第3話「新人同士の触れ合い」
「大型新人ん??」
「うわー。まったく信用されてないっぽいねぇ。僕のどこがダメなのかな?」
ワルトナが声を掛けたのは、くすんだ銀髪の少年だ。
身長はおおよそ150cm。
それでもリリンサやワルトナと比べて10cmほど高く、体格も子供にしてはガッチリしている。
腰には長さ1m弱のミドルソード。
見るからに安物であるが、一応、皮鎧も着ている。
そんな少年の格好をマジマジと見てから話しかけたワルトナの表情は、笑顔そのものだ。
年相応に無邪気で、純粋で、この世の汚い部分などまったく知らないような、どこまでも澄んだ笑顔。
実際には、この世の中でも飛びきりに汚いモノを、パンツ一丁になるまで剥いていたとしても、その笑顔の価値が変わる事は無い。
「え、あ、うんっと、その……」
「それじゃ分からないよ。何か言っておくれ」
更に追撃の、上目遣いでのお願い。
それを受け取ってしまった少年は、一歩後ずさり、身構える。
思春期真っ盛りな少年は、仲間と比べて可愛いすぎる顔立ちから向けられる笑顔にたじろいでいるのだ。
ワルトナはこの少年にしっかりと狙いを定めて、ワザと屈託のない笑顔で接している。
ついさっき、誰が反応しても良いように大雑把に声を掛け、最初に反応したのがこの少年だった。
さらに、残り二人の反応も観察して、この少年がリーダーだと判断。
『とっても制御しやすそう』だと、ワルトナは屈託のない笑顔で笑っている。
「えっと……。俺らと……そう!俺らと殆ど変らない歳だよな!?どこが大型新人なんだよ!」
「いやいやキミと比べたら、きっと5倍くらい大型新人さ。リリン、出番だよー」
「うんっと、こんにちわ?」
「うおっ!?もう一人いた!?」
手を引かれたリリンサは押し出されるように前に出て、小さく微笑んで見せた。
いつもの平均的な表情の時は近寄りがたいものの、しっかりと意思を持って微笑めば、可愛らしさが顔を出す。
さらに頬を赤らめた銀髪の少年は視線を彷徨わせ――。仲間の少女のジト目に気付き、咳払い。
その下手な誤魔化し方によって良い感じに空気を元に戻せた少年は、次第に冒険者の雰囲気へと戻って行く。
「この子がなんだってんだよ?やっぱり俺らと変わらないじゃん」
「全然違うさ。僕はともかく、リリンは冒険者に登録してから2年以上経つ。そろそろベテランの仲間入りだね」
「えっ2年も!? それじゃ、いつから冒険者をしてんだよ!?」
「10歳だねぇ」
「………………………………。10歳ぃぃ!?」
あまりにも簡単に告げられたが為に、少年達が反応するまで30秒も掛った。
咄嗟の対応が求められる冒険者ではありえない鈍さだが、さりげなく聞き耳を立てていた大人たちも同じ反応をしているのだから責めるのは酷だろう。
そして、その反応をしっかりと確かめていたワルトナは、「英雄に準ずる人物はいないね。雑兵だねぇ、雑魚だねぇ」と心の中で呟いている。
「うっそだろ!?10歳から冒険者なんて聞いた事も無いぞ?」
「嘘だと思うなら確かめてみなよ、リリンのレベルを見てさ」
「……?レベルって、うわ!?1万だって!?」
「リリンのレベルは1万をちょ~と超えているんだ。ほら、レベル1500代のキミらと比べて5倍以上も強いだろう?」
ワルトナの自慢する様な声を受けて、リリンサは薄い胸を張って平均的なドヤ顔をしている。
どうにか威厳を出そうと腰に手も当てているが、周囲の大人たちから見れば微笑ましい行為にしか見えない。
それでも、同年代には絶大な威力を発揮し、少年はさらに一歩後退した。
「マジかよ……。レベルが1万とか……」
「マジだねぇ。むしろ謙虚なくらいだし」
「お前らみたいな奴が、どうして俺達なんかに声を掛けるんだ?もっと他の先輩方に話を聞いた方が良いだろ」
「あの人――キョウガさんって言ったかな?に、キミ達と友好を深めて来たらいいと勧められてね。だからお話をしに来たんだ」
「へ、へぇー、キョウガさんにね……」
「……人の名前と顔はちゃんと覚えた方が良いと思うよ?」
「う、うるさい!冒険者は肩書きで名乗るもんだろ!」
「でも、僕らはまだ新人だ。だから名前を教えておくれよ」
