第2話「新人冒険者ワルトナとリリン」
「着いたよ、ここが『不安定機構・エルダーリヴァー支部』だ」
「うん。いつ見ても黒いと思う!」
乗合馬車から下りた後、速攻で食事処へ行き堪能した二人は、しっかり情報収拾を行った。
そして、確かにこの街には英雄の子孫を名乗る冒険者がいるという事、さらに、その人物が率いるパーティーこそ、この街の最高戦力である事をつきとめた。
これはもしや当たりなのか?と歓喜に包まれたリリンサ達は、早速、冒険者を管理している組織『不安定機構』へと足を運んだのだ。
二人を出迎えたのは、鉄をふんだんに使った真っ黒な建屋。
屈強な冒険者を迎えるのに相応しい造りであるそれは、筋骨隆々な男共がいくら殴りかかろうともビクともしない。
「んじゃ、開けるよ」
「ん、りょーかい」
「「よいしょー!」」
正面玄関に二人は並んで立ち、一緒に扉を押し開けた。
鋼鉄製の扉は見た目以上に重い。
バッファの魔法を使えば問題ないが、あえて二人で一緒にドアを開けるのが、リリンサとワルトナのお気に入りなのだ。
見た目だけは可憐な少女。
そんな場違いな二人は、険しい顔が放つ眼光を向けられても気にも止めず、躊躇なく室内へ入って行く。
「リリン。英雄の子孫の名前は、『ソクト・コントラースト』だってさ。その名前を聞いたらすぐに教えておくれ」
「……えっ。いつの間に調べたの?」
「キミが、皿の上に乗ってた30cm級のブラストロブスターと戦ってた時だよ。強敵だったねぇ、でも完食だねぇ」
「というか、もう既にユニクルフィンじゃないんだけど……」
「偽名って可能性もあるかなって思ってさ」
「そうなの?」
「そうなの。ユルドルードはちょっと有名すぎるからさ、普通の生活をしづらいだろうしね」
「確かに、毎日サインとか求められたら大変だと思う!」
「サインじゃ済まないかもしれないねぇ。ファンのお兄さんに連れてかれた後じっくり話を聞かれるかも。連行だねぇ、取り調べだねぇ」
軽口を挟みながら、二人は視線を巡らせている。
その目に映っているのは粗暴な大人たちの、自由な世界だ。
「ぎゃははは!見ろ!このブレイクスネイクの皮、大物だろ!?」
「へぇ、5mくらいはありますね?買い取らせていただいても?」
「誰か黄金ダケの採集に一緒に行かないか!?」
「はいはーい!私達で良ければ行くよー」
「サイクロンシャケ、あと十匹ほど在庫があります!お買い得ですよ!!」
「シャケか。姪っ子の誕生日の祝いに買ってくか。2匹くれ」
リリンサとワルトナを出迎えたのは、活気溢れる冒険者の声。
屈強な身体を持つ剣士の男が、重厚な魔導服を着込んだ魔導師の女が、腕に鉢巻きを巻いた格闘家が、それぞれの相手と談笑し声が尽きない。
数えるのが面倒な程の数々の声。この賑かな雰囲気こそが、ここが冒険者の集合場所だという証。
夢とロマンを追い求めた人物達の、拠点だ。
「賑わってるねぇ」
「うん。活気があって良いと思う」
二人はひとしきり雰囲気を楽しんだあと、目的の人物を探し始めた。
キョロキョロと周囲を見渡し、それっぽい人物へ当たりを付けたその時、岩のような身体を持つ強面の男が二人の進路を遮る。
そして、鋭い目を向けて声を掛けてきた。
「ガキが何の用だ?ここが何をする場所なのか、分かってて入って来ているのか?」
「あ、お構いなくー」
「うん、特に問題ない。じゃあね」
「……。おい待てゴラァ!!」
それは、華麗すぎるスル―。
まったく相手にしていないというその態度に、強面の顔に深い皺が刻まれてゆく。
「なんだい?レベル2万の冒険者さん」
「盗賊並みとか、うーん。って感じ」
「俺のレベルを見てその態度。随分と常識の無いガキだな。ここは不安定機構、冒険者たちの建物だ。ガキが来るような場所じゃねぇぞ」
「いやいや、ガキだって冒険者なんだから来るでしょ?」
「そう。私達は新人冒険者!」
「なに?」
二人に話しかけた男は、なにも、悪意があって声を掛けたのではない。
単純に、荒くれ者が多いこの部屋に子供が迷い込んだから、怪我や怖い思いをする前に退出させようと思っただけだ。
時々、剣士や魔導師に憧れた子供が侵入し、冒険者の不興を買うという事がある。
剣や魔法というものは、現実と理想が混ざりやすい子供にとって、身近にある憧れだ。
そういった子どもゆえの無邪気さから、許可も無く剣や杖に触れてしまう事があるのだ。
しかし、冒険者にとって剣や杖は命を預ける大事な武器であり、見知らぬ他人に触らせる事など絶対にない。
ましてや、遠慮を知らない子供が触れて怪我でもされれば大問題となる。
荒事に発展する事もあり、そういった事件を起こした事もある冒険者達は、子供には厳しい対応をする事が一般的だ。
だが、ワルトナとリリンサは、自分達の事を冒険者だと言った。
その身なりの良さを見て男は僅かに納得しつつも、質問の手を緩めない。
「冒険者だと?だったら……この場所の役割を言ってみろ」
「この場所は不安定機構・エルダーリヴァー支部。冒険者達が依頼を受注する場所であり、報酬を得る場所でもある。また依頼を出す事もできて、強力な害獣討伐なんかは複数のチームで行う事も多い」
「……依頼を受ける条件と、依頼を出す方法は?」
「依頼を受ける条件は、
『冒険者の資格を持っている事と、依頼書に記された個別の条件をクリアする事』。
それと、『別の依頼を受けていない事。同時に複数の依頼を受ける事は原則的に禁止。支部長の押印があれば可能』
そして、依頼を出す場合の条件は無い。
『依頼はどんな条件でどんな目的を提示しても問題ないが、達成報酬として提示した金額の一割を不安定機構に支払う必要がある。……なお、犯罪めいた依頼を出そうとも、不安定機構が咎める事は無い。ただ、それを見た周囲がどんな反応をしても保障はされない』……どうだい?」
「なんてガキだ……。しっかりしてるじゃねぇか」
「言っただろう新人だって。ルールを覚えなくちゃ冒険者になれないし、勉強したんだ」
「……今時のガキはすげぇな、俺が悪かった。何か困った事があったら声を掛けてくれ。俺はキョウガってんだ」
「ありがとう。僕の名前はワルトナで、こっちが……」
「もふふ!」
「リリンだよ。決して「もふふ」なんていうハムスターな名前じゃないからね?」
「分かってるって。それにしても嬢ちゃんのレベルは……11324か。立派な冒険者じゃねぇか」
その声を聞いて、リリンサとワルトナは真っ黒い笑みを浮かべた。
キョウガが見たのは、リリンサのレベル表示。
そして、その表示は、見たままの数値『11324』と表示されている。
……なぜ、そんなデタラメな数字が表示されているのか?
