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悪辣聖女見習いと行く、リリンサの冒険  作者: 青色の鮫
第2章「新人冒険者とドラゴン」
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第7話「英雄のパーティ」

 

「ということで、今日から一緒に冒険をする事になった、リリンサ君とワルトナ君だ」

「あぁ、元々馬鹿だとは思っていたけど、ついに頭が壊れてしまったのね?ソクト」



 目隠しが立てられたテーブルに戻ってきたソクトは、開口一番にリリンサとワルトナの紹介を始めた。

 だが、名前を言った段階で、後ろにいた茶髪の魔導師から蔑みの目線を叩きつけられ、沈黙。


 さらに、その冷ややかな目線の余波を受けて、和気あいあいと談笑していた新人冒険者たちも、沈黙。

 双方が黙り込むという痛々しい空気が、ソクトの精神を削ってゆく。



「……おほん!いやはや、どうやらシル達とは仲良くなれたようだね。とてもいい事だ」

「そうですねぇ、僕もシルストーク達とお友達になれて嬉しいです!」

「友達は大切だと思う」

「「「うんうん、ソウデスネー」」」



 場の空気をどうにか戻そうと、ソクトは即座に話題を切り替えた。

 こういった雰囲気を読むスキルは、熟練の冒険者には必須技能であり、当然ソクトも備えている。

 怒り狂う猛獣(仲間)を上手く処理できなければ、トップ冒険者は名乗れないのだ。



「さて、私のメンバーを紹介したいと思うんだが……。随分盛り上がっていたように思えるが、大丈夫かな?」

「大丈夫ですねぇー」


「悲鳴のようなものも聞こえた気がするが、本当に大丈夫か?」

「全然問題ない。ドライフルーツも美味しかった。ご馳走さま!」



 シルストーク達の目標と不安を圧倒的理不尽で押し潰したワルトナは、5億エドロの任務の概要を説明していた。

 与えた依頼は二つ。

 一つは『ワルトナやリリンサと友好的に接する事』

 もう一つは『ワルトナやリリンサから与えられた情報を、ソクト達に喋らない事』だ。


 それらの第一歩として、見られてしまうと言い訳が不可能な札束と連鎖猪の角は、一時的に回収し綺麗に片づけられている。

 さらに、とても仲良くなったという事をソクトに見せる為に本を使って勉強会まで始めていた。


 そんな時にソクトは都合良く現れた。

 そして、ソクトが本題に入ろうとした瞬間、深刻な未来を感じとったシルストーク達は、一斉にリリンサが召喚して渡した『魔導書()』を机に下に隠す。



「ん?何を隠したんだい?シル」

「え、えぇっと、あの……」


「おや?あやしいな。見せてくれないか」

「え”。えぇっと。これは……ソクト兄ちゃんには……」



 幼い子供である彼らでも、その本を見せる事の意味は充分に理解出来た。

 机の上に広がっていたのは、それぞれ、『召喚契約履行サモンウエポン』『主雷撃プラズマコール』『瞬界加速スピィーディー』の魔導書。

 それは、一冊でも存在がバレれば、血で血を洗う争奪戦に発展する恐ろしきもの。


 シルストーク達は、この支部の殆どの冒険者と面識があり、友好的に接している。

 だからこそ、分かったのだ。

 この三種類の魔法は、この支部にいる冒険者が誰も使う事が出来ない、凄すぎる魔法であると。


 冒険者にとって、魔導書というものは最上級の至宝だ。

 呪文を間違えずに唱えれば誰でも魔法が使えるこの世界では、ランクの高い魔導書とはすなわち『力の象徴』であり、しかも、リリンサが召喚した魔導書は最高品質。


 そんな魔導書を使って勉強しているという、誰もがうらやむ状況を理解しているからこそ、シルストーク達はなんとか誤魔化そうと頑張っている。



「私には、なんだ?私には見せられないと言うのか?」

「いや、あの、その、えっと、うんと……」

「ソクトさん、その本は僕達が持って来たものなんだ。都会の方で大人気の本でさ。見たこと無いっていうから貸してあげたんだ」



 だが、経験が浅くレベルが低いシルストーク達は、上手い言い訳が見つからなかった。

 それを見かねたワルトナは、ちょっとしょんぼりした風な雰囲気を演じて、ソクトに視線を向ける。



「ワルトナ君が?何の本なんだい?」

「初心者冒険者が読むべき本だよ。もうすでに立派な冒険者のソクトさんに見られるのが恥ずかしくって隠したんだよね?シルストーク?」


「ふむ、そういう事ならば詮索はしないでおこう。だが、あまり本に頼り過ぎるのもダメだぞ?冒険者は体で経験して覚えるものだからな!はは!」



 違うよソクト兄ちゃん!この本は初心者が読む本じゃないよ!?

