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悪辣聖女見習いと行く、リリンサの冒険  作者: 青色の鮫
第2章「新人冒険者とドラゴン」
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第6話「暗躍する聖女見習い」

「リリンサ君達。すまないが、少しここで待っていてくれないか?」

「はいはーい。分かりましたー」

「ん。了解」


「あぁ、ただ待つのも退屈だろうから、これでも食べながらシル達と談笑でもしていると良い」

「おや?これドライフルーツっていうんだっけ?へぇー綺麗なもんだね」

「……。しばらく戻って来なくていいと思う!」


「ははは!ならば、ゆっくり歩いて行くとしよう!」



 ソクトに先導され、リリンサとワルトナ、シルストーク達は静かに後ろを付いて行った。

 長い距離を移動した訳ではない。

 目隠しが立てられており、他の冒険者に知られたくないような話を行う時に使用されるテーブルへと案内されただけだ。


 ソクトがこのテーブルへ案内したのは、もう既に注目を浴びてしまっているリリンサやワルトナへの配慮からだ。

 比較的高級品であるドライフルーツを振る舞ったことからも、その気遣いの深さが見えている。



「では、私の仲間達を呼んでくるよ」

「はい、大人しく待ってます」

「行ってらっしゃい」



 ソクトが目隠しの外へ出た瞬間、リリンサは口が開かれていた袋から一粒取り出して、口に放り込んだ。

 キラキラと輝く浅紫色はブドウのドライフルーツ。

 表面には砂糖がまぶされていて、食べた事のない甘さと酸っぱさに、思わずリリンサは微笑んだ。


 そして、リリンサの様子を窺って毒味を済ませたワルトナも、四角く切られたオレンジ色の粒を口に入れた。

 その思わぬ酸っぱさに身をよじらせたが、後を引く美味しさに頬を緩ませ、二つ目に手を伸ばす。



「もぐもぐもぐもぐもぐ……」

「へぇ。結構美味しいもんだね。ほら、キミらも食べないとリリンに喰い尽されるよ」

「えっ。だってそれ、高い奴じゃんか……」

「そうだよ、私達に出したんじゃないし、ね……」

「うん。一緒に連れて行ってもらんだし、さ……」


「もぐぐ……。関係ない。みんなで食べた方が良いに決まってる。ほら」



 そう言いながら机の上の袋を手に取って、リリンサはシルストーク達に向けた。

 おずおずと手を伸ばし、一粒ずつ手にとってシルストーク達は口へ運ぶ。



「美味いな。うん、凄く美味い……」

「そうね、誕生日のケーキよりも甘くないのに、とても美味しく感じるわ」

「おや?食べたこと無いのかい?すごく高いって言ったって事は、売っている所を見た事があるってことだろう?」


「俺達はお金を貯めてる最中なんだ。値段を知っていたのも、どうにかシスターを元気づけるために購入しようと思ってて……」

「この一袋で1万エドロくらいするのよ、これ。買えなくは無いけど、でも他に麦とか牛乳とか必要なものがあるから、なかなかね」



 ポツリポツリと始まった雑談の最中も、シルストーク達の表情は暗いままだった。

 それは、冒険者となったのに殆ど稼ぎが無いという実情が起こしている、焦りや不安から来るものだ。


 実際の所、12歳の冒険者などというものは、基本的に成立しない。

 子供は、耐久力が低い。

 肉体的な強度が足りず、大人並みの行動を起こせば、直ぐに怪我をしてしまうからだ。


 だからこそ、受けられる任務が殆ど無いというのが実情だった。

 今は体の基礎作りに励み、他の冒険者が狩って来た素材の解体を手伝いながら知識を得ている最中であり、結局、お駄賃程度の稼ぎしか手に入らない。

 この支部にいる全ての冒険者が、そうやって技能を身につけて来たのだ。

 先輩冒険者が示すそれは正しい道のりであり、事実、確実な経験を積むこの方法が、最も生存率が高いのである。


 だが、それではダメなのだ。

 シルストーク達が救おうとしているシスターは、内臓が繰り返し炎症を起こすという重病だ。

 それは遅行性の病だったが、シスターはそれを隠して孤児院を管理していた。


 無理がたたり、次第に熱を出す回数が増えて、ついにベッドで寝ている日数の方が多くなった。

 ここまで進行してしまえば、死が見え始めている事など誰の目にも明らかな事だ。



「1万エドロか。まぁ、嗜好品にしては高級かなー。でもキミらのシスターはその程度のお金も無いのかい?冒険者だったのに?」

「え?冒険者だったって、何で分かったんだ?」


「エメリーフの魔導服と杖だよ。キミら剣士組の装備と違って、エメリーフの装備はしっかりしたものだ。それこそ、一流の冒険者がちゃんとお金を溜めて買うような奴だしね」

「リーフの服が……?」


「どうせシスターに、「売って金にしろ」とでも言われて渡されたんだろ?いや、正確には、「これを売ってお金にして、不安定機構が運営している孤児院へ移籍しなさい」が正しいのかな?」

