第5話「逆転する勧誘」
「あの、それで、荷物持ちでも何でもしますから、僕達を冒険に連れて行ってくれませんか!?」
無邪気な声で放つ、可愛らしい上目使いでのおねだり。
しかも、両手をしっかりと組み、バレないようにランク1の魔法で涙を演出すれば、更に完璧。
そんな幼女の懇願は、ソクトの胸に突き刺さった。
「……もちろんだよ!こんなに可愛らしくお願いされたら断れないじゃないか!!」
「うわー。やったぁーー。」
分厚い手袋越しに肩を掴まれながら熱い声を掛けられたワルトナは、棒読みで喜んだ。
その表情は、上辺だけは満面の頬笑みだが、心の中では「触るんじゃないよ。服が汚れるだろ」と思っている。
ソクトの対応に違いが出るのは、仕方が無い事だ。
リリンサが召喚魔法を使った瞬間、ソクトとの立場は入れ替わり、ワルトナ達が圧倒的有利となった。
これは、伏せられている実力を考慮しての事では無く、『レベル1万の新人冒険者』と『この街で最も強い熟練の冒険者』としての立っている立場が入れ換わったと言う事だ。
それほど召喚魔法というものは価値のあるものであり、最優先されるべきもの。
他の冒険者たちが羨ましそうに成り行きを見守っているのも、全員がどんな対価を支払ってでも、リリンサ達を手に入れたいと思っているからだ。
だが、新人冒険者のシルストークだけは、納得がいかずに声を上げた。
「ソクト兄ちゃん、コイツらを冒険に連れて行くのかよ!?……です!」
「そうだぞ。ん?何か言いたそうだな?言っていいぞ」
「俺達と約束したじゃんか!今度一緒に森へ連れてってくれるって!」
「シル。私は約束を破るつもりは無い。今度、日を改めてから連れて行ってやるとも」
「後から来たのに、アイツらが先なんてズルイじゃんか!」
「ふむ。何か勘違いをしているようだね。少しだけ説明をしてあげよう」
声を荒げたのはシルストークだけだったが、その後ろには同じ思いの仲間達がいる。
その瞳達は強い光を灯し、歴戦の冒険者を彷彿とさせるものだ。
そんな光景をリリンサとワルトナは、クッキーを食べながら眺めている。
「私が約束したのは『キミ達と一緒に森へ入り、冒険者としての基礎訓練とレベル上げを行う』だ。指定した日時は『今度』という曖昧なものであり明確には定めていない。当然、順番についても優先にするとも言っていない。そうだね?」
「そ、そうだけど!でも……アイツらと俺達と何が違うんだよ!」
「分からないのか?ではハッキリと言っておこう。何もかもが違う」
「何もかも!?」
「そうだ。キミらと違い、彼女達は一人前の冒険者だ。それはレベルが1万を超えている事が証明している。だからこそ、彼女達と一緒に冒険に行くのは訓練などでは無く共同任務。そもそもが違うんだ」
「そ、それでも、同じ歳なんだよ!出来ることだってそんなに変わらない筈じゃんか!」
「いいや。リリンサ君は、この部屋にいる誰よりも優れた一面を持っている。正直に言ってキミ達とは比べ物にならない」
「……え。そんな……」
ソクトはシルストークの事を嫌っているのではない。
むしろ好意的に接しており、一人前の冒険者に育てようと思っているくらいだ。
だからこそ、幼き少年達の自尊心を粉々に砕いた。
自尊心とは、言い方を変えれば、『自惚れ』や『自己満足』。
そしてそんな物は、冒険者にとって死に至る毒となる。
他者と自分との差を理解しなければ、人は永遠に育たないのだから。
それを知るからこそ、ソクトはシルストーク達を諭す。
強い言葉を使って嫌われてしまったとしても、一流の冒険者として、いや、一人の大人として、子供を育てるという責務を果たそうとしているのだ。
「シル。彼女が使った召喚契約履行という魔法、その利便が分かるか?」
「分かんないよ……。初めて見たんだし」
「ならば教えてやろう。あの魔法は、指定した物体を瞬時に手元に召喚する魔法であり、実は、武器以外も召喚できる」
「え?武器以外も?」
「そうだ。武器に限らず、防具、食料、水、医薬品、野営の道具。予め用意しておけば、なんでも呼び出せる」
「そ、それじゃ、コイツらがこんなに軽装なのは?」
「持ち歩く必要が無いからだ。だからこそ、召喚契約履行を扱える魔導師がパーティーに与える恩恵は、あらゆる面で最大の効果を発揮する」
「……。」
「多くの道具を持ち歩かなくていいのなら、移動の速度は倍以上になるだろう。そうなれば行動範囲も倍となり、狩れる獲物の数も倍だ。つまり、得られる報酬は倍となる」
「……。」
「そして、それに伴う危険は半分以下となるんだ。もし剣や防具が破損したとしても瞬時に取り替える事ができる。しかも、持ち帰らなくていい。壊れた方は新たに召喚対象として設定し、森に置いて帰る。後で召喚すれば返ってくるからだ。それに、狩った獲物の獲り残しも無い。角などの大きな素材も後から呼び出せば良いのだから」
