまり教えてくれなかった。その点では『黒幼女主義』の方がまだマシだと思う!』
『僕らより格上の魔導師であらせられるエアリフェード様の事を、ロリコンって呼ばないで欲しいんだけど』
そんな子供らしい遠慮のない会話は、心の中で行われたもの。
それを知らないナキは長い沈黙に痺れを切らし、ワルトナの肩を掴んだ。
「ねぇ、何でランク4の魔法が詠唱破棄できるの!?私は全然できないのに!ねぇ、なんでなの!?!?」
「それはね、僕は特殊な訓練を受けた……というより、戦闘訓練ばっかりしてたってのが正解だからですねぇ。レベルが低いのもそのせいで」
「戦闘訓練ばっかりしてた?」
「そうなんです。そこでは魔法の練習ばっかりしてて、というか、それしかしてません。実践的な魔法スキルを身に付けさせてから冒険者として派遣する。そんな組織に僕はいて、氷結杭もそこで覚えさせられました」
「え?なによそれ……。」
「同じことばかりしてるとレベルは全然上がらないんだ。そんな生活に嫌気がさした僕は、組織から逃げ出して冒険者になりました。そしてリリンと出会って、二人で旅をするようになったんです!」
これは、真っ赤な嘘である。
あくまでも偽装工作用に考えたものであり、設定も適当だ。
事実なのは、ワルトナとリリンサは旅の途中で出会い、二人で旅をするようになったという部分だけである。
だが、ワルトナは確かに、非常に厳しい訓練を受けて来たのは事実だ。
しかし、口にしたような生温い環境ではなく、もっと臨死の恐怖に身を置くような過酷な環境で育っている。
「僕達は自由に世界を旅したい。楽しい事を経験したり、凄い人に会ったりして、人生を楽しみたいんです!!」
「……。」
「そんな時に、英雄が率いる凄いパーティーがいる街があるって聞いて、見てみたいなって……。居ても立ってもいられなくて……」
「……そんな事があったのね。……ごめんね、騒いじゃって。私、あなたにちょっと嫉妬したの。なんでこんな子がって思っちゃった」
「それは、しょうがないよねぇ」
「憧れは必要なものだけど、嫉妬はダメよ。ねぇ、こんな私でよければ、あなたと魔法について語り合いたいわ」
「うん、氷結杭は僕の必殺技だけど、他にもちょっとした魔法は使えるんだ。それに僕も情報収拾がしたいしねぇ」
「氷結杭が最強の魔法なのね?ふふ、それを聞いて安心しちゃうから、私はダメなのね」
そして、ナキは笑った。
ワルトナ達の内情は殆ど理解できなかったが、何かしらの理由がある事は分かったし、なにより、自分よりも一回りも幼い子供が無邪気そうに笑っているという油断もあった。
先ほどまで取り乱しまくっていた人物の姿は、もうどこにも無い。
「ワルトナ、あなたの氷結杭の発動の方法、私に教えてくれないかしら?」
「いいよ。その代わり僕らを森へ連れてってね!」
「もちろんよ。これからはずっと一緒にいてあげるわ!」
「えへへ。それじゃ、魔導書を見せるね」
そう言いながら机の下に身をかがめたワルトナは、何食わぬ顔で自分のバックを召喚し、ガサガサとワザとらしく音を立てて魔導書を取り出す。
ナキやソクトの居る位置だと死角になり、普通にバックから出しているようにしか見えない。
だが、比較的近い新人冒険者達からは、ワルトナが何をしているのかが丸見えだった。
「はい。氷結杭の魔導書だよ!」
「これまたそげな……凄い魔導書が出て来たわね。ちなみに、これ以外の魔導書は持ってるの?」
「ううん。今僕が持ってる魔導書はこれしかないよ」
「あらそうなの?魔導書って高いものね」
ちょっと申し訳なさそうな表情での、ワルトナの笑顔。
そのはにかんだ笑顔を見た新人冒険者達は、魔法も使っていないのに意思を通わせ、同じ事を心の中で叫んだ。
『『『そいつら他にも魔導書を持ってるよ!!騙されてるよ!気付いてぇぇぇ!!』』』