「な!何でそんな事まで分かるんだよ!?」


「僕はそういった物の鑑定が得意でねー。ちなみにそれを売ったら300万エドロくらいにはなるよ」



 シスターが倒れる前の孤児院は、質素ではあるが貧困とは程遠い生活をしていた。

 いつも孤児院にいて、笑顔で子供たちと触れ合うシスター。

 何らかの仕事をしている訳でもない彼女がなぜ、子どもと言えど20人もの人数を養えたのか。


 それは簡単な事だった。


 孤児院のシスターは、この街で精彩を放つ冒険者パーティーの一員だった。

 今は拠点を移してしまったそのパーティーは、誰もがうらやむ程の稼ぎを手に入れており、末端の魔導師だった彼女も相応の貯蓄があったのだ。


 そして、もう一つの理由。

 彼女は、たったの数年間だけ貯蓄が持てばいいと、そう思っていた。


 恐ろしき危険生物から受けた毒を治療することを諦めたシスターの、ささやかな夢。

 それは、『残された余生を、優しい子供達に囲まれて過ごしたい』という、小さすぎる目標。


 シルストークは口の中に残った甘さを噛み殺すように、声を絞り出してワルトナへ向けた。



「シスターはさ、ヨミサソイっていう化物の毒を受けて内臓が痛んでいたんだって。それも、シスターが倒れて治療院に入院した後でソクト兄ちゃんに教えて貰ったんだ」

「ヨミサソイ……正確には『黄泉サソリ』か。ランク4だねぇ」


「ずっと高い治療費を払い続ければ、延命が出来るんだって。でも、シスターはそれを選ばなかったんだ……それで、孤児院を開いて、親に見放された俺達を引き取ってくれて……」

「ふむ?この街にも孤児院があるだろう?」


「そっちの孤児院はもう一杯なんだ。だから、良い扱いを受けていなくても住む家があった俺達はずっと後回しにされてた」

「へぇー。良くある話だね。僕としては愉快な展開だし」


「愉快だと!?ふっざけっ――」

「あぁ、愉快だねぇ、痛快だねぇ。……だってさ、キミらのそんな生活は終わるんだ。シスターは助かるし、キミらはこの街のトップ冒険者に上り詰める。ドライフルーツだって食べ放題になるんだ」


