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悪辣聖女見習いと行く、リリンサの冒険  作者: 青色の鮫
第2章「新人冒険者とドラゴン」
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第8話「召喚された非常識」

「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっ!?」

「何をそんなに驚いているの?驚くのは勝負をしてからにして欲しい!」



 幼い顔で、ふんす!と鼻を鳴らしながら、リリンサは胸を張っている。

 それは、小さな子供が自慢をする時にする、自信が満ちた誇示。


 擬音を付けるなら、えっへん!とでも言うような可愛らしい威嚇は、普通ならば微笑ましい空気感を呼ぶはずだ。

 だが現実の空気感は、全くの別物。

 現在進行形で絶対零度の空気が吹きすさび、場の空気を凍てつかせている。


 そんな空気を切り裂くように、叫び声のような怒声でナキが騒ぎだした。



「な、なんばしよっとっっ!?おめぇ、今なんばしよったっ!?」

「……は?」


「本さ、どこから出したってな!?その薄さは何だってばさ!?!?」

「……。ちょっと何を言ってるか分からない。助けて、ワルトナ」


「無理。僕にも何言ってるか、さっぱり分かんないや」



 彼女はついさっきまで纏っていた鋭い雰囲気を一変させ、目が飛び出す程に仰天しながら錯乱しまくっている。

 その結果が、この訳の分からない方言だ。


 リリンサやワルトナどころか、親しいエメリーフですら馴染みの無いその言動に、反応が出来たのは一人だけ。

 ソクトは「やれやれ」とワザとらしく肩をすくませて見せた後、リリンサとワルトナに語り掛けた。



「ナキは、『その魔導書はどこから出した?というか、その魔導書の薄さは何だ?』と聞いているんだよ」

「へぇー、今ので。それで、ナキさんはどうしたんですか?リリンの魔法を見て、頭が壊れるほどショックだったとか?」


「いや、たぶん壊れていないよ。ナキはビックリし過ぎるとが出るんだ」

「……素?」


「ナキは深い山奥の村出身で、元々はこんな感じだそうだよ。ちなみに、それでは意思の疎通ができなくて困るという事で標準語を覚えた訳だが、その時にツンデレなるものにはまり、あんな乱暴な言葉遣いなったそうだ」