 大魔導師が一生を賭けて読む本だよっ!?


 シルストーク達はソクトの事を尊敬している。

 だが、あっさりと騙された上に高笑いまでしている姿を見て、人生で初めて「兄ちゃんって、マヌケなんだなぁ」っと思った。

 そして、ワルトナとリリンサは小さな声で、「チョロイ」と呟いて、屈託のない笑顔を浮かべている。



「ちょっと、いつまで漫才をしてるのよ?本当に頭が壊れた?叩いてあげましょうか?」

「ナキに叩かれたら陥没してしまうな。はははっぐおっ!」


「ヘコんでなさい。っと、そっちの二人がリリンサとワルトナね?どっちがリリンサ?」

「僕じゃ無い方だよー」


「あっそう。そっちがリリンサね」



 子どもと戯れる同僚にイラだった茶髪の魔導師は、持っていた小銭入れを握りしめてから、ソクトの頬を張った。

 軽く叩いたといえど、金属のコインがしっかり詰まった袋で叩かれれば、それなりなダメージとなる。

 よろめいているソクトと入れ替わるようにして、『ナキ』と呼ばれた魔導師はリリンサの前に歩み寄って、見下ろした。


 その切れ長の瞳はつり上がり、明らかに友好的な雰囲気ではない。

 そしてその強気な態度へ、リリンサも平均的な表情を返した。



「……なに?何か用?」

「あんたがリリンサね?随分ちっこいじゃない」


「それはそう。12歳だし」

「シル達と変わらないじゃない。ガキだわ」


「こら!やめないか、ナキ!!」



 金属での殴打を受けたとはいえ、ソクトは屈強な体を持つ剣士であり前衛職。

 真っ当な魔導師であり女性であるナキの攻撃など、実際にはさほど効いていなかった。

 平気な顔をしていると魔法が飛んでくる可能性があるから、演技をしていたのである。


 だが、これから勧誘をしようとしているリリンサ達と喧嘩をしそうだとなれば、見過ごす事は出来ない。



「あんたが嘘をつくからじゃない、ソクト。こんなガキが召喚契約履行を使えるなんて……ありえないわ」

「待ちたまえ。私は嘘を言っていない。言い方が悪かったのは謝罪するから、一旦落ち着いてくれ」

「そうですよ、ナキ。樹海のように広い心で許しましょう。相手は子供なのです」


「うっさいわね。黙ってなさいよ、リストラ聖職者」

「おい!それは禁句だろ!!」

「ははは。埋葬した後で祈祷をしてあげましょう。かかって来なさい、小娘ぇ!」



 ワルトナとリリンサは心を一つにし、「なんだコイツら?」っと思っている。

 目の前で繰り広げられているコントが滑稽で仕方が無いからだ。


 金色の甲冑を来た『ソクト』と、紺色の魔導服を着た『ナキ』。

 それと、白い修道服を着た温和そうな男、『モンゼ』。

 誇り高き英雄の子孫が率いる、この街で最強のパーティーである。


 それを知っているからこそ、リリンサとワルトナは密かに密談を始めた。



『ワルトナ。なにあれ。後から来た方レベルが2万7千しかない。稚魚よりも稚魚。……生まれたて?』

『あれでも一応強い方なんだよ。一般的には』


『あれで?ぶっちゃけ盗賊の方が手強そう』

『それはそうだろうね。盗賊は人間専門のハンターだ。対人戦に慣れてるからレベルが低くても侮っちゃいけないもんだし』


『で、あんなのと一緒にいるとか、いよいよ英雄じゃないと思う』

『まぁ、僕らみたいに実力を隠しているかもしれないし、もうちょっと様子見だねー』



 その酷過ぎる密談の最中にも、ナキとモンゼの小競り合いは続いていた。


 モンゼは今の今まで人柄の良さそうな笑みを浮かべていたのに、ナキに暴言を吐かれた瞬間、鬼へと変貌。

 対するナキも、鋭い視線をさらに細くして威嚇している。


 バチバチと弾ける視線で睨み合い、お互いが動こうとした瞬間、ソクトが割って入り事態は沈静化に向かった。

 ワルトナとシルストークが、「いつもあんなに仲が悪いのかい?」「そうだよ。ナキ姉ちゃんはおっかないから、逆らったらダメだぞ」という雑談をしているのを聞いたからだ。