「それは……。また嘘なんだろ?そうなって欲しいけど、でも、俺達じゃどんなに頑張っても出来ないって分かってるから」

「嘘じゃないさ」



 ワルトナは笑っていた。

 その表情はどこまでも優しく、慈悲深いもの。


 まるで聖女の様なその笑顔に、シルストークは思わず見惚れてしまった。

 そして、掛けられた声は……決まっていると諦めていた運命を、一撃で叩き潰した。



「じゃ、まずは財政難を何とかしよう。丁度いい事に臨時収入があったしねぇ。リリン、この間稼いだお金を出してくれるかい?」

「もふふ……んぐんぐ!《サモンウエポン=お金の山!》」

「は?……ぁぁぁあああああああああッ!!」



 ズドムッ!と鈍い音を出して出現したのは、紐でくくられた札束の群れ。

 ちょうどシルストークの身長を同じ高さのそれは、どんなに願えど手に入らなかった希望だ。


 いきなり理不尽な物を見せつけられたシルストーク達は、目を見開いて絶句。

 その札束の山から視線が外せず、代わりに口がパクパクしている。



「ここに5億エドロある。欲しいかい?」

「えっ。あ、ほ、欲しいに決まってるだろ!」


「そうかい。じゃ、やるよ」

「……は?」


「あげるって言ったんだよ。もし、キミらが僕らの手を取ると言うのなら、これをプレゼントしよう」

「な、なんで……。5億エドロなんて、こ、こんなに凄いお金、ソクト兄ちゃんですら……」



 その提案にシルストークはたじろいだ。

 だが、これさえあればシスターは助かるとの思いが、思考を鈍らせてゆく。



「もちろんタダじゃない。キミらは冒険者なんだろう?そして、次に受ける依頼を探していた。そうだね?」

「え?そ、そうだけど……」


「だから、キミら3人を5億エドロで雇うと言ってるんだ」

「お、俺らを雇うって……こ、こんな大金で……?」


「確かに大金だよね。でも別に、これが僕らの資産全てという訳じゃないから安心してくれたまえ。リリン、ありったけの連鎖猪の角を出しておくれ」

「えっっ!?角、持ってんの!?!?」



 ワルトナの声を聞いてリリンサは速攻で立ち上がり、くるりと身を返した。

 向けた視線の先は壁。それでもリリンサと壁の間には3m程のスペースがある。


 そして、リリンサは躊躇なく唱えた。

 新人冒険者どころか、この建屋の中にいる全ての冒険者が戦慄する、恐ろしき物を。



「じゃあ出すよ《サモンウエポン=連鎖猪の角!いっぱい!!》」



 バラララララララ、ズザァー。

 それは、召喚された102本の角が山になった後で崩れた音。


 一本100万エドロもする角が転がり、シルストーク達の足元まで雪崩れ込む。

 恐る恐るそれを手に取ったシルストークは、初めて触る角の美しさと、表面に映った自分のマヌケ面を見て、さらにマヌケ面になってゆく。



「なんだよこれ……。これって、一本100万もするっていう角なのか」

「そうだよー。この角だけで1億エドロくらいにはなるし、他にも僕らは色んな素材をいっぱい持ってる。だから5億エドロなんて、ちょっと大人にお強請ねだりするお小遣いな感覚さ」


「イノシシはソクト兄ちゃんですら全力で戦うって言ってたのに……。お前らって、一体、何者なんだよ……?」

「僕かい?僕の名前はワルトナ・バレンシア。弱きを助け、強き害獣をくじき、盗賊を爆裂させ、ドラゴンを狙う――見習い聖女様だよ!」


「え?なになに?言ってる事が良く分からなかったんだけど!?」

「要約すると、僕らは大型新人って奴さ!」


「納得すると思うか!?しないだろ!!」

「とにかく、僕はキミらと仲良くしたいんだ。ね、いいだろう?角もあげるからさー」


「え、だって、なんか騙されてる気が……」

「ちなみに、連鎖猪の角が何で高価なのかっていうと、解毒薬の材料になるからなんだよね。質の良い解毒薬の材料って大体これさ」



 事もなげに告げられた、知られざる真実。

 それを知ってしまったシルストーク達は、生殺与奪の一切を握られたも同然だった。

 それぞれが決意を秘めた表情で向き合い、しっかりと頷く。


 やがて新人冒険者チームの総意として、リーダーのシルストークがワルトナに頭を下げた。



「俺達を雇って欲しい……です!その角がどうしても欲しいんだ……ですっ!」

「頭を上げなよ。んで、僕らはキミらにそんな風に敬われたくない。友達として普通に接しておくれ」

「そう。そしてあの英雄もどきを転がせるまで強くな――もふふ!」


「ありがとう。あぁ、シスター助かるんだな……」

「助かるさ。ほら、そんなぐしゃぐしゃな顔じゃソクトさんに笑われちゃうよ?涙を拭きな」



 ハンカチを取り出しながら、ワルトナは微笑んでいた。

 ……真っ黒な、暗黒の頬笑みで。


 ワルトナは知っていたのだ。

 この街には英雄ソクトの他にもう一人、シスターと呼ばれる有名な冒険者がいるということ。

 そして、そのシスターは毒に侵されており、シルストークやソクトがどうにか薬を用意しようとしている事。

 その薬の原材料は連鎖猪の角であり、手前の安全な森(・・・・・・・)には生息しておらず、非常に高価だと言う事も。


 だからこそ、連鎖猪の角を引き合いに出し、周囲の冒険者へシルストーク達を使って伝達したのだ。


『ソクトが必死に探している連鎖猪を倒した』と、幼女が言う。

 それは直ぐに話題となり、ソクトの元に届くだろう。

 そうすれば、生息場所を聞くためにソクト自らがやってきて、今と同じ結果となる。


 仕掛けられたそれは、二重の策だったのだ。

 結局、もっとも直接的な結果となって花開いたが、今の所の表面だけ見れば誰も損をしない、一番良い結果だ。


 ワルトナは笑う。

 上手く行けばこの不安定機構の支部ごと手に入ると、悪い悪い笑顔で、わらう。


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