少年達は冒険者になってまだ日が浅く、色々な事を覚えている最中だ。
そしてそれは、命を守る術が最優先。
危機感知能力こそ冒険者に最も必要な素質であると教えられている少年は、人の顔を覚えるよりもまず、技能面を身につけようとした結果がこれ。
もう一人の少年に指差された方向を見て、「あ。あの人か」と頷きながら、少年はワルトナ達に向き直る。
「名乗ればいいんだよな?いいぜ。俺の名前は『シ――』」
「コイツの名前は『シルストーク』よ。で、私が『エメリーフ』、こっちは『ブルート』」
「ちょ、リーフ!?何で横から出てくるんだよ!」
「もじもじしちゃって、男らしくないからよ」
「だからってさぁ……」
「鼻の下も伸ばしちゃって。そんなんじゃ、一人前の冒険者に全然なれないわよ!」
意を決して名乗ろうとしたシルストークの言葉を遮って声が割込み、さっさと質問に答えてしまった。
その声の持ち主は、薄緑色の髪の少女。
身長とほぼ同じ大きさの使い込まれた魔導杖を握り、着ている服も魔導服。
どこからどう見ても魔導師の格好をしている彼女『エメリーフ』も、リリンサ達と同じ年頃の女の子だ。
だが、理知の宿る瞳は、熟練の冒険者に近い。
彼女が持つ観察眼は後衛から指示を出す魔導師に必要不可欠なものであり、最も大事な能力の一つ。
そんな綺麗な目で睨みつけられたシルストークは、とうとう壁際に追いやられた。
「うんうん。キミがエメリーフで、そっちの無口そうな子がブルートね。で、あの捨てられた犬みたいなのがシルストークだね」
「おいっ!」
「そうよ!……それにしても、同年代でレベル1万だなんてビックリしちゃったわ。あなたのお名前も聞かせて欲しいわ」
「いいよ。僕の名前はワルトナ。こっちがリリンだ」
さりげなく会話に毒が混ざったことで、ワルトナとエメリーフは打ち解けて談笑を始めている。
その横では、お互いに不思議そうな顔をしながらも、視線を交差させているリリンサとブルート。
完全に取り残されてしまったシルストークは、ちょっとだけ慌てながら無理やり会話に割って入った。
「俺達は依頼を選んでる途中だったんだよ!邪魔しないでくれ!」
「依頼を選ぶ?キミらはまだ子供だろうに、どうして冒険者なんかやってるんだい?」
「お前らだって子供だろ」
「うん、12歳だよー!よろしくねー!」
「俺らとピッタリ同じじゃねえか!」
「ふふ、僕はキミ達に興味があるんだ。せっかくだし理由を教えておくれよー」
ワルトナは言葉巧みに話を促し、それを受けた三人は頷いて事情を話し始めた。
シルストーク達はもともと、周囲の冒険者達に事情を話している。
知っている人物が増えた所で困る事でもないし、見返りに何か良い話が聞ければいいと思っての事だった。
この3人は孤児院に在籍している子供達だ。
強すぎる野生動物の襲撃や、戦争などによって悲劇が絶えないこの世界では、孤児が多い。
だからこそ、大体の街には孤児院があり、基本的に不安定機構が管理・運営をしている。
だが、シルストーク達が在籍している孤児院はシスター個人の私財によって運営されているものだった。
不安定機構が管理しているものとは違い、有用な子供が引き抜かれたりしないが、私財を出しているシスターが病に罹ってしまえば経営は困難になる。
そして、その瞬間は唐突に訪れた。
在籍している20人の子供たちは、孤児院を維持しながら病に倒れたシスターを救おうと、仕事を探して街中を駆けまわっているのだ。
そして、運動神経がいいシルストークとブルート、唯一魔法が使えるエメリーフの三人は冒険者となり、少しでも多くのお金を稼ごうと日々を過ごしている。
「冒険者になれば効率良くお金を稼ぐ事が出来るって知ってるんだぜ。動物の皮や角は高く売れるんだろ?ソクト兄ちゃんに聞いたぜ!」
「おや?……あぁ、売れるとも。連鎖猪の角とか一本100万エドロが相場だしね」
シルストーク達の事情を把握し、さらに思わぬ名前を聞いたワルトナは、再び屈託のない笑顔で笑った。
今回の獲物、『ソクト・コントラースト』を手中に収める為の策謀を、頭の中で組み立てながら。