「ほらほら、自己紹介もせずに喧嘩なんてするんじゃない。大人として恥ずかしいだろう。さぁ、ナキから自己紹介するんだ」

「……ナキよ」

「拙僧はモンゼ・ハクといいます。リリンサさん、ワルトナさん、失礼をしてしまい申し訳ありません」

「いえ、失礼だなんてそんな!伝説の冒険者パーティーであらせられる『とどろ韋駄天いだてん』の皆様に会えただけで感激しているくらいですので!」

「そう、すごく驚いてる」


「ふぅん?そこそこ可愛げがあるじゃない」

「そうですね、あなたよりもよっぽど。……さぁ、ビスケットでもあげましょう」



 再び向けられた鋭い視線を誤魔化すように、モンゼはポシェットからビスケットの箱を取り出して机の上に置いた。

 それに速攻で反応し、「食べていいの?」と熱い視線を送るリリンサ。


 優しげな頬笑みが頷いたのを確認したリリンサは、精錬された動きで箱を開けてバタービスケットを頬張った。



「さて、これで本題に入れそうだ。ナキ、モンゼ。先ほども話したが、私は彼女達をパーティーに迎え入れたいと思っている」

「さっきも聞いたから同じことを言うわ。こんなガキが召喚契約履行を使えるなんてありえない。頭おかしいんじゃないの?」



 そのナキの声を聞いて反応したのはエメリーフだ。

 シルストークがソクトに懐いているように、エメリーフはナキと親しい。

 同じ女性魔導師だからこそ共通点も多く、実質的にナキはエメリーフの師匠なのだ。



「あの、ナキさん。やっぱり召喚契約履行って難しい魔法なんですか?」

「そうよ。難しいわ」


「どのくらい難しいんですか?」

「そうね……あなたにもいずれ見せようと思っていたのだけれど、丁度いいわ。これを見なさい」



 そう言いながらナキは自分のリュックを開けて、一冊の本を取り出した。

 それは、200ページはあるだろうかという分厚い魔導書。

 そして、ドスン。と音を立てて机の上に置かれたその魔導書のタイトルを読んで、エメリーフは絶句した。


 その魔導書は、現在エメリーフの膝の上にある『召喚契約履行』の魔導書と同じタイトル。

 だが、リリンサが貸している方は精々10ページほどであり、どちらの品質が高いのかは比べるまでもない。



「これは召喚契約履行の魔導書よ。簡単に言うと、伝承に出てくるようなすごい魔導書なの」

「えっ。」


「この本の中の呪文を短く繋ぎ合せて、自分用の呪文を作るのよ」

「えっっ。」


「分かるかしら?この魔導書の価値が。この魔導書と呪文を読む時間さえあれば、どんな窮地も解決する。必要な物を必要な時に呼び出せるのよ。たったの5時間でね!」

「え”ッッッ。」



 エメリーフは困惑している。

 シルストーク達も当然困惑しているが、それよりも深く深く、困惑しまくっている。


 なぜなら、エメリーフは先ほどのお勉強会の時に、リリンサの教えに従いながら魔導書を読んで『召喚契約履行』を発動させてしまったのだ。

 尊敬している師匠が5時間もかけて発動する大魔法を、エメリーフはお手軽に15分程度の詠唱で使ってしまった。

 そんな、混乱と、歓喜と、後ろめたさと、罪悪感は、12歳の少女を固まらせるには十分すぎるもの。


 しかし、その沈黙を好意的に受け取ったナキは、悪い大人の笑顔でリリンサを見下ろした。



「そうね、本も出したし丁度いいわ。リリンサ、私と勝負しなさい」

「……勝負?」


「そうよ。どちらが早く召喚の魔法を使えるのかの勝負よ」

「……。勝負にならないと思う」


「あら?戦う前から負けを認めるの?」

「いや、そうじゃない」


「ふぅうん?私に勝つつもりでいるの?言っておくけど、この魔導書は最高品質よ。前に見たのはこの倍近くあったんだから」

「……それはニセモノ。そっちのは粗悪品」


「なんですって!?」

「その魔導書は見るからに呪文が追加されまくっているタイプ。余計な文字が多いから、魔法を覚えるのに無駄に時間が掛る。ハッキリ言って、その魔導書に価値など無い」


「なぁーにぃーー!?」