「……。そんな魔法が使えるなんて……ずるい……」
「あぁ、ずるいぞ。だが、それはリリンサ君の持つ実力だ。それを手に入れる為に、リリンサ君は並みならぬ努力をしたんだから優遇されて当然だ。なにせ、ここにいる冒険者全員が召喚契約履行を使えないんだからな」
「……。」
「シル。それに、エメリにブルト。駄々をこねているのは自分達だと分かったか?」
しっかりと目を見ての叱責。
シルストークは冒険者となったと言えど、未だに12歳の子供だ。
成人した大人から面と向かって叱責をされれば、瞳に涙を一杯ためる結果となる。
しかしそれでも、小さな声であったが「……ごめんなさい」と呟いた。
そして、それをリリンサはしっかりと見ていて、コクリと頷いた。
「――と言う事で、待たせてすまなかったな、リリンサ君とワルトナ君」
「いい。あなたが言いたい事は十分に理解できる」
「ありがとう。そして、冒険に同伴したいとのお願いだが、逆に私から正式に依頼したい。いいかな?」
「それもいい。私達は元々あなたと一緒に冒険する為に来たんだし。だけど、一つ条件を付けたいと思う」
「条件?何かな?」
「この子たち、シルストーク達も一緒に連れて行きたい」
「シル達を?」
「そう。それが条件」
リリンサの提案に、4つのグループが驚きの声を上げた。
1つ目のグループは、目の前に立つソクト。
2つ目のグループは、涙目でうつ向いている新人冒険者達。
3つ目のグループは、話を盗み聞きしていた冒険者達。
そして4つ目のグループは、ワルトナだ。
しかし、リリンサと会話をしているのはソクトであり、話に割り込む事は出来ない。
ワルトナだけはそれが可能であったが、静観を選んで様子を窺っている。
そして、ソクトは疑問をリリンサへと返した。
「シル達をどうして連れて行きたいんだ?キミらは知り合ったばかりなんだろう?」
「困っているっぽいから」
「あぁ、孤児院の内情を聞いたのか」
「そう。シルストーク達は逆境に身を置いても諦めずに頑張っている。だから、ちょっとだけ手伝ってあげたいと思った」
「……。リリンサ君、キミはなんて良い子なんだ。分かった、このソクト・コントラーストがキミ達の安全を保証しよう!」
ソクトの宣言を聞いてリリンサは満足げに微笑み、シルストーク達にVサインを送る。
それを見ていた周囲の冒険者やソクトは感極まった様に嬉しげに笑い、シルストーク達は涙を溢しながら、「さっきは失礼な事を言ってごめん。俺らを冒険に連れて行って下さい。お願いします」と頭を下げた。
そんな微笑ましい場面で、チラリと蠢く影が一つ。
誰も見えない素早さで、リリンサの背中を引っ叩いたワルトナは、そのまま心の中で抗議した。
『リリン。こんなの予定に無いだろ。何を企んでいるんだい?』
『さっき言った通り、シルストーク達は困っているし頑張っている。だから手伝おうと思った』
『ちなみに理由はそれだけかい?』
『あの英雄もどき、稚魚の癖に偉そう。同じ稚魚ならシルストーク達の方が全然いい』
『他には?』
『……英雄ならば足手纏いがいても、余裕で対処できると思う!』
『利用する気が満々じゃないか。感動して損したんだけど。……まぁ、ランク3程度がトップなくらいだし、森に行ったって大した奴は出てこない……とでも言うと思ったのかな?この食べキャラさんめ!』
『ん。出てこないよね?』
『僕の話を聞いていなかったんだねぇ。ドラゴンが出るかもって言ってるだろ!』
『それは奥の森の話じゃないの?あそこは流石に危険だと思う。熊とか出るし』
『そうじゃないんだよ。確かに手前の森は平和そのものさ。だが奥の森はランク5以上の化物がうろつく魔郷だよ。ドラゴンも普通に生息しているし』
『でも、結界があるから来れないよね?』
『それが来てるから問題になってるんだろ!いいかい、奥の森と手前の森を隔てている結界が壊れている可能性がある。で、ランク7とか8とか9の絶望レベルの危険生物が手前の森に潜んでいる可能性があるんだよねぇ』
『あ、ドラゴンが出るってそういう事なんだ。知らなかった』
『一つ賢くなったねぇ、でももっと頑張れー。ということで、キミがあの子たちを守るように。いいね?』
『分かった。ついでに冒険者の常識も教えて、鍛えてあげようと思う!英雄もどきを余裕で転がせるくらいに!』
この会話をソクトが聞いたら間違いなく気絶するだろう。
だが、この密談はランク7の魔法を使ってのものであり看破する事は難しい。
だからこそ、ソクトは声高らかに宣言してしまった。
これから起こる理不尽なる絶望など、まったく予想もせずに。
「では早速、私の仲間の所に行こうじゃないか。そこでリリンサ君達の詳しいお話を聞かせておくれ!」