「え?100万?……なにその高価な奴?一匹倒すだけで100万エドロも手に入るのか?」
「あぁ、一匹倒せば2本手に張る訳だから200万エドロだね。アイツは2本角なんだ。ね、リリン?」
「うん。アイツらは正直に言ってオイシイ。角は売れるしお肉はジュ―シィー!」
「「「ま、マジかよ!?!?!?」」」
それは、あからさまな餌。
お金が必要だと言っている獲物に、分かりやすく見せた夢。
そして、幼き子供達はその餌に食いついてしまったのだ。
その美味しい生物に出会ってしまえば、高い確率でパーティーは全滅し、逆に餌食にされるとも知らずに。
連鎖猪とは、レベルが40000を超える有名な害獣。
体高は1.5m程もあり、不意に出会ってしまえば、恐ろしき未来が叩きつけられる。
直系20cmの角が繰り出す、重すぎる刺突撃。
例え臓器の無い場所であっても、刺し貫かれて20cmの大穴が体に空けば、人間は出血多量で死に至るのだ。
しかも、連鎖猪は群れで行動する。
群れを構成する匹数はまちまちだが、少なくとも5匹以上。
その名の通りに完璧な連携を繰り出し、レベルが6万に達する超級の危険生物であっても狩り殺す。
角一本に法外な値段が付いているのには、相応の理由があるのだ。
だが、それを知らぬ幼き子供達は、「助っ人を頼んだ方が良いかもしれない」などと考えつつも、金額の大きさしか見えていない。
仲間内で価値を確かめあうように密談しているのが、その証拠だ。
「一匹で200万エドロだって……。リーフ、街で造花を作る仕事って1時間いくらだったっけ?」
「500エドロだよ」
「……何倍?」
「4000倍。孤児院のみんな20人でやっても1カ月以上かかるし、全員で出来るほど仕事の量も無いよ」
やがて出した結論は、満場一致だった。
全員が頷き、本日の目標は連鎖猪となったのだ。
ともすれば、その居場所を知りたくなる。
シルストークは希望の輝く目をワルトナへ向けた。
「なぁ、さっき言ってた連鎖猪って、どこら辺に居るんだ?何が何でも倒しに行きたいんだが?」
「そうだねぇ。『サンズノカワー』になら居るかもね」
「サンズノカワー?」
「そうそう。あとは……『ヨミノクニー』とか、『テンゴークゥー』とかにもいると思うよ」
「ヨミノクニ?テンゴークゥ?全然、聞いた事ない地名だぞ?」
「行く気になったらすぐに行けるんだけど、あんまり子供が行くような所じゃないからね。他の冒険者なら間違いなく知ってるよ。聞いてごらん」
「冒険者の先輩なら知ってるのか。ありがとな!」
そして、目を輝かせた少年達は熟練の冒険者の元へと走って行った。
200万エドロもあれば、シスターに飲ませる薬だって良い奴が買えると、心に希望を灯して。
「あんなに嬉しそうにしちゃってさ。夢があるねぇ、幻だねぇ」
「ワルトナ、嘘は良くないと思う。そんな場所聞いた事も無いし、ここら辺に連鎖猪は出ないはず」
「いや、嘘じゃないよ」
「どういうこと?」
「僕が言ったのは、三途の川に黄泉の国、そして天国だ。つまり、死んだ人が行く所だね」
「……?死んでる連鎖猪を捕まえるの?」
「ボケ倒すねぇ。あ、天然か。いいかい、あの子ら程度のレベルで連鎖猪に出会ったらどうなる?」
「惨殺。助かる見込みは限りなくゼロ」
「だろ?だから、連鎖猪を倒しに行ったら死んじゃうよって、僕は教えてあげたのさ」
「警告だったんだね、なるほど。でも、危ないからダメだよってちゃんと言った方が良いと思う」
「それじゃダメなんだよねぇ。シルストークは『ソクト兄ちゃん』って言った。それはつまり英雄の子孫、ソクト・コントラーストと親密な関係だって事だ」
「ん。確かに弟なら話は早いと思うけど、そんな感じしなかったよ?」
「いや、保護者的立ち位置に居るのは間違いないだろうね。あんなにレベルが低い子供が冒険者を名乗るには、相応の後ろ盾が必要さ。だから僕はあえて騙したんだ。物語を面白くするために」
そう言ってワルトナが向けた視線の先で、シルストーク達は早速キョウガに話しかけ、大爆笑されている。
そんな無慈悲な光景を眺めながら、ワルトナは呟いた。
「接続端子は作ったし、あとは本当に待つだけ。あぁ、楽でいいねぇ」