 怒りにまかせ手をテーブルに叩きつけたナキは、ギロリという視線をリリンサへ向け睨みつけている。

 対するリリンサは、まったく動じていない。

 この程度の威嚇など、レベルが90000を超えるドラゴンのものと比べれば対した事が無いと思っているのだ。


 それでも、リリンサは12歳。

 精神年齢は至って子供だ。



『ワルトナ、生まれたての稚魚が私に喧嘩を売っている。買っていい?』

『ダメだねぇ。稚魚なんだから優しく保護してやりな』


『育つ前に食べられてしまえばいいと思う。自然淘汰!』

『じゃ、さっきの勝負を受けてやりな。そうすれば分かるだろうからさ。実力差がね』


『分かった。そうする』

『あ、せっかくだ。一撃で仕留めなよ』


『了解。プランB、「上げて堕す」だね』



 密かな密談が終了し、リリンサは平均的な暗黒微笑を向けた。

 その視線を見て、ナキは悪い笑顔を返す。



「その勝負を受けてもいい。格の違いを思い知れ」

「あら?背伸びしちゃって。大人へ立て付くとどうなるか教えてあげるわ」

「待て!やめないか、ナキ!!」



 だが、ここでソクトが止めに入ってきた。

 まるで仲間が一人で死地に向かってしまうのを止めるかのように、必死に説得している。



「別に怪我とかさせないわ。どうやって魔法を使うか実演してあげるだけよ」

「やめろ。これはキミの事を思って言っているんだ」


「ソクト、あなたはさっき言ったわよね?私よりもリリンサの方が早く召喚契約履行を使えるって」

「あぁ、確かに言った」


「でも、それはおかしい事だわ。召喚契約履行はどうやったって時間が掛るものよ。でも私達がここに来てから、まだ一時間くらいしか経って無いわ」

「……。そうだな」


「だからあなたは誰かから話を聞いただけ。どうせ、シルやエメリが大げさに言ったのを信じてしまったんでしょ?」

「断じて違う……と言いたいが、もういい。これだけ止めたんだから、私を怨まないでくれよ」



 ナキはリリンサに背を向けてソクトと話をしている。

 という事は、ソクトからはリリンサの行動が丸見えだった。


 そんなソクトの目に映っているのは、リリンサが持っていた剣を出したり消したりして練習している姿。

 それを見て色々なものを諦めたソクトは、どうにでもなれと話を打ち切ったのだ。



「さ、それじゃチャッチャとやるわよ。魔導書を準備しなさい!」

「……魔導書?今は持っていない」



 リリンサは、チラリと視線をエメリーフに向けて確認をした。

 そして、その頭が高速で横に振られている様子を見て、魔導書を返して貰う事を諦める。


 だが、それを見たナキは大人げない笑みを浮かべている。

 リリンサが魔導書を出せないと知って、やはり嘘だったと勘違いしたのだ。



「あれ?持ってないの?見せて欲しかったんだけどなー。あなたの魔、導、書!」

「……。今は手元に無いから出せないだけ。後で見せる」


「そっかぁ。あ。じゃあ召喚してよー。召喚契約履行の魔導書を召喚すればいいじゃない」



 ナキが言っていることは、魔法を使えると嘘をついた人に対する当て付けだ。

 そんなことが出来ないと思っているからこそ、無理難題を吹っ掛けてからかっているのだ。


 だが、残念なことに目の前の人物は理不尽だった。



「あ、確かに」

「……え?」


「じゃ、出す《サモンウエポン=召喚契約履行の魔導書!》」

「え。」



 リリンサが呪文を唱えた数瞬後にはもう既に、その手の中に一冊の薄い魔導書が握られていた。

 そして平均的な挑発顔で、リリンサはナキに魔導書を突き出す。



「はい、出した。好きなだけ見るといい」

「え?え。えっっ?」


「見ないの?じゃ、約束通り勝負をしよう!」

「えぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?!?」


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