それは、リリンサのみが使える大規模戦略級魔法の魔法、『過去の栄光』による偽装工作が行われているからだった。
この魔法は、自分のレベル表示を現在値よりも小さく表示させるだけの魔法。
だがそれは、リリンサであっても、一時間以上の長い詠唱を必要とするランク9の魔法だ。
レベルとは神の作りし理であり、それ歪めるというのは神ならざる奇跡。
だからこそ、この魔法を使うためには才能を必要とし、単純に呪文を唱えられればいいというものではない。
実際にリリンサと同じ魔法技術を持つワルトナが、同じ方法でこの魔法を唱えても失敗し何も起こらない。
選ばれた者のみが使えるとされる、魔法。
それを偶然に手に入れたリリンサは、こうして、詐欺の要としての役割を担っている。
「そうそう。リリンのレベルは一万ちょい。これだけあれば、僕らが一人前の冒険者だって名乗っても問題ないよね?」
「そうだな。その歳でレベル一万は大したもんだ」
二人ともが付けている認識阻害ペンダント。
高いレベルを周囲へ知られない様にする為のものであるが、完全に見えなくする効果は無い。
だからこそ、リリンサのレベルを低く見せる事で、ワルトナのレベルも同程度と思わせ、更に深く油断させているのだ。
「あ、せっかくだから聞きたいんだけど、ソクト・コントラーストさんって居る?」
「ソクトさんは……いねぇな。任務に出てるわけじゃないし、待ってれば来ると思うぞ。サインでも貰いたいのか?」
「待ってれば来るとか楽でいいね。サインはまぁ、一応貰っとこうかなー」
「くくく、素直じゃねぇな。ならよ、ソクトさんが来るまで、アイツらと友好を深めてやってくれないか?あっちも新人グループなんだ」
「新人グループ?……へぇ、僕らが言うのもなんだけど、随分と若いね」
「訳ありでよ、最近冒険者になったばかりだ。だからまだまだ弱いしレベルも低い。魔法だって基本的な奴しか使えないしな」
キョウガが指差した場所は、依頼書が張り出されているボードの前。
そこでは三人の子供が真剣な表情でボードを眺め、依頼書の内容を吟味している。
その姿を更に吟味したワルトナは、「なるほど、ちょっと面白そうだね」と呟き、キョウガに向き直って笑顔を返した。
「僕も同年代の冒険者とは仲良くしたいと思ってるし、そうさせて貰うよ!」
「おお!是非そうしてやってくれ。同じ新人だし悩み事も近いだろ」
「あぁ、同じ新人でも僕らは大型新人だから、一緒にしないで欲しいかなー」
「大型新人か、でかく出たもんだな」
「その内分かると思うよー。じゃあね」
そして、ワルトナはリリンサの手を引いて歩きだした。
真っ直ぐに瞳が捉えているのは、剣士の男の子が二人と、魔導師の女の子が一人。
子供特有の楽しげな雰囲気は無く、その目つきはしっかりとした冒険者。
だが、熟練商人のような悪い笑顔と比べれば、まだまだ幼さの残る顔付きだ。
ワルトナとリリンサは静かに近寄って行く。
片方は悪戯を思いついたという顔。もう一人の方は思案顔だ。
「ワルトナ。私達って、いつから大型新人になったの?」
「僕は正式に冒険者登録をしてから1年も経っていないからね。新人と名乗ってもなんら問題ないだろう?」
「でも、ドラゴンを倒せる人は、新人とは呼ばないと思う」
「だから大型新人なんだよね。僕らは中型竜とかも狩れるし」
「確かに中型竜なら簡単に狩れる。だから大型?……うん、私達は大型新人!強さの桁が違う!!」
「納得してくれたかい?さて……おーいキミら、新人なんだって?僕らとお話ししようよ!」
ワルトナの声はよく響き、幼きパーティーへと届いた。
そして、三人ともが振り向いて首をかしげる。
「……誰だ?お前ら?」
「僕らかい?僕らはねぇ……大型新人さ!」
「そう。50mクラスぐらいまでなら、安定して狩れる!!」
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