「あれ、キャラ作りだったッ!?えーと、モンゼさんも協力してるとか、クオリティが高いですねぇ」


「そっちは普通にキレてるだけだ。モンゼは怒りやすい性格でね、上官を殴って破門されたそうだよ」

「……流石英雄のパーティー。キャラが濃いねぇ、強いねぇ」



 ナキは、大渓谷のふもとにある寒村出身だ。

 その村ではレベルの低い野生動物の狩猟や農業を行っての自給自足が基本であり、言葉使いなどは独自の文化で行われているほど、他の街との交流が無い。

 そんな田舎で生まれ育ったナキは、たまたま村を訪れた行商人が持っていた小説を読み、そして、冒険者に憧れてしまった。


 緩い性格の親の賛同もあり、冒険者になる為の訓練を始めたナキは、あっという間に村の人が使えた数種類の魔法を全て覚えた。

 それは生活魔法と呼ばれるランク1の魔法だったが、使える魔法には個人差があり、全種類を使える人物は村には居ない。

 だからこそ、ナキは『巫女様』などと呼ばれて、持て囃される事になってしまったのだ。


 ほぼ洗脳に近いその空気感にのぼせたナキは、村人から寄付されたお金を持って、この街へ上京。

 そして、生活魔法を5種類も使える人物など、探せばそれなりの数いるという事を知り絶望をした。


 だが、生まれ持った負けん気の強い性格のおかげで、スムーズに新たな魔法を覚えて行き、ソクトと出会う。

 やがてこの街でも指折りの魔導師にまで成長したナキは、稼いだ報酬金のほぼ全てを使って『召喚契約履行』の魔導書を買い、実質的なトップ冒険者の地位を得たのである。



「なんば、なん……なんなのよそれは!?そんな薄い魔導書、あるわけないじゃない!!」

「あ。戻った」


「言葉使いは置いといて!!じゃなくって、その魔導書はニセモノで、さっきのは手品でしょ?そうよね?」

「……タネも仕掛けも無い。魔法!」


「それ、手品師の常套句よっ!?」

「手品じゃない。疑うなら、その証拠を見せてもいい」


「証拠?どうやってよ?」

「あなたが指定した物を召喚する。これで分かるはず」



 え?そんなこと出来るわけないじゃない。っとナキは困惑した。


 召喚契約履行で呼び出せる物は、予め召喚契約を結んでおく必要がある。

 これこそが、この魔法が難解とされる要因の一つであり、一冊の魔導書で『契約用の呪文』と『契約履行の呪文』の二つが混線して書かれている事がある。


 ナキが所有している魔導書はまさにこのパターンであり、魔導書を前から順に読んだ所で、魔法が成立しない。

 いくら魔導書を読めば魔法が発動できると言っても、別の呪文が混ざってしまえば発動する訳が無いのだ。


 所持金を殆ど使ったとはいえ、ランク2程度の魔導師が手に入れられる魔導書など、この程度の品質。

 だがナキは、その魔導書を読み解き、召喚契約と召喚履行で10時間もの時間が掛るとはいえ、使用できる状態まで引き上げた。

 それは誇るべき事であり、使用できないジャンク品魔導書を売ったつもりの商人は大損害となる。


 そして、召喚契約履行が使用できるという情報が出回れば、様々な問題が起こるのは明白だ。

 だからこそ、ナキは信頼しているこのパーティーメンバー以外には秘匿していたのだ。



「確かにその方法で召喚されたら文句ないけど……。そんなの出来るわけ無いじゃない。召喚の準備にどれだけ時間が掛ると思ってるの?」

「様々な状況に対応する為に、色んな物を召喚契約している。問題ない」



 ナキが言っている事も、リリンサが言っている事も、どちらも間違っている訳ではない。

 間違っているのは、お互いの中にある常識である。


 ナキが扱える方法では、召喚契約に5時間という長い時間を要し、そう簡単に行える事ではない。

 噛んだり間違えたりせずに呪文を詠唱するというのは、それだけで体力と精神力を消耗するからだ。


 だが、リリンサはその召喚契約も詠唱破棄で行うことができる。

 というかそもそも、リリンサが所持している魔導書には『召喚契約』と『召喚履行』の呪文が別々に記載されており、普通に読むだけで大して時間が掛らない。



「いや、簡単には信じられないわね」

「いいから。好きな物を言ってみるといい」


「……。木の盾」

「分かった。《サモンウエポン=ウッドシールダー!》」



 リリンサの詠唱が終わった瞬間、からからかーん!という気持ちの良い音を立てて、机の上に木製の盾が召喚された。

 それを見たナキは、再び目を見開く。……が、必死に我慢。

 踏み留まった顔は、未だに負けを認めていない。



「も、木製の盾なら予想して準備してても不思議じゃないわ……。今度はもっと……少女が持ってないような奴……。よし!バトルアックスで!!」

「りょうかい《サモンウエポン=ウォーヒュージアクス!》」



 リリンサの詠唱が終わった瞬間、ズドム!っと重低音を響かせて、鋼鉄の斧が召喚された。

 斧は机の上に突き立てられ、持ち手の部分が天井に向かって伸びている。


 それを見上げながらも、ナキはまだ諦めていない。



「……だ、ダイヤモンドよ!ダイヤモンドなんて冒険に関係ないし、これは流石に用意してな――」

「ん。持ってる《サモンウエポン=グラデーションダイヤ!》」



 そして、盾や斧同様に、貴重品であるダイヤモンドが無造作に机の上に召喚された。

 それは、決定的な敗北をナキに突きつける、途方もない理不尽。


 速攻で召喚された事もそうだが、机の上に転がったダイヤモンドは、ナキが想像していたものよりも10倍は大きかった。

 素人が見ても価値が一発で分かる程であり、金銭に余裕があるソクトですら初めて見るそれを、リリンサはまったく動じずに素手で鷲掴みしてナキに見せつけた。


 どんな人物であろうと慎重に扱うはずのダイヤモンドを、まるで道で拾った石ころのように扱う。

 そんなリリンの平均的なふてぶてしい微笑みを見て、ナキは再び錯乱した。



「おめぇ!こげな貴重品をば、なんばしとっと!?おごられるど!!」

「あ、壊れた。ソクト、通訳はよ」

「こんな貴重品を転がさないでくれ。見る人が見たら怒られるぞ。っと彼女は言っている。なお、私も完全に同意だ!」


「ありえんど!!こげな事ば、ありえんどぉ!!」

「ありえなくない、事実。これで私が召喚契約履行を使える事と、この魔導書の品質の疑いは晴れた。私の勝ち!!」



 錯乱しまくっているナキの妙な方言と、常識が崩れて行く感覚を体感したエメリーフは、とても複雑な顔をしている。

 キツイ言葉を使おうとも、行動の端々には優しさがある事を知っているエメリーフは、ナキの事を心の底から尊敬しているからだ。


 だが、今の惨状を見るかぎり、尊敬するべき大人の姿はどこにもない。

 それをどうにか探すべく、エメリーフは再びナキに話しかけた。



「あの、リリンサちゃんがやってる事って、凄い事なんですよね……?」

「あったり前じゃない!!詠唱破棄で召喚なんて、大魔導師どころか伝説の化物魔導師の領域よ!!」


「ば、化物……?」

「そうよ!!絵本の中の出来事よ!お金だって凄く稼げるわ!!」


「えっ。あの魔法があると、お金が稼げるんですか……?」

「稼げるわよ!しかも、ものすごい金額をあっという間にね!!」


「えっっ。」

「簡単な話よ。このダイヤを運ぶ時は危険が伴うわよね?盗賊に狙われたりとか」


「えぇっと、そうですよね」

「だけど、この魔法はそのリスクをゼロにする事が出来るの。商品は大事に金庫にしまっておいて客の所にリリンサを向かわせる。で、客の前で召喚」


「……あ。」

「あなたの友達がやってる配達のお仕事だって、貴重品を運べば売り上げが高いでしょ?それをリリンサは同時に複数出来るのよ」



 ナキが言っている事は、現実では成立しない机上の空論だ。

 極論、リリンサはその商品を持ち逃げする事が出来るのだから、一回だけの契約など出来るはずもない。


 だが、その利便性を説明するには充分だった。

 その証拠に、エメリーフはプルプルと震え始めている。

 もう急いでお金を稼ぐ必要は無くなったとはいえ、リリンサに「ん、召喚契約履行は慣れれば簡単。直ぐに詠唱破棄できるようになるから、練習して覚えてしまおう!」などと言われてしまえば、自分の将来を考えてしまうのだ。


 エメリーフは、大人になった自分が、ソクトやナキと一緒に最高の冒険者を名乗る姿を想像し、ちょっとだけ笑みをこぼした。

 そんな中、やっと柔らかくなった空気をソクトは見逃さず、直ぐに主導権を握りに行く。



「すまないなリリンサ君。ナキが失礼を重ねて申し訳ない」

「別にいい。こういうのには慣れてるし」


「だろうな。だが、化物とまでナキは言ってしまっている。しっかりと謝罪しなければ私の気が済まない。ナキ、頭を下げて謝罪しろ」



 鋭いソクトの声と視線に、ナキはビクリと背筋を伸ばした。

 普段は馬鹿にしているとはいえ、大事な所ではソクトの方が上だ。


 それに、今回の件は自分が悪かったとナキも自覚している。

 素直に頭を下げたナキは、しっかりと「ごめんなさい、リリンサ様」と敬称まで付けて謝罪。


 それを横で見ていたワルトナは、誰にも聞こえない程の小さな声で、「操り人形、ゲット」と呟いた。



「これも失礼な物言いになってしまうが、リリンサ君の有用性は十分に分かって貰えたと思う」

「そうね。この魔導書も本物なんだろうし。……ねぇ、これ、見てもいいかな?リリンサ様」

「いい。そして敬称もいらない。私は年下だから」


「ナキは納得したようだね。モンゼはどうだい?」

「拙僧も問題ないですよ。ですが、別件で気になる事があるのですが……」



 ナキはリリンサから許可を得た事が嬉しくて、エメリーフを呼び寄せて、一緒に魔導書を読み始めている。

 いつもの調子に戻ったナキと、複雑な心境で師匠を持ちあげるエメリーフ。

 さらに、未だに膝の上に魔導書を隠しているシルストークとブルートは、絶対にバレてはいけないと必死に気配を消している。


 そんな良く喋る人達が離脱した事により、静かになったテーブルで話題を振ってきたのはモンゼだ。

 モンゼは興味深げな視線を巡らせて、リリンサとワルトナを見た後、ゆっくりと口を開いた。



「リリンサ殿が凄い魔導師だという事は分かりました。ですが、そもそもお二人はどちら様ですかな?何か目的が有ってこの街に?」

「あ、ここからは僕が代りにお話します!この話はリリンには、ちょーと難しすぎるから、クッキーにドライフルーツでも挟んで食べてなー」

「なにそれ!すごく美味しそう!!」



 華麗に話の主導権を握ったワルトナは、表面だけは天使な笑顔で、ソクトとモンゼへ笑いかけた。

 そんな無邪気な笑顔を向けられた二人は、優しい頬笑みを返している。


 ワルトナの心の中では、「さて、仕込みを始めるとしようかね。ソクトは十中八九、ユニクルフィンと関係ないだろうけど、ま、余興って奴さ」などと、思っているとも知らずに。


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